アンビシャスジャック

広くも狭くもない、それなりに豪華な造りの部屋。おそらくは王族が寛いでいただろう一室で、俺はロドが広げた地図を見せられていた。

「さて、親友さんよ。今度はこの海辺の街なんてどうだい? 聞いた話じゃあ、水棲族が中心になった反乱勢力が力を付けてきてるらしい。思う存分暴れられるんじゃねェか?」

「……何だって良いよ。面白そうな所なら、何処だって構わないし」

テーブルの上に地図を広げ、楽しげに不穏なことを話すロドに、俺はいつも通り、何処でも良いと返事をした。勧められるまま、何処にでも破壊しに出向いているってのに、ロドはこうした作戦会議が好きらしい。不思議だ。実際、作戦もなにもなくて、ただ壊しまくるだけなのに。

「そう言うなって。たまには親友の趣味ってのも考慮に入れてだな……」

「……趣味?」

「女が多い方が良いとか、子供が良いとか、色々あるだろ」

誰でもお構いなしに殺しまくってるけど、趣味だの好みだの、考えたことは無かったな。男の悲鳴は聞き苦しいし、女子供はきゃんきゃん煩い。でも、死ぬ寸前の恐怖に歪んだ顔は、老若男女問わず、たまらない。ということは……

「誰でも、殺すのは好きだよ」

「……はは、流石親友さんだぜ」

ロドは、呆れたような感心したような、なんとも言えない顔で脱力し、椅子にもたれかかって煙草に火を点けた。隣に立っているジンバルトは、我関せずと言った体で佇んでいる。ロドに連れてこられただけで、本当は薬の調合でもしていたい。そんな顔をしていた。

「だから言ってんだろ、片っ端から潰してきゃあ良いってよ」

「ギグさんよ、そいつはいけねえな。生かさず殺さず、程よい間隔で壊しまわった方が得することもあるのさ」

「ケッ、戦えもしねェセプーが偉そうに言いやがって」

「戦わない代わりに頭脳労働してんだろ?」

「頭脳労働ねえ……」

大したことしてねェだろ、とギグが言いかけたその時。がちゃりと扉が開いた音が響いたのと同時に、ロドが部屋の扉に向けて何かを投げつけた。それも、目で追えない程の速さで。

「がッ……あ」

扉の方を見ると、脳天にナイフが刺さった兵士が床に倒れるところだった。まともな断末魔さえ発せずに、どさりと床に崩れ落ちる。深々と刺さったナイフは、刀身さえ見えない程。今の、ロドがやったのか。

そう質問する間もなく、開いた扉から続々と兵士たちが侵入してくる。なるほど、数人しかいないところを襲えばなんとかなると思った訳か。馬鹿が。

「ったく、この城は害虫が多くていけねェや……なあ、親友さんよ」

ロドは腰からナイフを取り出しながら、かったるそうに立ちあがった。くるくるとナイフを宙に投げ、それを容易く掴んで構える。ナイフの扱いに、相当手慣れているのがわかる。今までは猫を被ってた、って訳か。

「……なんだよ、最初っからそうして働いてりゃあ良いだろうが」

「生憎、運動は苦手でね」

そう言ってロドは不敵に笑いながら、煙草を床に捨てて蹄で踏み消した。ジンバルトは先刻と変わらず無表情で、テーブルに立てかけていた長杖を手にとった。

「まあ良いさ、今は三人しかいないんだし、今回ばかりは働いてよね」

ロドとジンバルトに目配せをして、床に刺した剣を引き抜き、構える。机に縛り付けられて退屈してたところだ。憂さ晴らしに付き合ってもらおうか。

蛮声を上げる兵士たち。数はざっと……見えているだけで、十は下らないか。ジンバルトはともかく、ロドのお手並み拝見といこう。俺はロドの動きを観察しつつ、自分に向かってくる連中だけを相手にすることにした。

結論から言えば、想像以上に、ロドは強かった。兵士たちの脳天だの喉元に的確にナイフを投げつけ、剣や斧の一撃を躱しながら、死体に刺さったままのナイフを抜き取り、また投げる。貫く先は当然急所ばかり。距離的に投げる余裕がないとなれば、首元に突き刺して殺す。悲鳴も上げられずに、次々と兵士たちは物言わぬ屍となって転がった。

ロドの手にかかった兵士たちは、揃いも揃って、こんなヤツに殺されるなんて、という顔をして死んでいた。残念だったな。俺じゃない、弱いと思ってたヤツに返り討ちにされちまうなんて。

つい十分前まで、王族がお茶会でもしてそうな部屋だったのに、今ではごろごろと死体が転がる血生臭い部屋に変貌してしまった。ったく、この城の兵士だってのに、城への愛情ってのが欠けてるね。

「さァて、粗方片付いたな」

びくびくと痙攣する兵士の頭に刺さったナイフを引き抜いて、ロドが言う。これだけ暴れておいて、それ程返り血を浴びていないのが、流石というかなんというか。

「凄いじゃない、ロド」

「親友には負けるけどな」

すっかり血に塗れた俺を見て、ロドが苦笑する。ロドを横目で見つつとは言え、殺した数で言えば俺の方が上だった。

「……出番がなかったな」

「おいジンバルト、お前はもう少し働けよ」

「俺は療術師だぞ、ロド」

「一応俺らの戦闘担当なんだからよ、メンツってもんがあるだろ」

「……お前が戦うなら、俺が戦う必要はないだろう」

「全くだぜ、今日からお前が戦えよな」

ギグも認めるくらいなのだから、ロドの強さは本物だろう。むしろ、何故戦わないのか不思議なくらい。敵として会ってたら、随分と楽しめそうなのに。

「言ったろ? 運動は苦手だってな。俺ももう年なんでね、あんまり働かせないでくれや」

ロドは長いため息を吐くと、ナイフに付いた血を兵士のマントで拭い、腰に仕舞った。

「ったく、ソーンダイクよか若いだろ、てめェ」

「あんな騎士団長様と一緒にされちゃあ困るね」

軽口を叩きながら、食後の一服でもするように、ロドは煙草に火を点けた。運動不足と言いながら、あんなに動いたはずなのに、息一つ乱していない。ロドはやっぱり、色んな事を隠している。

「さて、と。この部屋はもう使えねェな。親友さんよ、隣の部屋に移ろうぜ」

「……そうだね」

「おいジンバルト、コーホートにでも適当に掃除させとけや」

「ああ」

ロドに促されるまま、兵士たちの死体が転がる部屋を後にした。そのうち、アンタのあれこれを暴き出してやる。それまでは、大人しく作戦に従ってやろう。

今度は海辺の街だっけ? 折角だから、ロドと一緒に殺し回って遊ぶのも、悪くない。煩い悲鳴を聞かずに済む方法もさっきロドから教わったし、早速試してみようかな。

終わり

wrote:2015-10-19