手出しはさせない

あれからぼくは、お店が終わった後になると、毎日別のおじさんと過ごすようになりました。リタリーはぼくに「貴方があんまり可愛いから、一緒に過ごしたいという人がたくさんいるんですよ」と言って、「可愛がってくれているのだから、されるがまま、言われたとおりにしていれば良いんです」と、教えてくれました。言われた通り、されるがままに。ぼくは何も考えなくて良いと言われました。

でも、ぼくはなんだか、いけないことをしている気がして怖くなります。そう言うとリタリーは「大丈夫。みんなしていることですよ」と教えてくれました。本当にそうなんでしょうか。ギグのことを考えると、なんだか悲しくて、辛い気持ちになってしまうのですが、それでも、これは、普通のことなんでしょうか。

今日もぼくは、会うのも二度目になるおじさんと、あの狭い部屋に二人きりになっています。このお仕事をするようになって、三週間くらい経ちました。先週の終わり頃から、おじさんたちに触られるだけじゃなくて、ぼくからも触るように、リタリーに言われました。自分が気持ち良くなってしまうところを、ぼくも触ってあげなくてはいけないそうです。ぼくは、おじさんたちの体を触ったり舐めたりしています。

すごく恥ずかしいし、汚いところを舐めたりしていると、こういうことをしていて本当に良いのかと思うこともあります。でも、皆が褒めてくれて、喜んでくれるのを見ると、安心してしまうのです。ギグもお腹いっぱい食べられるし、リタリーのお店も続けられるし、おじさんたちは喜んでくれるし。誰も損をしないなら、良いのかも知れません。

だけど……ぼくは、もう、ギグの顔をまともに見れる気がしませんでした。ギグにも見せたことのないような、いやらしいことを、ぼくはしています。ギグが、ぼくのしていることを知ったら、どう思うでしょうか。良くわからないとは言っても、これが人に話せないような、いけないことだということはわかります。みんなしていることだったとしても、それは、隠さなくてはいけないことでもあるんじゃないかと、ぼくは思いました。

ぼくは、ギグに会えるのが楽しみで仕方なかったはずなのに、今は、ギグがお店に来なかったことに安心してしまっていました。だけど、次の日になると、今日、もしギグがお店にやって来たらどうしようかと、不安で仕方なくなってしまうのです。

ギグのことが大好きなのは、今も変わりません。だけど、ギグに嫌われてしまうような気がして、会いたくないのです。こんなこと、やめてしまいたいと、何度も思いました。でも、リタリーにギグの食い逃げのことを言われると、ぼくは逃げられませんでした。

口の中に出された精液を飲むのも、もう四度目になると、段々と慣れてきてしまいました。最初は美味しくなくて吐き出していたのですが、無理矢理飲まされたり、リタリーに練習させられたりしているうちに、飲んでしまった方が面倒がなくて良いとわかってきました。

今日もぼくは、可愛いくていやらしくて、最高だね、と言われて、たくさん体を触られました。気持ち良かったはずのに、やっぱりなんとなく悲しくなって、誰もいなくなった部屋で、ぼくは一人で泣いていました。

今日こそ、ギグがお店にやって来るかもしれない。そう思って毎日びくびくしながら過ごしていたぼくですが、ついに、その日がやって来てしまいました。

乱暴に扉を開けて入ってきた、銀髪のお兄さん。ぼくの中にいた神様です。いつも通りの笑顔で、ぼくを見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきました。いつもなら、ぼくだって、ギグに抱きついてはしゃぐのに。ぼくは、ギグのその顔を見ると、なんだかすごく、泣きたくなってしまいました。

泣いちゃいけない、ってわかってたのに。ぼくは気が付くと、ギグに背を向けて、お店の奥にあるあのいつもおじさんたちと過ごしている部屋に駆け込んで、鍵をかけてしまっていました。拭っても拭っても、次から次へと涙が溢れて、止まりません。ぼくは、あの固いベッドの上に座って、ひっくひっくと泣いていました。

ギグは、ぼくがしてたことを知ったら、どんな顔をするでしょう。ぼくのことを嫌いになってしまうかも知れません。ギグに嫌われたらぼくは、きっと、死んでしまいます。ギグのためにしていたことで、ギグに嫌われてしまうなんて、馬鹿みたいです。でも、ぼくに出来ることはこれくらいだったし、他に良い方法なんて思いつきません。だから、仕方なかった。そう思うしか、ぼくには出来ません。

「おい、相棒! ここ開けろって! 出てこいよ!」

ギグの声が、扉の向こうから聞こえます。どんどんと、扉が壊れてしまいそうなくらい、乱暴に叩かれています。鍵をかけていても、ギグの力なら簡単に開けられてしまうでしょう。どうしよう。泣いているところを見られたくありません。ぼくは、ギグに心配をかけなくても済むくらい、強くならなくちゃいけないのに。そうなろうって、あの戦いの後、決めたのに。なのに、ぼくは……。

「相棒! ドアから離れてろよ……オラァッ!」

言われるまでもなく、ドアの側にはいませんでしたが、ギグの力強すぎる蹴りで、ドアは壁に勢い良くぶつかって、ひん曲がってしまいました。ギグの足跡がくっきりと残っています。

そして部屋に入ってきたギグは、飛びかかる勢いで、ぼくを抱きしめました。ぼくが泣いているのを見たからか、すごい勢いで抱きついてきたはずなのに、ギグの腕は優しくて、ぼくはなんだか、余計に泣けてきてしまいました。

「……馬鹿、なんですぐに言わねェんだよ」

「だって、だって……」

ギグの背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめると、ギグも、ますますきつく、ぼくを抱きしめてくれました。温かくて優しいギグの体温。ずっとこうしていたいくらい。

ギグはそれ以上何も言わずに、ぼくが泣き止むまでずっと、そのままでいてくれました。

それからギグは、ぼくを抱きかかえて、お店の外に飛び出しました。横目で、血溜まりの中に倒れているリタリーを見つけてしまいましたが、殺してねーよ、というギグの言葉に安心して、見なかったことにします。リタリーのことは嫌いじゃないけど、なんだか少し、信用できないような気になっていたからです。しばらくしたら会いに行こうとは思いますが、ギグが許してくれるかな。ぼくは、なんだかんだでお店で働くのは嫌じゃなかったのです。だけど、今回みたいなのは、ちょっと……いや、もう、こりごりです。

ギグはぼくを連れて空を飛んで、ギグがこっそり住んでいるという、迷いの森の小さな家に連れて行ってくれました。服は……今着ている、ふりふりの制服しかなかったのですが、ギグが良くわからない力で、旅をしていた時に着ていた服を出してくれたので、そっちに着替えました。着替えている間、ギグはキッチンテーブルに腰掛けて、不機嫌そうな顔でホタポタに齧り付いて、待ってくれていました。

ぼくが着替え終わると、途端に嬉しそうな顔でぼくを見て、

「やっぱり、相棒はそっちの方が似合ってるぜ」

そう、言ってくれました。ぼくは、女の子の格好も嫌いじゃありませんでしたが、ギグに改めてそう言われると、やっぱり、こっちの普通の服の方がしっくりくる気がします。

「ギグ、ありがと」

「……別に、感謝されるようなことはしてねェよ」

ぼくの言葉に、ギグは顔を赤くしてそっぽを向きながら、返事をしました。まったく、素直じゃないんだから。ギグにテーブルにつくように促されて、ぼくは椅子に腰掛けました。投げられたホタポタをキャッチして、ぼくもギグに倣って齧り付きます。甘い。なんだか久しぶりに美味しいものを食べた気がします。

「つーかよ、相棒が流されすぎなんだよ、もうちょっと自分を大事にだな……」

ギグがなんとなく照れくさそうに、ぼくにお説教をしてくれました。元はといえばギグが食い逃げをしたせいなのですが、それを言うのも野暮な気がします。

やっぱりぼくは、ギグのことが一番大好きです。ギグと一緒にいられるのが、一番、嬉しくて楽しいみたい。

ギグがぼくのために怒ってくれているのが、なんだか嬉しくて、ぼくは笑いながら、ギグのめちゃくちゃなお説教を、夜になるまでずっと聞いていました。

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