兎と鼠

小学校の近くにも、煙草の自動販売機というものはある。小学校の向かいにある酒屋の入り口に設置された自動販売機も、うちの煙草屋の管轄だった。ガキの甲高い声を聞きながら作業するのは嫌いだが、仕事だから仕方ない。人手も無いし、まさか夜になってから商品補充する訳にもいかないしな。

自動販売機の扉を開けて、適当に商品を詰め込みながら、ガキどもの脳天気なはしゃぎ声にうんざりした。横目で、金網の向こうにある校舎の方を見やると、体育の時間らしく、グラウンドではガキどもが走り回っていて騒がしい。それとは別に、何人かのグループになって、植物の観察をしている様子のガキどもが目に入った。

理科の授業か何かかね。自分が小学生の頃はどうだったか。理科は、多分そんなに嫌いでは無かった気がする。カエルだのザリガニだの、生き物を弄るのは楽しいもんだ。植物だのなんだの、その辺はよく覚えていないが。

ふと、自分の人生を振り返ってみる。小学生のうちであれば、それ程成績も悪くはなかった。坂道を転げ落ちるように成績は落ちて、どうにか中学、高校を出て、面倒を見てもらっていた養父の煙草屋を継いで、食うに困らない、気ままな生活をしている。

嫌ではないし、それなりに楽しみが無いではないが、退屈と感じることも多い。何かもっと、自分には出来ることがあったんじゃないか。そんなことを、たまに考えたりもする。まあ、だからと言って、今の暮らしを変えるつもりなんて、これっぽっちも無いのだが。

ばたん、と自動販売機の扉を閉めて鍵を掛け、荷物を担いで、バイクの荷台に載せた。あと、残り二件分回ってしまえば、今日の仕事はおしまいだ。近場だから、あと一時間程度で終わりだろう。ついでに一服しようと、隣接する喫煙所で煙草に火を点けた。

改めて、騒がしい小学校の方を見る。校庭を走り回る子供を見て、よくもまあ、あれだけ全力疾走出来るもんだと感心した。ついでに、敷地内のあちらこちらで楽しそうに植物の絵を描いている子供を見て、あれだけ真面目にのめり込める、その純粋さに羨ましささえ覚えた。大人になるって悲しいことなの。どっかで見た台詞を思い出して、苦笑する。悲しいこととは思わないが、大人になったら、色んな意味で、もう子供には戻れないんだと思うと、少しだけ寂しい気もした。

どうせ届きやしないのに、小学校の方ではなく、酒屋に向けて煙を吐き出す。もう一息吸い込んで、もう一度小学校へ目線をやると、一人でしゃがんで、たんぽぽの花を描きとめているガキが目に入った。

友達がいないヤツ、クラスに一人くらいいるよな。遠目だから良くわからないが、赤毛の、少し長めの髪型のせいで、男だか女だか良くわからない見た目をしている。まあ、小学生のうちなんて、男女の見分けなんてそもそもそんなにつくようなものでもないか。

俺の視線に気付いたのか、そいつが地面から目線を上げた瞬間、俺と目があった気がした。遠目でもわかる、髪の色と同じ赤い瞳。兎みたいだと、なんとなく思う。兎は寂しいと死んじまう、っていう、昔の曲を思い出した。こいつは一人でも平気みたいだがな。

そんなことを考えていると、そいつはまた、視線を目の前のたんぽぽの花へ戻した。これだけ離れているとは言え、小学生の純真そうな視線というのは、やはり居心地が悪い。俺は、もう一度目が合う前に、半分ほど残った煙草を携帯灰皿に入れ、そそくさと車に乗り込んだ。

兎、ねえ。可愛い兎のうちは良いが、俺みたいな、鼠のようなクズになっちまったら、おしまいだぜ。精々しっかり勉強しとけよ。誰にともなくそう思いながら、俺はバイクのエンジンをかけた。

終わり

wrote:2016-01-11