路地裏の拾い物

傷だらけの高校生を拾ってしまった。大学からの帰り道、路地裏から男たちが騒がしく出てくるのを不審に思い、男たちの背中が小さくなったのを確認して、路地裏にそっと滑りこむと、そこには赤毛の高校生……と思われる男が、泥と血に塗れて転がっていた。

今思うと拾わなければ良かったと後悔しているのだが、医大生として放っておく訳にもいかない。幸い、マンションまではすぐそこだった。ふらふらになっているそいつに肩を貸して、どうにかこうにか部屋まで運ぶ。血だらけかと思ったが、手当をすると殆どが返り血らしく、こめかみの傷以外は、それ程酷い怪我でもない。打撲は数カ所と言った所。

ぽつぽつと声をかけつつ部屋まで運んだが、そいつは殆ど何も喋らなかった。はい、いいえしか返されないのでは、会話を成立させるのは難しい。部屋についてからもその態度は変わらない。仕方なく、名前も聞かずに淡々と処置をしていた。意識はあるらしく、消毒液を傷口に付けるとうめいたりはするのだが、本当にその程度。

一通り手当を終えて、水を汲んだコップを差し出すと、そいつは無言で受け取り、一口、口に運んだ。無言で飲みかけのコップをテーブルに置くそいつから、まともな返事が帰ってくることは余り期待出来ないと思いつつ、俺は声をかけた。

「……痛むところは」

「……もう平気」

それは良かった。痛み止めを出す程ではないと思うし、骨にも異常は無さそうだった。たかが医大生でも処置できる程度の傷でよかった。

「家は?」

とっとと警察なり病院に運べば良かったのに、何故か放っとけなくて部屋に運んでしまった。しかし、どう見ても高校生のこいつを、どうにかして家に運んでやらなくてはならない。素性まで確かめる気は無いけれど、大人として。タクシー代は……まあ、金はそれなりにあるし、たまには慈善事業に使ったって良いだろう。そう思って尋ねると、そいつは意外すぎる言葉を俺に返した。

「……ここの四階に住んでるよ」

まさか、同じマンションに住んでるだなんて。どうして先に言わないんだ。ここに連れてくる間、意識はあったってのに。最初から自分の部屋に運んでもらえば、俺が処置する必要も無かっただろう。そんなにも俺に返事をするのが億劫だったのか。

そう思うと、腹の底から笑いがこみ上げてくる。舐められているって訳でもない。ただ、こいつは面倒だったんだろう。何もかもが。

「クックック……何で言わなかったんだよ」

「……聞かれなかったしね」

「確かに、聞かなかったな」

なんという、変わり者だ。夜中に喧嘩してボコボコにされて、それで見ず知らずの男の部屋で手当をされて、しかもこの部屋の真上に住んでるなんて。

俺は思わず、そいつの傷だらけの無表情の姿を見ながら、大声で笑ってしまっていた。

終わり

wrote:2016-01-19