いい思い出は
ギグはいつも、ゴミむしがどうのとか、世界なんてぶっ壊すとか、不穏なことばかり言ってるけど、この世界に何かいい思い出はないの。俺と一緒に旅をしてきてさ。
寝入りばな、そう頭の中で話しかけると、ギグは俺を馬鹿にしたように嗤った。
(ふざけたこと言ってんじゃねェよ。いい思い出なんざ、ある訳ねェだろ)
いつまで経ってもお前は体を寄越さねェし、周りの連中はアホな上に騒がしいし、疲れるだけだぜ。そう愚痴愚痴とぼやくギグに、俺は、気まぐれにしても尋ねなきゃ良かったと後悔した。この返事に困る愚痴は、しばらく続きそうだったから。
随分長いこと旅をして、俺はそれなりに楽しかったんだけどな。ギグみたいな神様に取っては、やっぱり退屈で焦れったい旅だったのか。
(お前はどうなんだよ。今まで生きてきて、いい思い出ってのはあんのかよ)
逆にギグからそう返されて、俺は言葉に詰まった。里での生活は、思い返してもいい思い出とは言いがたかったから。でも、旅に出てからは……色々あって大変だったけれど、楽しかった。そうだ。俺にとってのいい思い出は、全部、ギグと出会ってから起きたことばかり。
ギグと融合させられた時の事を思い出すと、なんて最低最悪の出会いだったんだと思うけれど、今思うと、あれがきっかけで俺の人生、楽しくなってきたんだなあ。
(おい、聞いてんのかよ、相棒)
(聞いてるよ)
(で? いい思い出、なんかあったかよ)
ギグとの思い出を幾つか思い出して、どれを答えようか考える。初めてギグがホタポタを食べた時のこと。なんだかんだと言いながら力を貸してくれた時のこと。どれもこれも楽しかったけれど、でも。
(……うん。ギグと、出会った時のことかな)
(……はあ?)
取引した時の、アレがいい思い出って、お前……頭おかしいんじゃねェのかよ。ギグの呆れた声を聞いて、俺もそう思うよ、と返す。ギグはため息を付いて、それきり眠ってしまった。
初めて「相棒」って呼んでくれたのが、思い返すと本当に嬉しかったんだ。戯れだったかも知れないけど、名前以外の、親しさを込めた呼び名で呼ばれるなんて、初めてだったから。あの時は戯れだったとしても、今はきっと、本当の相棒になれてると思う。俺が思ってるだけかも知れないけどね。
――旅が終わっても、ギグと一緒にいられたら良いのに。
夜の肌寒さに、体をきゅっと縮めて、俺は一度だけ見たギグの姿を思い出しながら、眠りについた。
終わり
wrote:2016-01-23