夜中のお祭り

学生らしく、宿題やら受験勉強に追われる俺は、暇そうにテレビを見る兄の隣で、必死にノートにシャープペンシルを走らせていた。騒がしいバラエティを見ずにいてくれるのはありがたいけれど、自分と同じ学年で、俺と同じく来年受験のはずの兄は、自分の将来をどう考えているんだろう。

一息ついて顔を上げれば、目の前の液晶には美味しそうな豚の生姜焼きが写っていて、ちょうど頭を使ったのもあって、妙にお腹が空き始めた。

「……おなかすいたな」

「……何か食べる?」

珍しく兄から勧められて、思わず振り返る。何か、って言われても、台所にあるものなんて、明日の朝食と夕飯の材料くらいしかない。兄はいつもの、何を考えているのかわからない顔で、テレビの生姜焼きを見つめ続けていた。

「美味しそうだね」

恐らく兄も同じことを考えていると思いつつ、そう呟く。夕ご飯もちゃんと食べたのに。それに、こんな夜中に食べたら健康にも悪いのに。どうしてこうもお腹が空いて、何かが食べたくなって仕方ないんだろう。夜中に見る料理番組というのは、本当に罪深い。

「どうしたの」

一緒にテレビを見ていた兄が、唐突に立ちあがった。驚いて兄を見上げると、珍しく兄はニヤリと笑い、居間を出て行った。一体どうしたって言うんだろう。

扉も閉めずに出て行った兄は、程なくして紙袋を抱えて戻ってきた。差し出されたそれの中を見ると……。

「えっ、何これ。すごい量のお菓子……」

「好きなだけ食べていいよ」

どこにそんなお金が……まさか。

「……誰かとパチンコ?」

「よくわかったね」

悪びれもせずに笑う兄を、ほんの少しだけ睨みつけた。

兄がちょくちょく悪い先輩と一緒に遊んでいるのは知っている。たまにタバコを吸ったりしているのも。きっと、その先輩に教えられた悪い遊びをして、そうしてもらったものに違いなかった。そんなもの、食べたくない。食べたくないのだけれど……。

「あ」

きゅう、と腹の虫が鳴る。それを聞いて、兄はさらに笑みを深くした。

「良いから、食べちゃいなよ」

「嫌だよ、そんなの……食べたくない」

「良いから食べなよ……だって、お菓子に罪は無いでしょ?」

それは、確かに兄の言う通り。だけど、それを食べたら、自分も不良の仲間入りをしてしまったようで気分が悪い。

迷っている俺を余所に、兄は紙袋の中から一箱、お菓子を取り出して包装を破っていく。それを止められない辺り、やっぱり俺も同罪かも知れなかった。

兄の手には、黒く輝くチョコレートが一欠片。頭を使ったばかりの俺には、それは酷く魅力的に見え――。

「……美味しかった?」

兄の手ずから口の中に放り込まれたそれは、瞬く間に口の中で甘く溶けていった。

最初から兄は、俺にこのお菓子を食べさせて共犯者にするために、料理番組を見させてお腹を空かせようとしていたんじゃないか。だとしたら、なんて巧妙な罠なんだろう。

――もう、一口食べたら、いくら食べたって同じだ。

俺は、兄の手に握られたチョコレートの箱を奪い取ると、ぱくぱくと勢い良く口に運んだ。もう、知らないよ。太ったって良いし、未成年のパチンコの片棒を担いだって、もう、どうだって良い。

兄は一瞬、きょとんとした顔で、チョコレートを食べる俺の姿を見ていたけれど、ふっと笑って、紙袋の中へ手を伸ばした。俺もそれに負けじと、紙袋の中を床にぶち撒けて、中身を拡げる。

兄さんなら、これくらいの量、一人でだって食べきれるでしょ。分けてくれるって言ってくれるなら、俺だって出来る限り食べなきゃ損だ。

兄さんと二人きりの夜中のおやつパーティは、日付が変わる頃までしばらく続いたのだった。

終わり

wrote:2016-05-26