ご飯にする?お風呂にする?それとも

煙草屋を閉めて家に戻ると、どうやら焼きたてらしい料理の良い香りが漂っている。いつも先に食ってろと言っているのに、珍しいな。そう思いながら台所へ行くと、まだ湯気が立っている、出来立ての料理の数々が並べられていた。

「おいおい、どうしたんだよこりゃあ……」

サラダに鶏のグリル、名称は良くわからないが、手の込んでそうな小鉢がいくつか。白米とスープもよそってある。普段こんなに品数も多くないのに、何か良いことでもあったんだろうか。忘れてるだけか?

リタリーは別に何もないと良い、テーブルについた。缶ビールまで用意されている辺り、なんだか豪華すぎてついていけない。嬉しいことは嬉しいのだが。

「……たまには良いでしょう。いつも後から一人で食べるのも味気ないでしょうし」

「んなこたねェけどな……」

生業にしているだけあって、こいつの作る料理はいつも美味い。自分の貧相な舌では理解しきれていないだろうが、とにかく美味いのだ。それは冷めてようが、一人で食べようが変わらない。だから、別に気を遣わなくても気にしないのだが。

缶ビールのプルトップを開けて、一口。なんとなく、いつもの発泡酒とは風味が違う気がする。箸に手をかけようとして、そう言えば、並べられている料理はきっかり二人分だと気付く。いつもぎゃあぎゃあ騒いでいるチビ共の姿は見えない。

「あいつらは?」

「先に食べさせました。今は仲良くお風呂に入ってますよ」

「そうか」

つまり、こいつだけ、食べずに待っててくれたって訳だ。チビ共はもう一時間もすれば布団に入る時間だし、仕方ないか。

「たまには夫婦で一緒に食べるのも良いでしょう」

「……そうだな」

夫婦。男同士で何を言ってるんだと思ったこともあったが、もう気にしないことにした。養子までもらっておいて、恋人というのもおかしい気がするしな。

「いただきます」

「どうぞ、ゆっくり召し上がれ」

すすめられるまま、俺は出された出来立ての料理の数々を口に運んだ。どれもいつも通り美味いし、冷えたビールも最高なのだけれど、薄笑いを浮かべたままのリタリーが、どこか引っかかる。料理を楽しみつつ、何かしたかとやましい記憶を掘り起こそうとするが、どうにも思い当たる事はない。

「……なあ、本当に今日はどうしたんだよ」

「別に……最近面倒なお客が多くて疲れてるみたいですから」

「ああ? あー……大したことはねェけどな」

近所の高校の生徒指導らしい先生様から、教育上悪いだのなんだの、妙な絡まれ方をしているだけだ。祖父の代からある煙草屋に、何言ってんだか。

「あとはしいて言えば……久々に今晩どうですか、というお誘いの意味を込めてるくらいで」

「……んだよ、そんなの」

わざわざ豪華な飯なんざ無くたって、いつでもお応えするってのに。とは言え、騒々しいチビ共に囲まれて、思えば随分ご無沙汰だった気がする。そんなところにこうして可愛らしいお誘いをされちゃあ、嬉しい意味でたまったもんじゃない。

片付けくらい手伝ってやるから、今日はとっとと布団に入るか。残り少なくなった缶ビールを煽って、俺は残りの料理に手を伸ばした。

終わり

wrote:2016-03-20