いけない誘惑

親友が療術師の家系だと知ったのは、俺がこいつをかばって顔に怪我をした時のこと。商人が本業になってしまい、親友は療術の心得があるという程度だが、いざという時のために術の触媒は持ち歩いているんだそうだ。それもあって、暴漢がひっ捕らえられた後、すぐに治療したおかげで傷自体はすぐに塞がった。

その時の、不安げなこいつの顔と、心の底から俺を心配している、そんな態度が嬉しくて、俺はほんの少しだけ、おかしくなってしまったらしい。

護衛というか用心棒に近い立場で親友の側で働くようになり、何かあればすぐに守れるようにと、外に出る時はいつでもついて回っている。事実、金と権力を手にして大商人らしくなっていく親友は、人からの恨み妬み僻みを買いやすく、命を狙われることも珍しくなかった。オステカの街にいる限りはそれ程危険はないが、別の街に行くとなれば話は別で、暴漢なり商売敵なりが飛び出してくることもある。

今回も、コーシャスの街、取引相手の邸宅からの帰り、三人の暗殺者らしい連中に取り囲まれて、この有様だった。

幸い三下も三下らしく、頭らしいセプーの肩に投げナイフを突き刺さしてやると、連中はたちまち及び腰になり、そこからは早かった。腕なり足にナイフを投げつけて戦闘力を奪うと、蜘蛛の子を散らすように連中は逃げていった。

雑魚とは言え、親友を庇いながら複数人と戦うのは辛く、こちらもナイフを一本腕に喰らっていた。刀身の半分程が突き刺さったままのそれを引き抜いて、床に転がす。出血はそうでもないが、流石に痛ェな。

「大丈夫か?! すぐ治すから……」

慌てて駆け寄る親友の、必死な表情。ああそう、それだよ。その顔が見たかったんだよなァ。

ぎこちない手つきで触媒を取り出して、祈りの言葉を呟く親友。すぐに傷は塞がって、痛みは引いていった。それでも深く刺さっていたからか、痛みは完全にはおさまらない。

「すまない、いつも苦労をかけるな」

「良いってことよ。別に大したことねェ怪我だったしな」

差し出された手を取り、不安げな顔の親友に支えられて、街の外に停めてある馬車まで大通りを歩く。

こいつのために怪我をして、心配されるのが、快感になっている。そのためなら、この程度の痛みは大したことはない。俺が怪我をする度に親友は心を痛めているのに、当の怪我人は怪我をしたくて仕方ないだなんて、知られたら怒られるだろうな。

そのうち本当に取り返しの付かない怪我をしてしまったら、親友は一体どんな顔をするだろう。俺はじくじくと痛む腕に意識を集中して、それを見てみたい誘惑を振り払った。こいつと別れるのだけは、絶対に、御免だ。

終わり

wrote:2016-08-07