誰かの代わりでも

可哀想な人だと思った。だからという理由だけではなかったけれど、オステカの街で働きたいという理由でこの人を頼ることにして、この人が折れてしまわないように、側にいて見張っていようと思った。

俺だって、ギグも失って、作られた目的も達せられてしまって、この先何をして生きていったら良いのかもわからなかったから、せめて誰かの役に立ちたかったのかも知れない。生きる理由が欲しかった。

初めのうちは、クラスターさんの手伝いということで、屋敷の下働きみたいなことをして過ごして、慣れてきたら商品の取引や、クラスターさんの仕入れに同行したりして、新しい仕事にそれなりに苦労したり楽しかったり。

だけど俺とは反対に、クラスターさんは日に日にやつれていっているように見えた。助けられなかった親友と、唐突に失ってしまった弟のことを、今になって悼んでいるのかも知れない。倒すべき相手がいなくなって平和になったはずなのに、空っぽになってしまったような感じがした。どこか、上の空のような。

それを無理して、右も左もわからない俺にあれこれ教えてくれるのだから、疲れてしまうのも無理はない。でも、何もすることが無くなってしまえば、本当に壊れてしまうんじゃないかと思って――出来の悪い振りをして、あれこれ頼って話しかけて、そうしているうちに、殆ど一緒に過ごすような状態になっていた。

「――ああ、ジンバルト。それはこっちの棚に置いてくれ」

稀に、クラスターさんは弟と俺を呼び間違え、その度にバツが悪そうに謝った。そして、その頻度は日に日に増えていった。

この人が折れないようにと思って側にいたはずなのに、折れそうになった人を支えられるような力は、俺には無い。弟の名を呼ぶこの人に、俺はどんな顔をしたら良いのかわからないのだ。

それに、俺は、この人の弟の代わりにはどう頑張ったってなれそうにない。ジンバルトのように頭は良く無いし、療術師でも無い。見た目だって、きっと似ていなかった。

でも、この人が望んでいるのはきっと、弟の代わりなんだろうと思う。録に呼ばれない自分の名前なんて、きっとそんなに価値は無い。だったら、もう良いんじゃないか。弟を呼ぶ声に応えてあげたって――。

「ジンバルト」

廊下の後ろから呼びかける声に振り返る。伏し目がちに、いつも通りの謝罪の言葉を吐き出そうとするクラスターさんに、俺は震える声で返事をした。

「どうしたんだ、兄さん」

顔を上げたその人の顔は、驚きと悲しみと申し訳なさと――ほんの少しの、喜びに染まっているように見えた。

終わり

wrote: 2016-08-07