人間ごっこ

暇だ。オステカの街の広場で、噴水近くのベンチに腰掛けて、オレは相棒を待っていた。約束の時間まで二時間。暇過ぎる。道行く人々が時折ちらちらとこちらを見ては、オレに睨みつけられて去って行った。そんなに神様が珍しいかね……珍しいか。というより、一人でいる神様が珍しいのかもしれない。

相棒が、明日街にデートに行こうと言い出したのは、まあ、珍しい話ではない。だが、どこから仕入れてきた話なのかは知らないが、デートというのは待ち合わせをするものらしいとかなんとか言い出して、別々に家を出て、昼十二時に合流しようということになった。一緒に家出りゃあ良いじゃねェか。意味わからん。

朝起きると相棒はすでに家にいなくて、テーブルの上に簡単な朝食と、遅刻しないでね、という書き置きが置かれていた。相棒の足だと確かに時間はかかるだろうが、一言も言わずに出て行かれたことは少なからずショックだった。朝食を乱暴にかっこむと、オレはオステカの街に向けて、全速力で飛び出した。先に着かれていたら負けな気がしたのだった。

とは言っても、家からここオステカの噴水広場まで十分程度で着いてしまうと、流石に頭も冷えてきた。人気がまばらで、店も大して開いていないのに、一人でここに佇んでいるってのもアホくさい。何時に出ていったか知らないが、相棒はおそらくまだ街道沿いを歩いているだろう。どうすっかな、暇だな。

「おや、死を統べる神がこんな時間にどうしたのです」

「あー? んだよ、リタリーかよ」

突然声をかけられて顔を上げると、そこには見慣れた変態女装料理人ことリタリーが立っていた。

「どうしました? 彼と喧嘩でもしたんですか?」

リタリーは隣に腰を下ろした。これから店に出るのだろうか、手には色とりどりの果物が入った紙袋が抱えられている。そう言えば最近食材を食い荒らしに行ってないな。

「別に、喧嘩じゃねーよ。待ち合わせだよ」

「ああ、なるほど……どうぞ」

「ん、サンキュ」

差し出された熟れたホタポタを受け取り、かじりつく。甘い。家の側に植えたホタポタも美味いのだが、やっぱり目利きされた一級のホタポタの味はまた違った。

がつがつとそれを貪って、溢れた果汁を舐め取りながら、何気なくリタリーに話を振ってみる。

「あいつ、またどっかの誰かに入れ知恵でもされたんじゃねーの?」

「……さあ、どうでしょうね」

「……何か知ってんだろ、お前」

含み笑いをして、曖昧な返事を返すリタリー。これは、ほとんど間違いないだろ。そもそもこんなにタイミングよく、こいつがここを通りかかる時点でおかしい。店は別の方向のはずだ。

「さあ? とりあえず、私はお店があるので失礼しますね。ではまた」

「……てめェ」

またってどういうことだよ、またって。また相棒に変なこと吹き込みやがって。後で覚えてろよ。

……というやりとりが、約半刻ほど前。話は冒頭に戻り、待ち合わせまであと二時間。暇だ。

広場の周りには、ぽつぽつと露天のテントが建てられはじめ、威勢の良い呼び声が聞こえ始めた。とは言え、どうせ後で相棒と見に行くしな……と思うと、足が向かない。

暇すぎて、適当にその辺を見て回るかと、とりあえず重い腰を上げ、オレは広場を後にした。折角だから普段あまり行かないところに足を向けようと、裏路地を通って、あまり流行ってい無さそうな通りに出た。

ちらほらと、食堂や八百屋、花屋等々……が見え、言ってみれば噴水広場を十分の一くらいに縮小したみたいな雰囲気の通りのようだった。人気も、十分の一が良いところ。こういう所に掘り出し物があったりするんじゃねェかな。朝食と一緒にテーブルの上に置かれていた、いくばくかの金もポケットに入っている。まともに買い物なんてオレの性には合わないが、強奪すると相棒がうるせェからな。ま、たまには相棒になんか買ってやるか。オレの金じゃねェけどな。

何が良いかな……あまり高くなくて、邪魔にならないヤツ。どうせ買い食いするのだから、食べ物はパスだ。となると……

「……髪飾り、ね」

「ああ、お兄さん、どうだいコレは。綺麗だろう」

雑貨屋の店先に並べられた、色鮮やかな髪飾り。女が身に着けるようなものばかりで、相棒に似合うとは思えないが、確かに綺麗ではあった。

「……男でも付けられるようなヤツ、あるか」

駄目で元々と思いつつ聞いてみると、年老いた店主は驚いた顔をした。

「お兄さんが付けるのかい」

「いや……」

オレはそういうのは趣味じゃない。しかし、なんというか、男の恋人にあげる、と言うのもまずい気がする。相棒にやると言った所で通じる訳もない。

「と、友達? にやろうと思ってよ」

「ほうほう、そのお友達の髪は何色だね」

少し言いよどんでしまったが、店主は合点がいったらしく、にこやかに探りを入れてきた。少しほっとして返事をする。

「赤毛だな。長めに伸ばして、後ろで結わえてる」

「……ふむ、じゃあこれなんてどうかね」

そして差し出されたのは、銀の糸で編まれた、シンプルなデザインの髪紐だった。鈍く光るような細工になっていて、目立たない。これなら相棒も使うだろう。普段使いはし無さそうだが。

「なるほどな、良いんじゃねェの」

「ちょうどお兄さんの髪と同じ色だし、似合うと思うよ」

「……じゃあ、それで。これで足りるか」

そう言われるとなんとなく照れくさいが、まあ良い。ポケットに入っていた紙幣を取り出して差し出した。店主はそれを受け取ると、髪紐に付けられた値札を見て、一瞬だけ眉を寄せる。

「んー……まあ、これくらいならまけといてあげるよ。喜んでもらえると良いね」

どうやら足りていなかったらしいが、とりあえずかまわないらしい。そういうことも有るのか。オレは値札が外された髪紐を受け取って、ポケットに突っ込んだ。

「どーも。また来るぜー」

「はは、またどうぞ」

店主に見送られて、オレは雑貨屋を後にした。ああ、良い買い物をした。しかも初めての買い物でおまけしてもらったぞ。オレって買い物の才能あるんじゃねェか。

しかし、買い物をしたは良いものの、待ち合わせまであと一時間半くらいある。金もさっきのでほとんどなくなってしまったし、何して待つかな……と、再び近くの店を見渡そうとしたその時。見慣れた赤毛が目に飛び込んできた。

「あ、相棒じゃねーか! 何してんだよこんなとこで!」

相棒の側まで駆け寄ると、相棒は少しだけ不機嫌そうな顔をしてこちらを見た。

「……別に。ちょっと買い物に来ただけだけど」

「なんでわざわざんなとこに……で、何隠してんだよ」

「な、なんだって良いでしょ!」

相棒の手には大きめの紙袋が握られている。それを後ろに隠して、オレに見えないようにしている。もしかしなくても、その狼狽え方を見る限り、こいつもオレに何か買ったんじゃねェだろうな……。

「……ギグこそ「友達」にプレゼント買ったみたいじゃない」

「み、見てたのかよ! 別にアレは言葉に困っただけでだな……!」

「ふーん。で、何買ったのさ」

「それは、その……」

相棒のために買ったはずなのに、いざ渡すとなるとなんでこうも照れくさくなるんだ。相棒も口を尖らせて拗ね始めていて、これ以上黙ってる訳にもいかないらしい。畜生、後でこっそりやるつもりだったのに!

「あーもう! ほら! 手ェ出せよ!」

「わ、ちょっ……!」

相棒の右腕を引っ掴んで、ポケットから取り出した髪紐を掌に乱暴に乗せた。掌から溢れた糸が、しゃらしゃらと鳴る。相棒はそれを呆然と、目を丸くしながら見つめていた。

「……ほらもう、とっとと行くぞ!」

「え、あ、その、待ってよギグ!」

大股で広場の方へ歩きだしたオレを追いかけて、相棒がぱたぱたと歩き出す。まともに顔を見られる気がしない。結局、広場のベンチに腰を下ろすまで、オレは相棒を後ろに引き連れて、仏頂面で歩き続けた。

で、どうなったかというと。相棒はその日一日あの髪紐をつけて過ごし、オレを大いに照れさせた訳だが、本人も相当恥ずかしかったらしいので、良いことにした。

問題は相棒が持っていた紙袋の方。その中には巨大で色鮮やかな花束が入っていた。曰く、デートには男の方が花束を持って行くルールがあると聞いたとかなんとか。お前、今まですれ違ったカップルが、花束持って歩いてるの見たことあるのか? と聞くと、しょんぼりした顔をした。まずもってオレが女役なところにツッコミを入れたい訳だが。結局、相棒の情けない顔を見ていたら、わりとどうでも良くなったので、不問にした。花束は最終的に紙袋の中に入れて歩いた。今はキッチンテーブルの花瓶に挿して飾ってある。

そして、相棒に訳の分からない入れ知恵をしたらしいリタリーには、あの後二人で店に突撃し、店の食材を粗方食い荒らして帰ってきた。相棒は相棒でそれなりに金を持ってきていたらしいが、どう考えても足りてないだろう。良い気味だ。

相棒が大事そうに髪紐を外して、そっと小物入れに仕舞う姿を見ると、照れくさくはあるが、それ以上に嬉しくなる。そして、髪を下ろした相棒がベッドに潜り込んでくる度、今度は何処そこに行こうと切り出してくるのか、ほんの少しだけ期待している自分がいた。

そろそろゴミむし共の流行りに乗ろうとするのはやめて欲しい気もするが、相棒は相棒で楽しそうなので、たまには許してやろうと思う。ゴミむし共の文化に触れるのも統べる者として必要なことだということにして、楽しんでしまっているオレもまた、毒されてるのかも知れないけどな。

終わり

wrote:2015-07-05