ギグと兄が付き合い始めたから、というのだけが理由ではないけれど、一緒に過ごすことが多かったヴィジランスと、じゃあ、俺達も付き合っちゃおうか、という運びになったのが二週間程前になる。
別に付き合わなくても良いと思わなくもないけれど、一緒にいるのが落ち着きすぎて、それは友達や親友という定義とは違う気がしていた。ヴィジランスも同じことを考えていたらしく、じゃあ、試しに付き合ってみて、違うと思ったら友達に戻ろうと言われ、それなら良いかと了承した。
今思うと、元に戻れるものなのかと疑わしい気もするけれど、ヴィジランスがそう言うのなら、きっとそのうち元に戻れるだろうと思った。一つしか歳が違わないのに、落ち着きのあるヴィジランスの言葉は、なんとなくそのまま信じてしまうくらいの力がある。
そして、付き合ってから一週間。意を決してヴィジランスと付き合うことにした、と兄に話すと、兄はやっぱり、という顔で笑い、今度の休みに、ギグは俺と兄が住む部屋に、俺はギグとヴィジランスが住む部屋に、それぞれ泊まることにしようと持ちかけた。俺からの返事を聞かないままに、兄はギグに、ヴィジランスにそう提案するように連絡していた。
断る理由はないけれど、ギグと兄はともかく、俺とヴィジランスは付き合いたてだ。部屋に二人きりにされても、何をどうして良いのか、俺には全くわかっていない。
あっという間に一週間が過ぎ、二日分の宿泊道具を適当に詰め込んだバッグを持って、俺はギグとヴィジランスの部屋を訪れた。何度か遊びに来たことはあるけれど、こうして一人で、しかもヴィジランスと二人きりになるのは当然、初めてのこと。チャイムを鳴らすのさえ妙に緊張して、ドアの前でしばらく立ち尽くしてしまう。俺の気配に気付いたヴィジランスが、俺が動くより先に部屋のドアを開けてしまい、余計に恥ずかしい思いをしてしまった。こんな調子で二日も保つのかと、気が思いやられながら、俺はヴィジランスに出迎えられて、部屋の中へと入った。
学年も部活も違うヴィジランスとは、学校で話をすることは殆ど無い。夜に連絡をしようにも、大学受験を控えているヴィジランスの勉強の邪魔をする気にもなれず(という言い訳をして)、余り連絡も取れずに今日を迎えてしまった。
ヴィジランスが出してくれたお茶を飲みながら、明日隣町まで出かけようということを決めて、とりあえず昼食と夕食の材料を買いに出かけることにした。ヴィジランスと一緒に食事を作るなんて、想像しただけでも楽しそう。
近所の商店街に向かう道中聞いた所によると、基本的にギグは全然家事をしないらしい。うちの兄と一緒だと思うと、なんだか笑えた。そう言えば、あの二人、食事はどうするつもりなんだろう。嫌な予感がしたけれど、とりあえず考えないことにする。
その日は一日、想像していたよりずっと、何事も無く過ぎていった。付き合っていることを抜きにしても、気の合う友人同士だったのだから、当たり前かも知れない。ヴィジランスは近所のスーパーで買った食材を使ったとは思えないような、妙に凝った料理を作っていて、どう見てもきんぴらごぼうとわかめと豆腐の味噌汁には合わなくて笑った。
でも、何事もなかったのは、夜になるまでの話。夜になれば、当然、寝なくてはならない。恋人同士が同じ部屋に泊まり、わざわざ別のベッドに入るというのもおかしな話で、ぎこちないながらも、俺とヴィジランスは同じベッドに横になった。いつも寝る時間よりずっと早く寝る支度をして、二人で電気を消して布団に潜り込む。
本当は、恋人同士なら、手を繋いだり、抱きしめ合ったり、キスしたりするのが普通なんだ。今まで、その「普通」を、何一つしたことはない。折角なんだから、せめて手を繋ぐくらいは。そう自分に言い聞かせて、俺は震える手で、ヴィジランスの手のひらを探した。自分より少し低い体温に触れ、こちらの方が驚いて、びくりと手を引っ込めてしまう。
「ねえ、そんなに緊張しなくたって良いんじゃない」
ヴィジランスはくすくすと笑って、俺の方に体を向けた。月明かりに照らされたヴィジランスは、病的な程青白くて、綺麗だ。触りたいけど、触るのが怖いくらい。
「普通にしてくれて良いのに」
「ん……ごめん。なんか、意識しちゃって」
「ははは、僕もだよ」
あの二人、いきなり過ぎるよね、とヴィジランスは笑った。つられて俺も笑う。ああ、焦りすぎてたんだな、と気付いて、少しだけ恥ずかしくなった。
結局、いつも通りとりとめのない雑談をして夜を過ごした。部活の話や、ヴィジランスの進学の話。俺達はまだ高校生で、夜に泊まりでお喋りをするというだけで、いつもよりずっとはしゃいで、夜遅くまでずっと、笑いあえる気がした。
でもそれは、夜もとっぷりと更けた頃、ヴィジランスが「今頃あの二人、何してるんだろうね」と言ったせいで、台無しになった。思わずいけない想像をしそうになって、二人で顔を赤くしてしまう。折角いつも通りでいられそうだったのに。ヴィジランスはたまにこうして、空気を悪くするのが難点だった。
……でも、今だけは、その空気の読めなさに感謝した。変に意識しそうになるどさくさに紛れて、俺は勇気を出してもう一度、ヴィジランスに手を伸ばす。
「……手、繋いでも良い?」
「……良いよ」
布団の中で温まったヴィジランスの手を握り、俺は目を閉じる。もう夜も遅いし、せめて少しくらい、恋人らしいことをしたかった。あの二人に比べたら幼すぎる触れ合いかも知れないけれど、俺達にはこれくらいがちょうどいい、と思う。
「……もう寝ようか」
「……うん」
半分以上照れ隠しで、おやすみを言う。あの二人が今何をしてるか、なんて、ヴィジランスが変なことを言うから、まだしばらく寝られそうにはなかったけれど。
――六時間後、休日だというのにやけに早起きだったヴィジランスの顔は、明らかに寝不足らしく隈が出来ていた。誰かさんの失言で寝られなかったのは、俺だけではなかったらしい。二人で笑って朝食を食べて、もう一度布団に潜り込む。あの二人はどうせまだ寝ているだろう。変なことを考えずに済んだおかげで、俺とヴィジランスはたちまち眠りに落ちていった。
終わり
wrote:2015-12-13