いけないところへ連れてって

自他共に認める真面目な優等生である自分にとって、放課後にあのくたびれた煙草屋に行くというのは、毎回非常に勇気のいることだった。未成年。高校生。制服を着たまま。どれもこれも、悪いことをしているという自覚を促すには十分過ぎるアイテムで、どうか店の近くに誰もいませんように、と、祈らずにはいられない。

幸い、店先には誰もいないし、ガラスの向こうに見える店内にも、お客さんはいないらしい。それでも俺は、辺りをきょろきょろと見回して、深呼吸をして、ようやく店の扉を開けたのだった。

からん、とベルが鳴って、少しだけ間を置いて、奥からあの人が顔を出した。咥え煙草をして、眠そうな淀んだ目付きで俺を好色そうに見つめ、薄く笑う。

「おう、今日も来たのか。早く奥に入りな」

「……うん」

誰かに見られたら大変なことになる。引き返した方が、自分にとって間違いなく善だとわかっていた。しかも、この奥の部屋に入ってしまったら、またいやらしいことをされて、落とされてしまうこともわかっている。それなのに俺は、促されるままに奥の部屋へと足を踏み込んだ。元々そうするために、ここに来たのだから。

奥の部屋は、店頭よりもずっと濃い煙草の香りで満たされていた。そこにいるだけで、体に匂いが染み付いてしまいそうなくらい。実際、帰宅した後で自分の制服を嗅ぐと、この部屋そっくりの匂いがして……あの人を思い出して体が火照って、駄目になる。

ノートパソコンが置かれている作業テーブルとパイプ椅子、その後ろに設置されている、仮眠用の折りたたみベッド。小さなシンクと一口ガスコンロ。この部屋にあるのはそれだけで、俺はいつも通り、奥のベッドに座らされた。煙草を灰皿に押し付けるロドを横目に、鞄を床に置いて学ランのボタンを外し、ワイシャツだけの状態になると、ロドはこちらを見て、実に楽しそうに笑った。

「そんなに待ちきれないのかよ」

ロドは俺の隣に腰を下ろすと、俺の肩を引き寄せた。されるがままにロドに体をすり寄せると、顎を上げられ、ちゅう、と口を吸われる。甘くて苦い香りにくらくらしていると、ロドは器用にワイシャツのボタンを外し、するりと俺の背中に手を差し込んだ。

「ん……そんなつもりじゃ」

「へえ」

じゃあどうしてここがこうなっちまってんだよ。ロドはそう言って、俺の股間に手を伸ばした。これからされることを期待して固くなっているそこが、ロドの無骨で無遠慮な指先に反応して、更に硬度を増してしまう。

「ははっ、真面目そうな顔して、すぐこんなんにしやがってよ」

言い返せずに、俺はロドから顔を背けた。こうなるように仕込んだのは自分の癖に、すぐにそうやって意地悪を言うのだから、この人は本当に、性格が悪い。ロドは俺のベルトを外して、下着ごとスラックスをずり下ろすと、俺をベッドにうつ伏せになるように転がした。

尻を高く上げた羞恥心を煽られる格好にされて、それだけでも顔が熱くなるのに、ロドは露わになったそこにとろりと何かを垂らし、間髪入れずに指を差し入れるものだから、たまったものではない。この部屋に来てまだ五分も経っていないのに、いきなりされるがままに尻穴を弄られるだなんて、この人は――。

からん。その音は、火照った頭に、妙に冷ややかに響いた。漏れ出そうになる声を、既の所で飲み込む。ロドはずるりと俺の中から指を引き抜くと、側にあったウェットティッシュで指先を手早く拭き取り、部屋から出て行った。

情けない格好でベッドの上に放置されていると言うのに、三メートル先では、見知らぬ大人とロドが、他愛のない世間話をしながら商品の売買をしている。そう思うと、自分が酷く惨めで情けない存在な気がして、悲しくなってきた。ロドに取ってすれば、良くて数千円の取引の方が、俺なんかよりも大切なのだと思うと、涙が滲んでくる。

そういうつもりがあろうと無かろうと、俺にとってはそれだけが真実であって、戻ってきたロドが、俺にこれ以上ないくらいに優しいキスをしようと、どうやったって覆らない……はずだった。

「良い子で待ってたみたいだな」

「ん……また、お客さん来ちゃうんじゃないの」

唇を離したロドが、いそいそとシャツを脱ぎだしたのを見て、俺は疑問に思って尋ねる。まさか上半身裸で客を出迎える訳にもいかないだろうに。するとロドは、狡そうな笑みを浮かべて、俺の上に覆い被さった。耳をきつく噛んで、痛がる俺の手を握る。この人は、俺に優しくしたいのか、甚振りたいのか、未だに良くわからない。

「客なんざもう来ねえよ。閉めてきた」

「え……まだ五時半でしょ」

「良いんだよ、たまにはな」

何考えてるの、いつも儲からないってぼやいてるのに。そう尋ねる暇も与えずに、ロドはもう一度、潤滑剤でぬめった俺の尻に指を捩じ込んだ。

「ちゃんと我慢出来た可愛い親友に、ご褒美をあげなくっちゃあ、なあ?」

本当に、この人は……。俺のことを本当に好きなのか、そうじゃないのか、やっぱり良くわからない。でも、ただ一つわかるとすれば……やっぱりこの人からは離れられないという、なんとも言えない事実だけ。

夕暮れの赤い太陽の光が差し込む淀んだ部屋に、自分の甘ったるい声が響く。誰も来ないのを良い事に、いつもは我慢している声を上げながら、俺はロドが与えてくる快楽を堪能した。

普段、この部屋では最後までしたことは無かったのに、解されたそこに根本まで深く貫かれて、俺はロドにしがみついてもっともっとと強請った。ご褒美と言うなら、少しくらい我儘を言ったってかまわないだろうと思ったから。ロドは、嫌だと言っても止めてやらないと宣言すると、俺の要求に喜んで応えた。

足を大きく開いた格好にされ、容赦なく何度も奥を擦り上げられると、自分の意思とは無関係にイッてしまって、そこから先はもう、駄目だった。自分でも何がどうなっているのかわからなくなって、ただ只管、気持ち良いことしか考えられない。幸せなような切ないような気持ちで頭の中がぐちゃぐちゃになっている癖に、勝手にきゅうきゅうと締め付けてロドの射精を促すそこは、この状況が気持ち良くてたまらないらしい。

まだ、もっと繋がっていたいのに。俺は吐き出された熱い液体が中に広がっていくのを感じながら、ロドの背中にしがみついた。

あっという間だった気がしていたけれど、どうやら気を失っていたらしく、気が付けば窓から見える空は真っ暗で、時計は七時をさしていた。

どうやらロドがある程度後始末をしてくれたらしく、怠いだけで不快なことは無い。かけられた毛布を引き寄せて、ごろりと体を横にすると、ロドの背中が目に入った。ノートパソコンを開いて、何か仕事をしているらしい。

口元から立ち上る紫煙が揺らめいて、部屋の空気を汚している。もっとも、これ以上ないくらい、もう汚れきってるんだろうけど。

「起きたのか」

衣擦れの音と気配で気付いたのか、ロドはこちらを振り向きもせずに尋ねた。

「うん」

ぱたぱたと響くキーボードの音。今更、そんなことに不機嫌になったって仕方ない。社会人と学生。我儘ばかり言っていられないのはわかっている。

「動けるか」

「……しばらくは、無理かな」

「そうか」

そうやって、少しでも心配してくれるだけで嬉しい。そう思わないと、やっぱり少し、寂しくなってしまう。ロドは湯気のたっていない、冷め切っているだろうコーヒーを飲み干して、こちらをちらりと見た。

「じゃあもうちっと、そのまま寝てろ。これが終わったら、良いとこ連れてってやるから」

「良いところ?」

「俺の家だよ」

それを聞いて、俺は随分と驚いた。だって、今まで入れてくれたことなんて無かったのに。煙草屋をしていること以外、殆ど知らないこの人が、自分の家に、俺を迎え入れてくれるなんて。

「そしたらもっと可愛がってやるからよ、立てるくらいにはなってろよな」

「……うん」

とっととノートパソコンへ視線を戻したロドの背中へ、俺は小さく返事をした。

家に連れて行ってくれる、たったそれだけのことで、この人を信じてしまう俺のことを、見る人が見れば馬鹿だと笑うだろう。でも――いや、こんなことを考えてちゃ駄目だ。あとどれくらいかかるのかわからないけれど、ちゃんと体を休めておかなくちゃね。

毛布に包まって、規則的なキーボードのタッチ音を子守唄に、ゆっくりと目を閉じる。この人がどうやって俺を可愛がってくれるのか、俺は楽しみで仕方なくなっていた。

終わり

wrote:2016-03-14