触れたことのない場所へ
城中を歩き回って、相棒の姿を探す。俺と相棒はいつも一緒にいるし、それが当然とばかり思っているのだけれど、相棒は時々ふらっと姿を消してしまうのだった。その気まぐれさは猫に似ていた。こういう時はどこか、想像もつかないような訳の分からないところへ足を運んでいて、大抵は血塗れになっている。一体何人殺しているのかもわからない。とりあえず、後々のお楽しみのために、なるべく人を殺さないようにと言っている手前、相棒を窘めるために仕置きをするのが通例だった。
クルテッグに聞いても、見ていないと言う。シェマも同じく。ソーンダイクは話が通じないので聞くだけ無駄。唯一、だだっ広い食堂で一人お茶をしているジンバルトが、中庭へ行くのを見たと話した。このハゲは本当に根暗だよな。とりあえずそれを頼りに中庭へ向かうと、赤い髪が目に入った。ああ、いた。何をするでもなく、そこに立ち尽くしている。いつものように、全身を赤くして。
「よう、相棒。どうしたんだよ、こんなところで」
「……ああ、ギグ。よくここがわかったね」
ふらっと散歩してただけなのに。相棒はそう言って、剣についた血を払った。散歩、ね。お前がその辺を彷徨いていたら、すぐに誰かが殺しにやって来るってのに。それを見越して――期待して散歩しているというのなら、それは随分と、質の悪い話だ。
「何人いたんだよ」
「さあ……六人くらいかな。どいつもこいつも、もうちょっと美味しくなってから来れば良いのに」
薄味は好きじゃないんだ、と相棒はつまらなさそうにため息を吐いた。こいつは、本当に……呆れてしまう。
ともあれ、オレと交わした約束――なるべく人を殺さず、数が増えるまで待つという――を破った相棒には、仕置きをしてやらなければならない。ああ、もし、オレからの仕置きを期待してまで、こうしているのなら、それは随分と……調子に乗った話だ。
「……今回は何処を切り刻んで欲しいんだ? 腕か? 脚か?」
不具にしてやるつもりはない。けれど、多少は痛めつけてやらなければ躾にならない。オレは鎌を取り出して、ひゅん、と何度か空を切った。相棒はそれを見て嘲笑した。
「ねえギグ、切られるのも嫌いじゃないけど……もっと、酷いことしてよ」
それで切られる痛みにも、段々慣れて来ちゃったんだよね。相棒はそう言って、剣を地面に突き立てた。こいつ、いよいよ馬鹿になってきたな。オレに治して貰えるからって、多少以上に酷い怪我をしても問題ないと軽く見ていやがる。良いだろう。こいつがそう舐めた態度を取るって言うのなら、いくらでも酷くしてやろうじゃあねェかよ。
オレはこちらへ一歩一歩近づいてくる相棒の左腕を掴むと、それを引き千切った。ぶちぶちと断裂していく筋肉と血管。外れる関節。舞う血飛沫。赤い霧のようなそれの向こうで、相棒は顔を苦痛に歪め、口からは動物か何かの鳴き声のような、甲高い叫びを吐き出している。流石に、猫のような可愛らしい鳴き声を上げたりは出来なかったみたいだな。一思いに切り落とすより、ねじ切った方がずっと苦痛は増すだろうと考えて実践しただけなのだが、それは十分、相棒のお気に召したらしい。
ねじ切った左腕を放り投げて考える。さあて、どうしてやろうか。
血を噴き出している左腕を右手で押さえながら、相棒はよろけていた。やっとのことで立っているような。随分と痛いらしいが……安心しろよ、もっと、痛くしてやるからな。
オレは相棒の脇腹を蹴り飛ばし、地面に転がすと、右の二の腕を踏みつけ、力を込めた。太い骨の折れる衝撃が、足を伝わる。ばきばきと音を立て、相棒の右腕は踏み潰された。血がにじみ、砕けた骨が覗く腕。両腕が満足に動かせない状態の喰世王を見たら、この国の連中は喜んで蹂躙するだろう。でも、そんなこと、させてやるものか。オレ以外のヤツに、こいつを傷つけさせはしない。
「どうだ? 気持ち良いかよ」
「あ、がッ……すごい、ね……たまん、ない……」
「お前、いつもみたいにオレがすぐに治してやるだなんて考えてるんじゃあねェだろうな。まだしばらく、仕置きは続くんだぜ」
眉根を寄せて苦悶の表情を浮かべながら、それでも口角を上げて、嬉しそうにする相棒。その顔を、純粋な苦痛で満たしてやりたくなった。
覚悟しとけよ、お前からもっと酷くしろって言ったんだからな。
血塗れで地面に転がされた相棒を見下ろしながら、次はどこをどう壊そうかと考える。相棒の体は、壊したことが無い場所を探すほうが難しいくらい、痛めつけてきた。手を出していないのは、心臓くらい。
……そう言えば、心臓に限らず、内臓を弄るってのは、まだしたことがなかったな。
「相棒、死んだりするなよ」
「……努力するよ」
期待に満ちた眼差しを向ける相棒の腹に、オレは手を伸ばした。
お前は、オレの側にずっと寄り添っていて貰わなきゃいけないんだ。これくらいで死んだりするんじゃあねェぞ。
オレは相棒の煩い鳴き声を聞きながら、相棒の生暖かい内臓へと指を突き入れた。
終わり
wrote:2016-05-28