グダン・ガラム

夢を見た。いつもと同じく、あの男に好き放題体を触られて、拡げられたそこに、指を、卑猥な形をした器具を挿入されて、善がっているところを嗤われる。そんな、いつも通り過ぎる夢。日常と同じ過ぎて、これが現実なのか、夢なのか、境界が曖昧になっていた。

ただ一つだけ、いつもと違うことがあった。それは、ロドがごく自然の流れで、俺に自分の性器を挿入しようとしたことだった。嘘、入れてくれるの。嬉しいけど、もっと何か、一言くらい言ってくれたって良いのに。そんなことを口にした気がした。でも、それを認めてしまうのは、なんだか気恥ずかしい。まるで、あいつに、快楽以外の何かを期待しているような――。

――結局、そんな甘ったるい厭らしい夢は、どんな運命の悪戯か、俺が眠っている部屋の家主のご帰宅により破られた。

「おい、なァに寝てんだよ」

「ん……」

不機嫌、という訳ではない。ロドはいつも、こんな風にぶっきらぼうな振る舞いをするからだ。めくられた布団。肌を刺す寒さに震えて、俺は強制的に覚醒させられた。そう言えば、裸だったっけ。

「お前、なんで人ン家でそんな格好で寝てんだよ」

しかもエロい夢でも見てたのか? おっ勃てやがってよ。ロドはベッドの側の椅子に腰を下ろすと、ため息を一つついて、煙草を咥えた。別に厭らしい夢を見ていようがいまいが、若いんだから寝起きに勃起するのは仕方ないのだけれど、今回ばかりは弁解の仕様が無かった。俺は黙って下着を付けてロドの隣に座り、テーブルの上に置かれた煙草を、一本手にとった。ロドは何も言わず、火を付けた煙草の火を寄越す。いつの間にか付けられた暖房の温風が、ぬるく頬を撫ぜた。

ロドは色んな種類の煙草を吸うが、特にこの銘柄を好んで吸っているようだった。それに倣うように、俺もこの煙草を良く吸っている。こんなもん吸ってたら早死するぜ、と、ロドは良く言っているが、そんなことは将来の自分が悩めば良い。今の俺には関係の無いことだ。

すう、と肺に広がる毒のような甘い香り。くらくらしながら、これと同じ感覚を、隣りに座っているロドも味わっているかと思うと、笑い出したくなった。吐かれた紫煙が、部屋の中のあちこちに染み渡っていくのを見るのが、俺はとても好きだ。それに、この甘ったるい煙草の匂いを嗅ぐと、ああ、ロドが帰ってきたな、と、妙に安心する。煙草は依存性が強いと聞くけれど、煙草に依存しているのか、ロドに依存しているのか、俺にはよくわからなくなっていた。

「今、何時なの」

「八時過ぎだよ」

「食事は?」

「適当に親友の分も買ってきてる」

「ん、ありがと」

俺が真っ当に食事を作っているとは、ロドも思っていないらしい。適当に惣菜なり弁当なりを買ってきて、一緒に食べるのがいつもの夕食だった。殆ど毎日のようにここに通いつめているから、俺の好みと食事量を、ロドはしっかりと把握してくれている。

「……ちゃんと我慢してたかよ」

ロドは、とんとんと灰皿に灰を落とすと、薄く笑いながら、俺の顔を見て尋ねた。それは、尻に入れたままのものを、引き抜かずにいたかどうかという、ハードルの低い話をしているのか、それとも。

「……確かめてみたら」

緩い刺激に耐え切れず、自分で慰めてしまったことは、我慢しきれなかったことに該当するのだろうか。自分では判断がつかず、俺はロドに逆に聞き返すことにした。腹は減っているけれど、我慢出来ない程じゃない。ロドはどうだか知らないけれど、今すぐしてくれても良いし、食事してからでも構わない。叩き起こされて寒い思いをしているけれど、夢の中の話とは言え中途半端な所で止められては、身体の熱は収まらないままだった。

「ったく、本当に親友さんは……」

ロドはがしがしと頭を掻いて、灰皿に吸いかけの煙草を押し付けた。俺の挑発は功を奏したらしい。俺もロドに倣って煙草を揉み消す。ロドは火が消えたかどうかもお構い無く、俺の手を引いて、ベッドの上に放り投げた。ぎしりとベッドが軋み、続けてロドの体重を受けて、スプリングが悲鳴を上げる。

「誘うのが随分上手くなったもんだな」

「……ロドのせいでしょ」

俺を押し倒して覆い被さったロドは、困ったように笑った。俺の頬を優しく撫でて、触れるだけのキスを落とす。こんなこと、そう言えばされたこと無かったのに、一体どうしたって言うんだ。ロドは、俺の手に自分のそれを重ねて、指を絡ませながら、何度も優しいキスをした。こんなの、まるで、恋人か何かにするみたいじゃないか。気持ち悪い。それなのに、嫌という訳ではない。

「親友さんよ、俺がどれだけお前に参ってるか、考えたことあんのかよ」

ようやく唇を離されて、ロドが口にしたのは、こんな、下手糞な告白だった。参ってる、って、それは何に。身体か、それとも。

「惚れ込んで無けりゃあ、二ヶ月もかけて仕込んだりしねェよ」

「……」

ロドの性格を考えたら、相手のことなんてお構いなしに無理矢理突っ込んで、事が終わったらすぐに離れていくような、そんなことをしてもおかしくなかった。それは、二ヶ月程度の付き合いでも良く分かる。

それなのに、俺はそうされていない。酷い性癖だとばかり思っていたけれど、負担をかけないように、時間をかけて身体を開発されて、それは十分にロドからしたら気遣っていたのだ。多分。もしかしたら、俺は無意識のうちに、この男の特別であることを喜んでいたのだろうか。そうかも知れない。否定出来ない。

「お前はどうなんだ? こんなくたびれた三十路に片足突っ込んだ男のところに足繁く通ってよ……何されるかって言やあ、尻穴弄られて、こんなところに穴開けられて……おかしいとか、嫌だとか思わねェのか?」

「おかしい……とは思うけど」

「けど?」

その先を口にしてしまったら、俺がロドに依存しているだけではなくて、あんたの特別で居続けたいのだと、認めることになってしまう。それに、そんな、恋人らしい生温い関係なんて、俺は望んでやしない。あんたが俺に与えてくれる、異常な刺激が楽しいのに。

「……」

「くっくっ……俺は沈黙を、自分の都合の良いように受け取るぜ?」

「……勝手にしたら」

「ああ、勝手にさせてもらうぜ」

お前のその平然とした顔を崩してやるのが、たまらなく興奮するんだよ。そう言って、ロドはいつも通りの歪んだ笑みを浮かべながら、俺の耳朶に齧り付いた。その感触に、ぞくりと背筋に電流が走る。耳の穴に差し込まれた舌。直接響く水音に、思わず声が漏れだした。

ロドは俺からの返事を、都合よく受け取ったらしい。それはつまり、俺もロドを好きだという、体が痒くなりそうな事実を指している。でも、ロドも俺と同じく、温い関係は望んでいないとわかり、俺は心の底から安堵した。いつも通り、俺を弄んで、下種な笑みを浮かべて愉しんでくれるなら、その関係に付けられる名称は、何だって構わない。

俺は、ロドが買ってきたという食事の行方を少しだけ気にかけながら、酷く焦らすような手つきのロドの指先の感触を楽しむことにした。

ロドは、俺の何処をどうしたら気持ち良くなるのかを、完全に知り尽くしている。それにしても、今日は俺のことを隅から隅まで愛でるつもりらしかった。複雑な気持ちと、これからされるかも知れないことの期待感で、触れられてもいないそこはだらだらと涎を溢して、下着に染みを作っていた。それをわかっていて、ロドはそこに触れようとしない。いつもなら、先端に施されたリングを弄って、嬉しそうにしてる癖に。

「ここも随分大きくなったな」

「ん……あ、痛ッ……」

きつく乳首を噛まれながら、痛みの奥からやってくるじわりとした快感に身を捩る。ロドは、そのうちここにもピアスを入れたいと言っていた。物凄く痛いらしいから、親友ならきっと楽しめるんじゃねェか、と笑って。そのために、ロドは痛いくらいに歯を立てて、噛み潰したり引っ張ったりして、俺の乳首を苛めている。もう片方の乳首を指で摘んで軽く捻り、俺の声に確かな快楽が混じるのを聞いて、ロドは満足そうに一層きつくそこを押し潰した。

早く、下を弄って欲しい。尻に入れられたままなせいで、奥がじわじわと疼いて、早くぐちゃぐちゃに掻き回して気持ち良くして欲しかった。もちろん、後ろだけでなく、前の方も触って欲しい。あんたの骨ばった細い指先で、乱暴に扱いて、だらしなく射精する俺のことを嗤って欲しい。

ロドに開発されきったこの体と頭は、快楽にはとても従順だった。けれど、それをロドにバレないように努力することで、もっと酷いことをしてもらえるということを、俺は知っている。

「ねえ……もっと、きつくしても良いよ」

「……馬鹿、これ以上やったら、噛みちぎっちまう」

「良いよ……それでも」

「こいつが無くなっちまったら、弄る楽しみが無くなるだろ……ッ」

「ぐっ、あ、うぅ……ッ」

俺を窘める振りをして、さっきよりも強く、ロドはそこに歯を立てた。血が滲むくらい、きつく。それはほんの数秒のことだったけれど、なかなか痛みは引かなかった。ロドがそこに音を立てて吸い付いて、そのぬるついた感触でさえ、ずきずきと痛む。ようやく開放されたそこは、まるで女のそれのように、赤く大きく腫れ上がっていた。

「……こっちも、同じようにしてやるよ」

もう片方にも噛みつかれ、まるで貧乳の女のようになってしまった俺の胸を、ロドは指でそっと撫でた。

「ははッ、可愛いじゃねェか」

「……変態」

「親友のことだろ、それは」

俺は頼まれたからやっただけだぜ。ロドはそう言うと、着ていた服を脱ぎ捨てて裸になった。部屋も十分に温まったと判断したらしい。服の下に隠された青い刺青が、蛍光灯の明かりに照らされて、白い肌によく映えている。

ロドと同じような刺青を入れてみたいと言ったこともあるけれど、それは高校卒業した記念だと突っぱねられた。体育の時間とか、肌を出すこともまだ多いから、それは仕方ないと俺も思う。でも、俺って、高校卒業なんて出来るんだろうか。

出席日数が足りないことを、ロドも知っている。留年してまで卒業したいとも思わないけれど、流石に高校くらいは出たほうが良いよな。だけど……高校になんて行くくらいなら、ロドの部屋や、ロドの店で日がな一日過ごしていた方が、ずっと有意義に思えてしまう。高校なんて、授業なんて、どう考えたってつまらないのだから。

そう、俺はまだ高校生だ。それに、まだ十八歳にもなっていない。それなのに、こんなことをされて喜んで、生活だって殆ど破綻してしまっているなんて、この体も、人生も、これからどうなるんだろう。

取り返しがつかないくらいなのに、そうなればなるほどぞくぞくして、もっと酷いことをされたくなるし、落ちるところまで落ちたくなる。自分でもイカれてると思う。でも、それをわかってくれて、付き合ってくれる相手がいると思うと、安心出来る。一人で落ちるのは怖かったのか。いや、それは……落ち方を知らなかったから、怖かっただけかも知れない。

ロドなら、俺を的確に、正しく堕落させてくれる。もっとと言えば望み通りにしてくれるし、時には期待以上に落としてくれる。だから、あんたの側が心地良いんだろうな。

「さァて、お待ちかねだろ? こっちも弄ってやるから脱いじまえよ」

「ん……」

ロドに促されて、すっかり濡らしてしまった下着を脱ぎ捨てる。先走りで濡れて鈍く光っている銀のリングが揺れて、その刺激だけでいってしまいそうだった。

「なんだよ、すぐにもいっちまいそうじゃねェか」

「あんたが焦らすからだろ」

「……そうかい。だったら、先にこっちを良くしてもらおうかね」

「なにそれ……」

弄ってやると言われたから脱いだのに。ちょっと不満を漏らしただけで手のひら返しとは。ロドはベッドの上で足を広げて座り、半勃ちになったものを見せつけた。咥えるのは嫌いではないけれど、やっぱり狡い。ロドを睨みつけながら、俺は仕方なくそこに顔を近づけた。

「まあまあ、ちゃんと出来たら入れてやるからよ」

「……本当に?」

「ああ、もうそろそろ頃合いだろうしな」

ロドはそう言って、ベッドの側のテーブルの上の煙草を手にとった。火を点けて、煙を俺の顔めがけて吹きつける。楽しくてたまらないと言った表情で笑うロドが、憎らしくも思えるけれど……そんなことを言われたら、しないわけにはいかないじゃないか。

亀頭を貫通している金属で口の中を傷つけないように、俺はゆっくりとそれを口に含んだ。ロドに教えられた通りに、先端を唾液で濡らして、舌を鈴口に差しこむ。まるで行儀の悪い犬か何かになったような気分になりながら、わざと卑猥な音を立てて吸い上げると、ロドが俺の頭をよしよしと撫でてくれた。これじゃあ、本当に犬みたいだな。

それなりな年齢で、ヘビースモーカーと言っていいロドの体臭は正直言ってかなり濃い。股間に頭を埋めていると、むせ返りそうな雄の匂いで頭がくらくらする。それは、ロドに倣って煙草を吸う時の感覚に似ていた。

喉の奥まで咥えて引き抜いて、口を使って扱いてやると、ロドのそれはたちまち硬度を増していく。口の端から溢れた涎が、宛てがった指先とシーツを汚した。これが、これから俺の中に入るのか。

「……随分と、こっちも上手くなったよなァ」

口でするのは嫌いではないと言ったが、している間はそれなりに苦しくもある。大きさは俺と同じくらいか、少し大きい程度なのに、亀頭に付いたピアスのせいで、慣れるまでは何度か口の中を痛めたりもした。今では……口の中にあるものが、中に入ったらどうなってしまうのか、期待できる程度には、慣らされてしまったけれど。

「もう良いぞ、顔上げな」

「ん……もう良いの」

「ああ」

涎塗れの顔を上げると、ロドは煙草を灰皿に押し付けて、俺をベッドに横になるように促した。いつもなら射精するまで咥えさせる癖に……ああ、これから入れるんだもんな。無駄撃ちはしないってことか。嬉しいような、物足りないような。

「……何ニヤニヤしてんだよ」

改めて俺に覆い被さったロドは、苦笑しながらそう言った。そんな顔をしていたつもりは無かったけれど、言われてみれば、期待しすぎて、変な顔をしていたかも知れない。ロドは相変わらず、沈黙を都合の良いように受け取ったらしく、さも嬉しそうに俺の首を噛んだ。くすぐったさが混じった快感にびくりと体を跳ねさせると、ロドは続けざまにそこに何度も吸い付いた。

今まで、一度だって跡が残るようなことはしなかったのに。自分では見えないけれど、きっと幾つも赤い跡が散らされているに違いなかった。恋人らしい睦み合いなんてくだらないと思っていたのに、ロドにそうされているということに妙に興奮してしまう。大して気持ち良い訳でもないのに、シーツをきつく握って耐えようとしても、小さい喘ぎが漏れてしまった。心臓がさっきから妙に煩い。今まで、こんな感覚になったことなんて無いのに。

「ははッ、どうしたよ、親友。顔赤いぞ」

「……煩い、早く、入れたら」

楽しげなロドに、やっとのことで色気のない悪態を付く。それは興奮しているからだ、きっと。そうでなかったら、何なんだ。

ロドは、俺の言葉を鼻で笑い飛ばして優しく頬を撫で、深く口付けた。さっきまで吸っていた、甘い煙草の香り。煙草のせいで冷えた舌の温度が、口の中で心地良く滑っていく。官能的ではないのに、気持ち良かった。シーツを握りしめていた手を、俺よりも幾分大きな手のひらが捕らえ、指を絡め取られる。逃げる気なんてさらさら無いのに、この男は、俺を離したくなくて仕方ないらしい。

「……大事な親友の処女を貰っちまうんだからな、段取りくらいちゃんとするさ」

絡んだ舌と指が同じ温度になる頃、ロドは俺の唇を開放して、耳元でそう囁いた。

今更、あれだけ色んなの突っ込んどいて、処女も何もないだろうに。そもそも、俺、男だし。下らない。下らないけれど、そんなことを本気で気にしているこの男を、ほんの少しだけ可愛いと思ってしまった。

自分が今、どんな顔をしているのかはわからない。ロドが俺の足を大きく開かせて、銀のリングが施された部分には触れず、塞がれたままの後孔に手を伸ばすのを、呆けたまま見ていることしか出来なくなっている。飛び出ている取っ手に指を掛けて、プラグを引きずり出そうとするロドの顔は、これからすることへの期待で、少しだけ若々しく見えた。

続く