相棒は良く寝る。朝日とともにおはようさん、日暮れとともにおやすみなさいを地で行く相棒は、いっそじいさんかと思えるくらいだ。世界中をふらふら旅をしていた頃はそれでも良かったが、森の奥で隠遁生活を送っている今でも律儀にその生活を守っているのはどうなんだ。まあ、日中は農作業で土まみれになっているので、仕方ないのかも知れないが。
元々睡眠なんぞ必要のない神様たるオレからしたら、生活リズムの違いに暇をもてあますことも少なくない。とは言え、相棒を起こすのも気が引けて、月明かりの下で本を読んだり、相棒の寝顔を観察して、たまには頬をつねって渋い顔をするのをニヤニヤしながら眺めるくらいしか、することはない。ちなみに、外に出ていけば良いのにそうしないのは、相棒がふっと夜中に目覚めて、オレがいないことに狼狽しないように、という、オレらしくもない理由による。
今夜もいつも通り、相棒は夕食を取って風呂に入って、そのままベッドに横たわり、おやすみ、と一言言ったきり、すやすやと寝息を立て始めた。早すぎるだろ。オレからの返事を聞く前に寝やがって。
いっそまた旅に出掛けたほうが、退屈しなくて良いのかも知れない。けれど、季節はまだ春。きっと相棒は、芽吹いたばかりの家庭菜園の野菜たちが気になって、誘っても首を縦には振らないだろう。つまらん。
いや……本当のことを言えば、つまらない、退屈だとは思っていても、当然そればかりでは無くて、笑い合うことだって、喧嘩することだって、毎日何かしら起きている。なんてことのない、相棒と過ごす時間は大切だし、柄にもなく幸せだと思う。ただ、なんというか……もっと色んなことを相棒としたいのに、そう出来ずにいるのがもどかしいだけなのだ。
「……なァんにも考えてないような顔しやがって」
寝こけている相棒の頬を突きながら、小さくぼやく。相棒は身じろぎして、ごろりとオレに背を向けてしまった。冷たいヤツめ。
その白い背中を見つめながらため息をつくと、ちょっとだけ、寂しいような気がしてくる。こいつ、もっとオレに構えよ。居なくなればこれでもかと言うほど落ち込む癖に。苛々しているのか寂しいのかよくわからない気持ちのまま、オレは相棒の背中にそっと抱きついた。
触れた肌が程よく温かくて心地良い。下ろした赤い髪に顔を埋めると、少しだけ土の匂いがした。起き出しても良いくらいの気持ちだったが、相棒は目覚めない。それを良いことに、オレは相棒の体温と匂いをいつまでも堪能し続け、気が付けば朝になっていた。空が白み始めたのに気付き、慌てて相棒から離れると、相棒が目をこすりながら目を覚ました。
「ん……あれ、ギグ、おはよう。今日は早起きだね」
「お、おう……たまにはな」
折角早起きしたんだから、畑の水やり手伝ってよ。そう言われて、オレは曖昧に返事をしながら、身支度して部屋を出る相棒の後を追った。普段は畑の手伝いなんて絶対やらないのに大人しく従ったのは、なんとなく、後ろめたい気持ちになっていたからだった。
それから毎晩、オレは相棒が寝静まった後、相棒の体に抱きついて過ごすようになった。なんとなく、悪いことのような気がして、そのことは打ち明けられずにいた。相棒の滑らかな肌に指を滑らせたり、男らしくがっしりとした骨格をなぞったり、どんな味がするのだろうと背中を舐めてみたりして、いつ起き出してもおかしくないようなことを、あれこれしてみたりもした。
そうやって、日々の退屈さを誤魔化して過ごしているうちに、自分の性器が勃起していることに気付いたが、それをどうしたら良いかはわからず、そのまま相棒の体に触れ続ける日々が続いた。
統べる者には性別があり、それ相応の器官も備わっていたが、ゴミむし達とは違って、それを使って何かを生み出す機能は無い。増える必要が無いからゴミむし達のように交わる必要も無いし、こうして大きく硬くなったところで意味はない。むしろ、どうしてこうなるのかが疑問でさえあった。これも、相棒と一度融合して、分かれたことが影響しているのだろうか。
疑問には思っていても、そんなくだらないことを誰かに相談する訳にもいかない。結局オレは、その問題は放置した。相棒の体に触れて興奮したところで、誰に迷惑をかけるわけでもない。相棒は寝ているから気付いていないし、オレは別に、このまま相棒に触れていられるだけで満足だから、どうでも良かった。
もし相棒が目覚めてしまって、オレが相棒の体をまさぐって興奮していることがバレてしまったらどうなるかは、あえて考えないことにした。
それからまた数ヶ月程過ぎて、いつもはベッドに入るなりすぐに寝てしまう相棒が、珍しく眠らずに、オレとあれこれ話をし出した。それは懐かしい旅の思い出話だったり、最近あったくだらない出来事だったり、かつて一緒に旅をした連中の話だったりの、他愛ない話だった。それにオレはいつも通りに相槌を打ちながら、もしかして、という悪い予感を覚えていた。
季節は冬になり、二人でくっついていなければ寒いくらいで、オレがそうしなくても、相棒から抱きついてくるような夜が続いていた。最近ではまるで条件反射のように、相棒に少し触れただけで勃起するような状態になっていたから、もしかしたら気付かれてしまったのかも知れない。
今だって、相棒がオレの背中に抱きついていて、ぴったりとくっついた肌からじわじわと体温が伝わって、寒さなんて感じないくらいになっている。当然、オレのそこもがちがちになっていて、うっかり相棒が下腹に手を伸ばそうものなら、触れてしまうくらいに立ち上がっていた。
「ね、ギグ。聞いてる?」
「あ、ああ。聞いてるよ。で、リタリーがどうしたって?」
「もう、聞いてないじゃない……その話はもう終わったよ」
悪ィ悪ィ、眠くてよ、そう返すと、相棒は仕方ないなあ、と言って、抱きついている腕に力を込めた。ったく、可愛い奴め。と思った直後、尻に何かが当たっていることに気付く。
「お、おい。相棒」
「なに?」
「いや、その……」
何と言って指摘したら良いのだろう。硬くて熱いものがオレの尻に当たっている。それはどう考えても、オレも同じようなことになっているそれのことに決まっている。
相棒も勃起するのか、なんて馬鹿なことを考え、いや、そんなことはどうでも良くて、これはきっとわざと当てているような気がするし、だとしたら相棒は一体何を考えているんだ。訳がわからない。どうしたら良いんだ。
頭の中が熱くておかしくなりそうなオレの下腹に向けて、相棒は手を伸ばした。相棒の指先が、オレのものに触れる。
「う……おい、相棒! 何してんだよ……ッ」
「ギグがいつも俺にしてることでしょ」
こんなことまではしてない。してないはずだ。ただ背中を触りまくっているだけだ。相棒はオレの尻にぐいぐいとそれを押し当てた。体がカッと熱くなる。相棒はオレの肩を軽く噛んだり、首筋を舐めたりしながら、オレの硬くなったそれを握り込んだ。自分でも触ったことのないところを握られ、そのまま上下に擦られて、喉の奥から勝手に声が出る。それは今まで出したことのない、甘ったるい高い声。
「リタリーに相談したんだよ……ギグが毎晩、俺の体を触ってくるんだけど、どうしたら良いかって」
そうしたら、自分がされたのと同じことをしてあげれば良いって言われたんだ。ついでに、ここをこうしてあげたら、きっと喜ぶ、ってね。
相棒の説明が、どこか遠くに聞こえた。なんとなく恥ずかしくて、なかなか踏ん切りがつかなかっただの、リタリーの言う通り、喜んでくれてるみたいで良かっただの、何か言い返してやりたいのに、まともな言葉を思いつけない。
「うっ、はぁ……ッ、や、やめろ、相棒……ダメだって……ッ」
何かがせり上がってくるようなおかしい感覚が、触れられた場所から広がっていく。抵抗しようと相棒の腕を掴もうとしたのに、大して力が入らなかった。相棒は相棒で、オレがいくら嫌だ、ダメだ、やめろと言ってもやめてはくれない。口から出る声はいよいよ言葉にならなくなって、息と喘ぎくらいしか吐き出せなくなり、オレはシーツを握りしめて、その感覚に耐えていた。何かが吹き出しそうな感覚と、そうしてしまったら取り返しがつかないような予感で、怖くなっていた。それなのに相棒は手を止めないばかりか、オレの尻の間に硬くなったものを挟み込んで、腰を振っている始末。
「ギグ、ギグ……我慢しないで……」
そう言われるのと同時に、相棒の手の動きが早くなった。どうにか耐えてきたのに、そんな風に触られたら耐えられない。オレはどくどくと何かを吐き出しながら、気を遣ってしまった。意識を失う直前、尻の間に生暖かいものがぶち撒けられた気がしたが、確かめることは出来なかった。
目を覚ますと、いつもの朝だった。隣には相棒がいなくて、寝室の隣の台所からは、相棒が朝飯を作る音がする。昨晩あったことをどうにか思い出そうとして、余りに恥ずかしくて枕に顔を埋める。なんだかとてつもなくいやらしくて、いけないことをした気がした。いや、された気がした。
恐る恐る確認したが、シーツや体は汚れていない。昨晩したことの痕跡は一つ残らず消え失せていた。でも絶対、あれは夢なんかじゃない。
のそのそと起き出して、服を着て、台所へ向かう。ドアを開けると相棒の後ろ姿があった。いつも通り過ぎて逆に怖い。
「おはよう、ギグ」
「おう……おはよう」
ドアの開く音で気付いたらしい相棒が、振り向いてオレに挨拶をする。オレは手伝いもせずに椅子に腰を下ろした。スープの煮える匂いがする。
「あ、あの……」
「もうすぐ出来るから、もうちょっと待っててね」
オレの問いかけを遮って、相棒はいつもの調子でオレに待つよう告げる。そもそも、何を問うかも決めていなかったのだが。
聞きたいことは山ほどあった。昨晩のあれは何だったのか。気を失った後、オレはどうなったのか。どうしてあんなことをしたのか。そもそもいつから気付いていたのか。そして、リタリーにどこまで話したのか。でも、どんな顔して聞いたら良いのか、オレにはわからないのだった。
何も聞くことも出来ず、また夜が来た。オレと相棒はいつも通りに一日を過ごしたし、何もおかしいことは起きなかった。オレは段々と、あれはオレの妄想であって、現実じゃなかったのではないかとさえ思い始め、思えば相棒の体に触れるようになってから、ろくに眠らずに過ごしていたのだから、いい加減寝不足なのかも知れない、というあり得ないことまで考えた。そんな訳は無いのに。あれは、あの生々しい熱と感覚は、どう思い出しても現実だ。
オレと相棒はいつも通りにベッドに入った。それなのに相棒は、いつもはベッドに入ってすぐに言うはずの「おやすみ」を言わなかった。代わりに伸ばされる手。後ろからではなく、正面から抱きしめられて、オレは、動けなかった。
いつも通りの日常が変質して随分経つ。
こんなのはおかしい。おかしいのに、抵抗出来ない。純粋に相棒に触られているからなのか、相棒がなんだか怖いからなのか、どちらなのか、オレにはわからなかった。
相棒は一方的にオレの体に触る時もあれば、二人で擦りあう時もあった。最初の夜のように、オレの尻に擦りつけられる時もあったけれど、一度、ぬめった勢いで中に相棒のものが入ってしまったことがあって、オレが痛みと衝撃で気を失ってしまってから、相棒はそれをしなくなった。
あれこれ話しながらしたのは最初の夜だけで、相棒は何も言わずにオレの体に触るようになった。オレばかりが嫌だとかダメだとかやめろと騒ぐだけで、相棒は本当に、何も言わない。そして朝になれば、何事も無かったように、いつも通りの相棒に戻る。それがおかしくて、怖い。怖いけれど、嫌という訳ではなかった。嫌だったら、相棒を置いて出ていけばいい話だ。ただ、怖いだけなのだ。何も言わないことと、オレの体に触れてくる時の相棒のぎらついた金の眼が、怖い。まるで頭から喰われてしまいそうな……。相棒がそんなことする訳無いのだが、そんな錯覚に陥ってしまいそうなくらい、相棒のその眼が怖いのだった。そんな、恐怖で縛らなくたって、相棒にならいくら触れられたってかまわないのに。相棒が何を考えているのか、オレにはさっぱりわからない。
今夜も相棒にあちこち触られて、すっかり敏感になった体は勝手に反応した。乳首だの脇腹だの首筋だのに吸い付いて、昨晩付けられた跡も消えないうちに、相棒はまた新しく赤い跡を散らしていく。早く、一番気持ちいいところを触って欲しい。でも、それをどうやって口にしたら良いのかわからなかった。
たっぷり一晩かけて体を愛でられて、ようやくオレが吐き出すと、相棒は満足げに笑う。頭を撫でられて、心地良さに目を閉じる。そして相棒が何か言っているのを、オレはいつも最後まで聞けずに、気を失ってしまうのだった。
もしかしたらそれを最後まで聞くことが出来たら、色んなことが明らかになるのかも知れない。どうして相棒がこんなことをするのかも、何もかも。でもそれを聞いてしまったら、いよいよ関係が壊れてしまう気もした。
これ以上、いつも通りの日々が変わってしまうのは御免だ。相棒と色んなことをしたいと思っていたオレは何処に行ってしまったのだろう。退屈が嫌いだったはずなのに、こんな風になってしまったのはどうしてなんだ。きっと、相棒のせいだ。相棒の一挙手一投足に、些細な変化に、異常なまでに敏感になってしまったせいだ。
今夜もオレは相棒の手の中に吐き出して、意識を失った。遠くに聞こえる相棒の声。
好きだとか、可愛かったとか、また明日しようねとか、そういう、恋人に言うような甘い言葉は、オレの耳には届かなかった。
終わり
wrote:2017-04-16