風邪
いつも校門の三百メートル前くらいで鉢合わせるのに、その日はギグと出会わなかった。珍しいと思いながら下駄箱で靴を履き替えて教室へ向かう。そこにもギグはいなかった。寝坊でもしたのかな、なんてことを考えながら、朝礼までの短い時間、隣の席の子と話したりして過ごして……それでも、ギグはやって来なかった。
先生の口から、神田は今日は風邪で休みだと説明を受けて、明日槍でも降るんじゃないかという冗談も頭に入らないくらい、俺は驚いてしまっていた。嘘だろ。あのギグが。健康そのものというか、病気も裸足で逃げ出すようなあのギグが、風邪で熱を出して学校を休むだなんて。
心配はそれ程してないけど、そんな天地がひっくり返っても起きないようなことがあるのかと、単純に驚きすぎて、一時間目の体育のことなんて、頭の中から吹き飛んでいた。いつも一緒に準備運動してるギグがいないと、俺は一体誰と組んだら良いんだ……。改めて、俺って友達いなさすぎる気がする。結局、見かねたエンドルフ先生と柔軟体操をする羽目になり、なんだかものすごく緊張してしまった。
ギグのいない寂しい一日を過ごして、掃除が終わるなり、俺は慌ててギグの家へ向かった。メールの返事が無いこともあって、最初は驚いていただけだったのに、俺はすっかり心配になってしまっていた。手ぶらで行くのも悪いしと、コンビニでおかゆやら飲み物やらを買い込んで、ギグの家のインターフォンを連打する。いつもはバタバタと玄関先に向かってくるギグの足音が聞こえるはずなのに、今日はそんなことはなかった。やっぱり具合が悪いんだろう。
しばらく待つと、ドア越しに聞こえる頼りない足音がして、がちゃりとドアが開いた。
「おう、相棒か……心配して来てくれたのか」
「うん。大丈夫?」
「無理」
「う……とりあえず寝てていいから。ご飯とか作るよ」
「サンキュ……」
普段見慣れない弱ったギグ。ふらふらとベッドに戻る背中を見送って、俺は買ってきた食材と飲み物を冷蔵庫に仕舞った。
飲み物と、冷やしたタオルを持って、ギグの寝室へ向かうと、ギグは眠ってしまったらしい。あまり冷えた飲み物を飲ませるのも悪いと聞くし、持ってきたペットボトルはとりあえず常温のままにしておく。冷たいタオルを額に置く前に、俺はギグを起こさないようにそっと、ギグの額に触れた。熱い。随分熱があるみたい。薬とか持ってるんだろうか……。タオルを載せたら、近所の薬局に解熱剤でも買いに行こう。
普段体調崩したりしないからだろう、熱を出したギグは本当に弱々しくて、心配ではあるのだけれど、凄く、可愛く見える。冷えたタオルを載せると、苦しそうな呼吸が少しだけ落ち着いた気がした。
薬を買って戻ってくると、ギグもちょうど目覚めたらしく、枕元に置いた飲み物を一気飲みしているところだった。
「起きた? 調子はどう?」
「……腹減った」
「おかゆ温めるから、待ってて」
「おう」
少しは良くなったかな。頭にタオル載せただけで楽になるなんて、ギグの体ってものすごく単純なんじゃ……と思わなくもないけど、誰かが来てくれて安心したのかも知れない。弱ってる時、一人だとなんとなく不安になるし。
レンジで温めたおかゆを持って行くと、ギグはスプーンを持つ俺を見て口を開けた。食べさせろってことね。
「はい、あーん」
味が無ェ……とぼやくギグ。その割に、飲み込むとすぐさま口を開けて、もう一口と強請る。よく食べるのは変わらないと思うと、安心した。
「早く元気になってよね」
「おう。相棒にも喰わせてもらってるしな」
手作りじゃなくて悪いけど、それは黙ってることにして、俺は残りのおかゆをギグの口へと運んだ。
終わり
wrote:2016-08-28