気付かない二人

午後七時。閉店時間だ。俺はシャッターを下ろして鍵をかけ、帰り支度を始めた。

いつもは放課後と言わず、学校をサボってでもここに来るはずの小生意気なガキが、今日は来なかった。煙草屋に堂々と入って狭苦しいスタッフルームで寛ぐという行為に、今更気後れするような性格でもない癖に。まあ、何かしら用事があったのかも知れないし、気にかけたって仕方ないのだが。

そう、珍しい、と思うだけで、寂しい訳じゃない。あいつがいたからと言って、手伝ってもらう訳でも無ければ、常時話をしている訳でもないのだ。仕事が一段落したら話をして、気が向けば少しだけいかがわしい事をして、部屋に連れ込む。それだけだ。だから別に、どうってことは無い。たまには一人で過ごすのも悪くないしな。

一階にある店の裏口から出て、直ぐ側にある階段を登る。このビルの四階にある自分の家へ向かうだけのほんの短い距離なのに、手持ち無沙汰で煙草に火を点けた。

部屋の前に立ち、すぐに異変に気付いた。誰か中にいる。人の気配がするし、何より明かりがついている。朝、部屋を出る時に消したはずだ。泥棒、って訳は無いだろう。泥棒が堂々と部屋の明かりを点けて家探しをするはずはない。嫌な予感しかしないが、とにかく鍵を開け……って、鍵もかかってねえのかよ。大体犯人には予想がつきつつ、俺は部屋の中へ入った。

「あ、おかえり」

「おかえり、じゃねェよ。鍵はどうした、鍵は」

寝室に行くと、案の定、予想通りの犯人が我が物顔で寛いでいた。

「鍵……? それでどうにかなったよ」

「……そのうち捕まるぞ」

うちのマンションはヘアピンでどうにかなるような鍵だったのか、というショックも無いではないが、それよりも。

「お前なァ、仮にも人ん家なんだからよ、もうちょい遠慮しろ! 散らかし放題じゃねェか」

ベッド周りの惨状たるや酷いものだ。菓子袋やペットボトルがいくつも転がり、食べかすは枕元に散らばっている。灰皿から溢れた灰まで落ちていた。俺は吸っていた煙草を揉み消すと、元凶にハンドクリーナーを渡して、片っ端から拾い上げてゴミ箱にぶち込んだ。すぐにゴミ箱はいっぱいになった。これだから大食いは困る。

「ったく、鍵が欲しけりゃ言えよ」

ようやく一心地ついてベッドに腰を下ろす。時間にしたら大したものじゃないが、片付けが嫌いで仕方がない俺からしてみれば、いらない時間を取られた気分だ。さっき消したばかりなのに、もう一本、煙草に火を点けた。

「言ったらくれたの」

こいつはこいつで悪びれもせず、俺に向けて咥えた煙草を差し出した。掃除もベッドで寝転がったまましていたくらいだし、図太すぎるだろと呆れつつ、火を分けてやる。

「当たり前だろ、そこまで心狭くねェっての」

「……そっか」

「んだよ、ニヤニヤしやがって」

「いや、ちょっと嬉しかったからさ」

「そうかよ」

人の部屋に勝手に侵入して荒らし放題荒らす癖に、鍵をくれって言い出すのには遠慮するなんざ、訳わからん。どんな思考回路してんだよ。煙草を吸って一息つくと、やはり荒らされたことには腹が立ってきた。

「……それはそれとしてだな」

「何?」

「鍵はくれてやるが、勝手に散らかしたお仕置きはしてやらねェとな」

「ははっ、やっぱりそこには怒ってるんだ」

「当たり前だろ。いらん手間かけさせやがって」

そいつはけらけら笑って、煙草を咥えたまま、着ていたワイシャツに手をかけた。肌蹴たシャツの隙間から、白い肌に散らばった赤い跡が見える。こちらの視線に気付いたらしく、こいつはふっと笑ってシャツを脱ぎ捨てた。

「あんまり跡つけないでよね……体育サボらなきゃいけなくなる」

「誰も男と寝てるなんて思わねェだろ」

「どうかな」

いいとこ、積極的な彼女だと思われるだけだと思うが。まあ、真面目な優等生らしい弟にバレたら面倒なのかも知れない。ざまあみろ。

「こいつを吸い終わったら覚悟しとけよ」

「楽しみにしてるよ。一日退屈だったんだよね……やっぱり、店の方に行けば良かったよ」

「なんだそりゃ」

それじゃあまるで、怒られるために人の家に侵入したみたいじゃねェか。変なヤツだ。まあ、別に寂しくないと思いつつ、いなければなんとなく落ち着かない気分になっていた俺もまた、大概だと思うがな。こいつがいると調子が狂っていけねェ。

吸い終わったら、と言ったものの、こいつに触りたくて仕方ない事に気付いてしまうと、もう駄目だ。半分程も吸っていない煙草を揉み消して、俺は上半身裸のそいつの体を組み敷いた。

「ちょっと、煙草……」

こいつが吸っていた煙草を奪い取って、灰皿に放り込む。そのまま唇を塞いで、冷えた舌を吸う。こちらもワイシャツのボタンを外して、脱いだ服を放り投げた。触れ合った肌から、こいつの熱が伝わってくる。子供らしい高い体温。触り心地の良い、女のような滑らかな肌。これを今日はとことん味わいつくして、汚してやろう。そう決め込んで、俺はこいつのベルトに手を掛けた。

終わり

wrote:2017-05-14