公平に決めましょう

「ねえ、不公平じゃない?」

「何が」

食事を終えて、いつもなら相棒がさっさと食器を片付けて、食後のホタポタなりなんなりを出してくれるってのに、今日はそうしなかった。

代わりにぶつけられた唐突な質問に、とりあえず主語をつけろと言いたい訳だが、言わんとしていることはわからんでもない。大方、飯を作っているのはこちらなのだから、片付けくらい手伝えと、そういうことだろう。

「ギグはほんっとに家事なんにもしないんだから、皿洗いくらいしてくれても良くない?」

「……今更言うか、それ」

珍しい不機嫌さを顔に貼り付けて、相棒は頬杖を付きながら言った。一緒に暮らし始めて一体何十年経ったと思ってやがるんだ、こいつ。今更とかいうレベルじゃねーぞ。

「別に気にしてなかったんだけど、よく考えたらおかしいなって」

「よく考えなくてもおかしいだろ」

「そう思ってたなら手伝ってよ!」

「いや……こういうのやりたい方なのかと思ってよ……」

「そんな訳ないでしょ!」

「そうかよ……訳わかんねェな……」

家事全般の何もかもを相棒に頼り切りなのはどうかと思いつつ、こいつが率先してやるなら任せようと、それだけの話だったのだが、怒るならもっと早くから怒るもんだと思うぞ。怒らないから何もしなかっただけで。

一人でヒートアップする相棒は、ごそごそとポケットから一枚の硬貨を取り出し、オレに差し出した。

「と、言うわけで、ゲームしようよ」

「は?」

どうして家事とゲームが結びつくんだよ。と思いつつ、相棒は楽しげに薀蓄をたれ始めた。

「聞いたんだけど、最近、コインを投げて、キャッチして、表と裏を当てるっていう遊びが流行ってるらしいんだよね」

「は、はあ……そうかよ」

「俺が投げるから、ギグが当ててね。外したらギグの負けで、お皿洗ってもらうから」

「わーったよ」

こいつ絶対そういうゴミむし共の遊びがやりたかっただけだろ。まあ、そういう運試しの遊びは嫌いじゃあねェけどよ。皿洗いはしたくねェし、オレの動体視力でもって確実に当ててやるぜ。

「じゃあいくよ……っと、どっち?」

ぴん、と、相棒は親指でコインを弾き、手の甲の上でキャッチした。見たところ、男の横顔が描かれた方が上になっていたと思うのだが、ここで一つ問題がある。

「……ちょっと待て、どっちが表か裏か知らねェぞ」

「……あ、俺も知らないや」

「相棒よ……お前……」

自分で仕掛けてきて、肝心なところがわかってないとは。完全に呆れてしまったオレは、ほとんど絶句した。

「あはは……」

「はは……アホか」

「アホは酷くない?」

「アホだからな……」

お互いに力なく笑う。罵倒しても、怒る気力も沸かないらしい相棒は、肩をすくめて苦笑しただけだった。

テーブルにコインを置いて、相棒はため息を一つついた。あーあ、見てらんねェな。ま、何十年か分の貸しを返すつもりだと思えば、これくらいどうってことないだろう。

「しゃーねェな、十回に一回くらいはやってやんよ。皿洗い」

「ホント?」

「ああよ、相棒のアホさ加減に免じてな」

「……なんかそれは、ちょっと気に入らないけど」

「いいじゃねェか。ほれ、やり方教えろ」

「えっ、やり方自体知らなかったの」

そう言って椅子から立ち上がり、台所に向かう。相棒もそれに続いて立ち上がった。

「あったりまえだろーが、やったことねェし、やる気もなかったしな」

「ああ、そういう……」

そもそも台所に近寄ることなんて、水を飲むか、ホタポタを漁る時くらいなもので、何処に何があるかも興味がなかった。相棒が何か作ってるのは見かけるが、何をどうやって作ってるかは知らない。片付けも、どうやってるのかわからない。

とりあえず台所に立ったオレに、相棒は少し頭を抱えつつも、一つ一つ教える覚悟を決めたらしかった。

「んー、とりあえずスポンジ持って」

「どれだよ」

「えーと……そこの、黄色いやつ」

「持ったぞ」

「んで、洗剤つけて」

「どれだよ」

「……そこの、透明な容器に入ってるやつ」

「これか、どうやったら中身出るんだよ」

「……逆さまにして、ちょっと押せば出るよ」

「わかった」

「ああああああ出しすぎ出しすぎ!!!」

「んーだよ、でけェ声出すなよ」

黄色いスポンジとかいう何かにだらだら洗剤をぶっかけたら怒られた。なんだこれ。意味わからん。皿洗いってこんなに過酷な作業だったのか……。

相棒がやる五倍くらいの時間をかけて皿洗いを終えて、さくさくと切り分けられたホタポタを食べながら、相棒はげんなりした顔でこう言った。

「ギグ、余計疲れるから三十回に一回で良いよ」

それって月に一回で良いってことか。相当頻度下がったな。食器を泡まみれにして水で流すだけだし、思ったよりは面白かったんだがな。

「オレはもっとやってもいいぜ」

「いや、お願いだからやめて」

人が折角やる気になってるってのに、それは一体どういうことだ。まずもってそんな真顔でオレを睨むな。

「慣れてきたらでいいよ、十回に一回の頻度にするのはさ」

「そうかよ」

「とりあえず洗剤ボトル一本使い切るのはやめてね」

「……それは無理」

泡立たせるの面白いんだから仕方ないだろ! ああっ、無言で怒るのはやめろ! 勝手に一番でかいところを持っていくのもやめろ! あああ……折角手伝ったのになんだよこの仕打ち。不公平だ。オレは思わず相棒を睨み返した。

「相棒が細かすぎんだよ」

「ギグが大雑把すぎなんでしょ」

「……」

「……」

「ふふっ」

「ははッ、アホみてェ」

しばらく睨み合って、突然馬鹿馬鹿しくなって、二人で笑った。なんでこんなことで喧嘩してんだろうな。互いの性格はわかりきってたはずなのに。

相棒も同じ意見らしく、腹を抱えて笑っていた。いや、おかしいけど、泣くほどかよっつの。

何十年一緒にいても、くだらないことで喧嘩して、笑って、そして明日も一緒に過ごすのかと思うと、なんというか、幸せだと思う。

また来月、相棒の手伝いをしてやろうか。今度はもう少し、うまく出来ると良いけどな。

終わり

wrote:2015-07-04