透明な境界線

いつもなら夕飯を食べ終わり、リビングでごろごろしている時間。チビ共が持ち帰ったプリントを見て、俺はため息をついた。プリント越しにやたら眩しい目をした双子がこちらを見つめていて、俺の隣では、可愛い可愛い嫁(というポジションの男)が、やたらと怖い笑みを浮かべてこちらを見ている。なんだよこの四面楚歌。

お遊戯会のお知らせ、と書かれたそれは、確かに俺もリタリーも参加できる日にちになっていた。元々、気ままと言えば気ままな自営業、ガキの行事にはいくらでも参加できる。そりゃあ、血は繋がっていないとは言え、数年間悪戦苦闘して育ててきた子供がちゃんとした役をもらって出るとなれば、見に行きたくない訳ではない。

だが、こんな行事に参加できるような身なりをしてないだろ、俺は。リタリーはともかくとして、顔に傷のある煙草屋の店主なんて、他の保護者からクレームがきてもおかしくないはずだ。俺がチビ共を幼稚園に迎えに行く時間は、幼稚園が終わる時間きっかりという、人気も疎らな時間だから、まだ何も言われていないだけ。

「あー……その、リタリーだけで」

「は?」

「……ロド、きてくれないの?」

「……」

まだ最後まで言ってないのに、周りの連中は揃って俺を非難する目を向けた。わかるだろ、保護者のせいでこいつらがいじめられたらどうすんだよ。

「ちゃんと一週間前から禁煙させて洗濯した服を着せますから、ね?」

「……お前な」

洗濯した服はともかく、俺が禁煙なんて出来る訳ねェってのに……。ああもう、チビ共も服の端を掴んで上目遣いで涙目で見上げるのは止めろ。

「……わかったよ、行きゃあ良いんだろ」

「良かったですね、二人とも」

俺が渋々承諾するなり、チビ共はきゃいきゃいとはしゃいでソファの周りを駆け回った。嬉しそうなチビ共と、それを見つめる嫁とは裏腹に、俺は二週間後が不安で不安で仕方が無くなっていた。

……どうにかお遊戯会が穏便に過ぎますように。あと、出来ればその日高熱を出して動けなくなりますように。

そんなことを祈ったところで叶う訳はないとわかってはいたが、俺が行かない方が絶対に良いに決まっているんだから、祈らずにはいられない。

なんでこんなやさぐれたガラの悪い父親代わりの男に懐いてるんだかな、こいつらも。嬉しくはあるが、理解に苦しむ。ガキの考えることはわからん。

「ったく、煙草吸ってくる」

のそのそと立ち上がり、テーブルの上のライターと煙草を掴んで、俺は台所へ向かった。ああもう、一週間後には禁煙かよ。残り一週間、味わって吸わないとな。

台所とリビングを隔てたガラス戸の向こう、楽しげなチビ共の声と、それをあやすリタリーの声が聞こえる。それに一緒になって混ざれるような性格をしていないのが良いのか悪いのか、俺にはどうもわからないのだった。

終わり

wrote:2016-03-29