少年の幸せ
自分の中にいる神様は、とても強くて怖い。だから、逆らえないのは仕方ないんだ。そう思わないと、自分が物凄く汚くておかしいような気がして、ダメになってしまう。
いつからかは思い出せないけど、ギグはおれにいやらしいことをさせるようになった。
それでもまだ、始めのうちはマシだった。おれくらいの歳の男の子なら仕方ないんだって(それもギグが言っていただけなので、本当かどうかはわからないけど)、そう思えたから。だけど、男なのに胸を触って気持ち良くなっちゃうとか、さすがにおかしい気がする。いつの間にか、乳首を弄ってるだけで勃ってきてしまうようになって、きつく乳首を摘み上げながら扱いていると物凄く気持ち良くて、我慢できなくなってしまった。
そんなおれを見て、ギグは嬉しそうに笑う。本当は嫌なのに。こんなことしてちゃいけないのに。世界を喰らう者を倒すために、皆頑張って戦ってるのに。おれはまだ子供だから、もっと頑張らなきゃって思うのに。ギグがいやらしいことばかり教えてくるから、おれはどんどんおかしくなってしまった。
頑張っているつもりなのに、いつも皆に迷惑をかけてしまうのが辛くて、段々と旅をするのが嫌になって。だからなのか、ギグが強制してくるいやらしいことに抗えない。最近では、むしろそれを、心の何処かで待ち望んでさえいる気がする。気持ち良いことで頭をいっぱいにしておけば、嫌なことは考えなくて済むから。だけど、本当はこんなことしてちゃダメなんだっていうことも、なんとなくわかっていた。
ギグのせいにしてしまいたい気持ちと、自分がダメだからこんなことになってしまったんだという気持ちが半々で、それを深く考えると辛くなってくるから、ギグの言うことに従って、今日はドリーシュの屋敷の一室で、裸になってベッドの上に寝転んでいる。結局、こうなっているのは自分が弱いせいなんだ。だけど、それって、おれだけのせいじゃない、はずだ。きっと。
「ほら、いつもみたいにやってみせろよ」
「ん……」
ぼんやりとランプの光で照らされた部屋で四つん這いになって、露わになった下半身と、外気に触れて固くなりかけた乳首に手を伸ばす。きゅ、と軽く摘むだけで、じんじんとした快感が、下半身にまで広がって、手が勝手に、よりきつく乳首を捻りあげた。
「ぅあ、あっ……だ、だめ……ッ」
「ダメじゃねーだろ、気持ち良いって正直に言えって教えただろ?」
「んっ……やだ……」
乳首を弄りながら、すっかり固くなったそこを握って上下に扱く。先端からはもう液体が滲んでいて、それを絡ませながら手を動かすと、声を我慢できなくなってきた。
「あ、あん、んっ、あ……」
「……本当にお前は変態だよなァ、ちょっと教えてやっただけなのに、一人でこんないやらしい声出して気持ち良くなりやがってよ……」
ギグはいつも、おれが気持ち良くなってるところを見て、酷いことを言う。実際に触られている訳でもないのに、そんなことを言われるとどんどん身体が熱くなってしまう。
「あっ、あっ、だって、ギグが、しろって、言うからあ……ッ!」
「お前、オレの声しか聞こえない癖に、なんで言うこと聞こうと思ったんだよ。ホントは自分でもしたかったんじゃねーの?」
「ち、違うよ……ッ! こんなの、絶対、おかしいよお……!」
ギグの言うことに反抗しながら、それでも指を動かすのを止められない。固くしこった乳首と、だらだらと涎を垂らすそこは、もう限界が近かった。それなのに、ギグはすぐにいかせてはくれない。
「……良いから、ほら、後ろも弄ってみろって。あいつから貰った薬、まだあるんだろ」
「んっ……ホントにしなきゃダメなの……?」
「そっちでいった方が気持ち良いって言ってただろ? さっさとしろよ」
二週間くらい前から、ギグはお尻を弄らせるようになった。始めは痛くて全然気持ち良くなかったのに、ギグは絶対に止めさせなくて。毎日のようにそこを弄らされたせいで、すごく恥ずかしいし嫌なのに、そこをぐちゃぐちゃにして中を擦ると気持ち良くて、前の方を触らなくてもいってしまうようになってしまった。
リタリーから、いざという時に使うようにと言われてもらった傷薬を、こんなことに使うのは気が引けるのだけど、こういうのをつけないと痛いんだから仕方ない。取り出した傷薬を一掬い手にとって、指先に絡める。
「なんで……こんなこと、させるの」
「そんなところで気持ちよくなってるお前が、見てて面白えからだよ」
「……ッ! だって、しなかったら怒る癖に……」
声しか聞こえないとは言え、ギグが乱暴な言葉でおれを叱咤するのは怖い。だから抗えなくて、言われるがまま、こんな情けないことをし続けていた。
「まァな。ほら、もうそこ、入れてほしそうにしてんじゃねーか。さっさとやれって」
「……ん、あ……っく」
薬が触れた瞬間は、少しだけ冷たい。自分の指なんて大した太さはないのに、異物感は大きくて、入れる瞬間だけは少しきつかった。それでも、何日も弄り続けていたせいで、そこはすぐに緩んで、まずは人差し指が、奥まで飲み込まれていった。熱い。自分の身体の中、自分の体温のはずなのに、妙に熱く感じてしまう。指を曲げたり抜き差ししているうちに、薬でぬるついたそこが物足りなくて疼いてくる。指を引き抜いて、今度は中指も一緒にそこに押し込んだ。穴を広げるように、ばらばらに指を動かしているうちに、すっかり薬が馴染んだそこは、痛みや違和感よりも気持ち良さを発信するようになる。そうなると、おれはすっかりそこを弄るのに没頭して、喉から出る高い声を我慢できなくなっていた。
「あッ、あ、あーッ、ん、んぅ、あ、あッ……」
そのせいで、部屋のドアが音もなく開いたのも、誰かが部屋に入ってきたのにも、気づけなかった。
「何してるんですか、貴方」
「……え、う、うあああああッ!」
突然部屋に響く、ギグのでも、自分のでもない声。何も着てない状態で、お尻を弄って気持ち良くなってるところを見られた。誰に? いや、それよりも先に、隠れなきゃ。慌ててシーツを引っぺがして体を隠す。ランプの灯りに照らされた先にいたのは、リタリーだった。
「おいおい、お前、鍵かけんの忘れてたのかよ」
「……年頃なのはわかりますが、もう少し声は抑えたほうが良いですよ」
嘘。全部聞かれてた? おれがあんな恥ずかしい声出して気持ち良くなっちゃってるところを? 嘘、嘘だよね?
「まー、あれだけ高い声出してりゃあバレるわな」
「わかってるなら止めてあげたらどうですか」
「バレたらバレたで、面白そうだろ?」
面白くない。絶対に面白くない。これからどんな顔して皆に会えば良いの。リタリーもなんでそんな平気そうな顔してるの。
「……まあ、用件はそれだけです。早く寝たほうが良いですよ。明日も早いのですから」
「待てよ」
部屋から出ていこうとするリタリーに、ギグが声をかけて引き止める。どうしよう。何か言い訳したい気持ちと、もう何も言わずに出ていって欲しい気持ちが半々。どうしよう、どうしたら良いんだろう。
「……まだ何か?」
リタリーは怪訝な顔で、こちらを見た。おれはほとんど泣きたい気持ちで、リタリーの顔をまともに見られずにうつむく。ギグが口止めなんてしてくれる訳ない。どんなことかはわからないけど、きっと酷いことを言うに決まってるよ。
「……折角だから、味見していかねェか」
「何を、馬鹿なことを」
「お前も、もう自分の指だけじゃ物足りないだろ?」
「ギグ、なに、言ってるの」
味見、って、どういうこと? リタリーに、何をさせるつもりなの。
「……私に、そんな趣味が有るように見えますか」
どうして、出ていこうとしてたドアを閉めてるの。鍵までかけてるの。
「さァてな、それは知らねェが、悪くないだろ? こいつも」
「……嘘、嘘だよね」
どうして、そんな目でおれを見てるの。汚いものを見るような目で見られるなら、それも仕方ないって思ってた。だけど、リタリーのその目は、まるで品定めをするような、そんな目だった。
「どうだろうなァ、こいつ次第だろ?」
「やだ、やだよ……! リタリー……リタリーはそんなことしないよね?」
あんな恥ずかしくていやらしいことを、リタリーにされるなんて絶対嫌だ。はしたなく気持ち良くなって、高い声を上げているところを、リタリーに見られるなんて絶対に、嫌だ。あの優しいリタリーが、そんなことをするなんて信じたくない。信じられない。
「……私も、男ですからね。据え膳喰わぬは、と言いますし」
白い羽織を脱いで、ベッドサイドの椅子に掛けるリタリーの顔は、おれの知ってるリタリーとは全然違っていた。
「そ、んな……」
シーツに包まって震えているおれを、リタリーが暗い笑顔で見下ろす。
「貴方は危なっかしくて見てられませんからね、たまにはおしおきでもして差し上げましょうか」
「あ、あ……やだ、やめてよお……!」
乱暴にシーツを剥ぎ取られ、肌が外気に晒される。さっきまで体が熱くて仕方なかったのに、今は、リタリーが怖くて肌寒さすら感じていた。
リタリーがベッドの上に乗ると、ぎしりとベッドが軋む。シーツは放り投げられて、体を隠すものは何もない。震えるおれを、リタリーはそっと押し倒して、指先を脇腹に伸ばした。
「ふふ、実際に触ると、本当に細いですねえ」
楽しそうにリタリーはおれの体を撫でた。脇腹から腰、太もも、腕、首筋の辺り。いつも自分で弄っているところには触ってくれなかった。それでも、人にこんな風に触られるのは初めてで、どこを触られてもぞくぞくした。ダメだって、嫌だって思ってるのに……。しかもさっきからギグはだんまりを決め込んでいる。茶化すならその方が気が紛れて良いのに。
「あッ、あ、そこダメ……ッ」
「ここですか? 随分固くしてますけど、どうしたんです?」
ようやく、さっきから固くなっている乳首を軽く摘まれて、思わず体が跳ねた。
「ん、あ、やだっ、そこ、気持ち良くなっちゃうから……ッ」
「おやおや、それはまた……良いことを聞きました」
「ひっ……!」
口調はいつものリタリーなのに、してくることは全部酷い。リタリーはにこりと笑うと、おれの乳首をべろりと舐め上げた。生ぬるいものが這っていく感覚に、思わず声を上げてしまう。こんなことされてたら、どうにかなっちゃいそう。
「なァ、どうよ。コイツは」
ぜえぜえと荒く息を吐くおれの頭に、ギグの声が響く。やっと口を開いたかと思うと、おれを笑う訳でも、弁護する訳でもない。リタリーに、おれの体がどうか尋ねるだけ。モノみたいに扱われてるのに、これからされることに、ほんの少し期待してしまっている自分がいる。少し触られただけなのに、下半身が疼いて仕方なくなっていた。
「……良いのですか? 私がいただいても」
それに気付いているらしいリタリーは、そっと勃ちあがったそこに触れながら返事をした。
「おう、好きにしていいぜ」
「……ギグはああ言ってますよ。貴方は、どうされたいですか?」
ギグ。本当に、おれが変態になってるところを見るのが好きなんだ。酷いよ。
でも……もっと、されたい。触られたい。もっと、気持ち良いところを触って欲しい。変態でも、おかしくなっても良い。だから。
「――もっと、気持ち良くして」
おれは、リタリーの意地悪そうな笑顔を見上げて、そう言った。