アイム・ジャグラー
早起きは三文の得、と言うが、実際三文というのは百円であるということを聞き、だったら寝てた方が得じゃねェかクソが、と思っていた時代が俺にもあった。今日ばかりは早起きは三文以上の得になる。何故かと言うと、行きつけのパチスロ店の新台入替の日だからだ。
平日と同じ時間に目を覚まし、いそいそと身支度をした。祖父の小言を聞き流しながら、廃棄予定の煙草から二、三箱失敬して外に出る。いい天気だ。寒くもなく暑くもない。そう、並ぶにはもってこいの天気。
開店二時間前。すでに数人が列を作っていたが、この時間にしては十分早く並べている方だ。その最後尾に並び、俺は時間潰しのためにスマートフォンを取り出した。並ぶのはかったるいが、良い台に座るためには仕方ない。いや、確率だの運だのを考えたらそんなに変わらねェのはわかっているが、そういうもんなんだから仕方ない。
途中のコンビニで買った温いホットコーヒーを啜り、打つ予定の台を検索して、わくわくしていた。これだよこれ、この時間が一番楽しいんだよな。
開店十分前。長蛇の列を見て回る店員の叫び声と、周囲の喧騒を聞きながら、ああいよいよか、と気合が入る。勝てる気しかしない。贔屓のシリーズの新作を打てるってだけで楽しみだってのに、これだけ早く店内に入れるなんてツイてるぜ。
「何してるんですか、貴方」
「げ」
唐突に声をかけられ、俺は絶望した。同じクラスの悪友が、冷たい目をして立っていたからだ。
「行かないって言いましたよね?」
そいつの言う通り、再三に渡りパチンコに行くのは止めろと忠告されていた。その度適当に聞き流していたのだが、こうして現場を押さえられては敵わない。
「し、仕方ねェだろ、今日は新台入替でだな……」
「知りませんよそんなことは」
「おい! 止めろ! お願いだから打たせてくれ頼む!」
「はいはい、高校生高校生」
「あああああ……」
列から引きずり出され、一人分列が詰まっていくのを見つめながら、俺の二時間は何だったのかと虚しい気持ちになった。十九歳なんだから打ったって良いだろう畜生この糞真面目な優等生が! 最低だよこの野郎!
未練がましい視線を列に投げかけ続ける俺は、そのままリタリーに引きずられ続け、気が付くとパチンコ屋の脇にある、細い路地へと連れ込まれていた。
「さて、約束を破った悪い子にはどうおしおきしてやりましょうかね」
「はあ? ふざけんなよてめえ、俺がどれだけ今日を楽しみにしてたかわかってんのかよ」
要するにパチンコに行かないというのは初めから守るつもりもない約束だった訳だが、俺の言い分に、そいつは随分と機嫌を損ねたらしい。冷たい目を鋭く細め、そいつは掴んだままの俺の腕をぎりぎりと締めあげた。
「生返事と嘘付き、それだけでも十分怒られる理由になりますから」
「おい、離せよ」
「嫌です」
「ぐっ、てめえ……!」
腕を拘束されたまま、冷たい壁に頭を押し付けられ、背中を晒してしまう。壁とリタリーの体に挟まれた上、後ろ手に拘束されて、身動きが取れない。対して力も無いくせに、動きを封じる方法にだけは妙に長けているのはなんなんだ。
「あんまり騒がない方が良いですよ」
「おい……何する気だよ」
「おしおきだって言ったでしょう?」
そいつは俺のベルトに手をかけて、片手で器用に外してしまうと、下着ごとズボンをずり下ろした。寒くもなく暑くもない気候ではあるが、日が当たらない上、湿度の高そうなここで下半身を晒すのは流石に寒い。というか、マジで何を考えてるんだこいつ。ここは外だ。しかも街中だぞ。そして何よりまだ午前中だぞ!
「お、おい、冗談だよな?」
「私は冗談は嫌いです」
後ろからかちゃかちゃと金属音がする。それはつまり、後ろのこいつも脱いでいるということ。さっと血の気が引いた。こんな場所で昼間っからするような度胸は俺には無い。こいつとは何度もしているが、流石に何も慣らさずに入れるのは無理だし、絶対に裂ける。おしおきにしては酷すぎるだろ。
「嫌だ、止めろ、頼むから許してくれ」
「駄目です。もう、入れますよ」
焦って声が震えているのが自分でもわかるが、返されたのは無情過ぎる、懇願を突っぱねる言葉だった。宛てがわれたそれはすでにいきり立っているし、こいつはどういう性癖なんだ。どういう理由で勃ってんだよ。
「う、ぐ……ッ、いっ、てえ……」
馬鹿だこいつ。本当に入れやがった。なけなしの良心か何なのか、潤滑剤だけは塗ってくれたらしく、思ったよりは痛くないし裂けてもいなさそうだが……でもやっぱり痛え。こんな状態で興奮できる訳もなく、俺を貫いているリタリーのそれとは裏腹に、自分のものは萎えたまま。
路地裏を出た向こうでは、パチンコ屋が開店したらしく、騒がしい声と足音が響いてくる。ああクソ、本当なら今頃俺もそれに混ざって意気揚々と入店してたってのに!
「……ん、痛いですか」
「痛いに決まってんだろ……とっとと抜けよ……ッ」
「嫌です」
リタリーは優しさなのか何なのか、落ち着くまで動かずにいてくれるらしい。そんなことよりとっとと抜いて開放して、俺をパチンコ屋に行かせて欲しいんだがな。そう毒づく余裕もなく、ひたすら痛みに耐えるしか無くなっているのが悔しかった。
「……どうして、貴方はこうなんですか」
「ああ? 何がだよ」
「悪いことばっかりして……怖くないんですか」
「今更だろ、ほっといてくれよ」
「……そんなこと言ってしまって良いんですか?」
「……ッ、やめろ、動かすなって……」
こんなところでくだらない小言なんて聞きたくない。でも、反論すれば苦痛でもって返されてしまうとなれば、こうなったらもう大人しく、もうしませんから許してくださいと、素直に謝った方が良いのかも知れないとも思う。だが、そんな口先だけの言葉、こいつにバレたらまた手酷くおしおきされるんだろう。だったらもう、開き直った方がマシだ。
「何で……俺が、てめえの言う事聞かなきゃならねェんだよ……ッ」
「……まだ素直になりませんか」
思い切り素直に開き直って質問したつもりだってのに、こいつは訳の分からないキレ方をし始めた。中に潤滑剤を塗りたくるようにゆっくりと抜き挿しを繰り返しながら、馴染んでくるのを待っているような感じだ。ふざけんなよ。てめえが言う「素直」ってのは、自分の言う事を従順に聞くってことだろうが。そんなもん、俺に求めてんじゃねェよ。
意地でもこいつになんて従ってやるものかと思っていても、慣らされている体は徐々に反応して、痛みが薄れていくのに反比例して、中を擦られる気持ち良さが増していく。頭では拒否していても、体の方は刺激されるままに少しずつ熱を持ち始めていた。
「こっちの方は素直なのに……本当に、面倒な人ですね」
「うるせェ……触んな……ッ」
「はいはい、触って欲しいんですね」
「くっ……やめ、ろ……って、言ってんだろ……」
リタリーの細い指先で、勃ち上がりかけていたそれを扱かれたら、もう我慢がきかなかった。足が震えて、立っているのも辛い。こんな薄汚い路地裏に膝をつきたくは無いし、どうにか気力を振り絞って踏ん張っているが、前も後ろも容赦なく責めたてられて、すぐにでもイッてしまいそうだった。
こんなところで無理矢理犯されて感じさせられるだなんて、最低過ぎた。分厚い壁を隔てた向こうでは、俺が打つはずだった新台を、どっかの誰かが打っている。店頭で流れる陽気な音楽が、俺を一層惨めにさせた。
「良いですよイッても……しばらく止めてあげませんけどね」
「う、あ……あ、嫌だ、やめろ、頼むから、もう……ッ」
「おしおきだって、何回言わせるんですか? 堪え性の無い貴方には、まだまだ躾が必要みたいですね」
結局、それから一分も保たずに射精してしまった俺は、それからしばらくの間、そこで延々と犯され続けた。腕の拘束は解かれ、壁に手をついてどうにか体を支えながら、リタリーが満足するまで、尻を突き出した情けない格好で。
人が来るような場所ではないが、ちらりと視線をやれば容易に見えてしまうような場所だ。バレるのが怖くないんだろうか、こいつは。高校生がパチンコ屋に行くより、ずっと悪いだろ、これ。
壁についた精液を見ると、なんだかもう、色んな事がどうでも良くなってくる。とりあえずさっさと終わらせて欲しい。というか、せめて人気のない場所でして欲しい。でも、こいつ、聞く耳なんて持ってないだろうな。
何ループ目かも分からない、店頭で流れる宣伝の音楽を聞きながら、俺はリタリーの二度目の射精を受けて、それでも萎えないことに絶望していた。
終わり
wrote:2016-02-20