手出しはさせない 後日談

店に入って、相棒がオレの顔を見るなり泣き出して走り去ってしまったら、そりゃあ傷つく訳で。何があったかあいつに聞くと、昏い笑顔であいつは、

「貴方が食い逃げばかりするせいですよ。あの子みたいな可愛い男の子が好きな方は、この街に何人だっていますからね」

と、直接的ではないにしろ、何をされていたか容易に判断がつくことを口にした。頭に血が上って、オレはあいつを、手に取った鎌で袈裟斬りにして駆け出していた。店に響く絶叫を背に、あの重苦しい扉を蹴破って、相棒を抱きしめて、ようやくオレは冷静になってきていた。

あいつを半殺しにして、気が済むような問題ではない。一思いに殺してやろうかとも思ったが、そうしてしまったら、あの優しすぎる相棒が泣くだろうと思うと、手加減してしまっていた。どうやってあいつをもっと苦しめてやろうかと、煮えたぎった頭で考えても良いのだが、それよりも、少なからず傷ついているだろう相棒をどう慰めてやるかが問題だと思う。

小さな相棒を抱きかかえ、ひとっ飛びでオレの住む家まで連れてきた訳だが、とりあえず目の毒で、オレの苛立ちの象徴でもあるその服を脱がせてやらないと気が済まなかった。適当に前着ていた服を出してやると、相棒は喜んでそれに着替えてくれた。やっぱり、こっちの方が良く似合う、と思う。

自分がされていたことをわかっているのか、そうでないのか良くわからないが、泣いていたところを見ると、きっと辛かったんだと思う。しばらくリタリーのお店で働くんだと言って、相棒が頑張りたいと言うのでそうさせてやったんだが、やっぱり間違いだったらしい。あの変態野郎。

オレに連れられて、あいつから開放されたことが嬉しかったのか、相棒はホタポタを食べながらにこにこ笑っていやがった。オレがぐだぐだとありがたい説教をかましてやってるのに、聞いてんのかコイツ。まあ、いつもみたいに笑ってくれるなら、それで良い。とりあえず、今のところは。

――と、思っていたのだが。そんなに簡単な話で済む訳はなかった。

適当に食事をして、適当に寝間着を出して着替えさせたまでは良かった。寝室にはそこまで広くないベッドしかないのだが、つまり、相棒と一緒のベッドに入らなくてはならない訳で。気にしなきゃ良いのに、オレも相棒も、何故だか妙に意識してしまって、二人してベッドの前で立ち尽くしてしまった。

「……」

「……えーと、寝るぞ」

ようやくそう口にして、無理矢理相棒の背を押してベッドに入っても、お互いなんだか硬直して、普段通りにしていられない。二人仰向けに並んで、早く寝てしまえば良いのに、互いに眠れずにいる。少しだけ触れる肩から、相棒の体温が伝わってきた。それがなんだか照れくさい。照れくさい、と言って良いのか良くわからないが、なんというか、大切にしたいものがすぐ側にいるということが、不思議なことの気がして、落ち着かない。

「ねえ、ギグ」

「ん?」

もぞもぞと相棒がこちらを向いてきたから、オレもそれに倣って相棒の方を向いた。相棒は、なんとなく不安げな顔をしてオレを見ている。

「どうした、眠れねェのかよ」

眠れないのはこっちも同じなのに、なるべく平然と、冷静を装ってそう聞いた。相棒は、胸の辺りににじり寄って、上目遣いでオレを見る。なんだよ、そんな可愛い顔すんなっつの。

「んだよ、どうかしたか?」

そう言って、わしわしと頭を撫でてやると、相棒はくすぐったそうに身をよじった。

「ちょ、やめてよ、くすぐったいってば……!」

その顔と仕草がなんだか可愛らしくて、面白くて、そこかしこをくすぐって遊んでいると、相棒はからからと涙目になって笑いながら、ベッドの上を転がった。

「も、もうやめてよお……」

「何だって? もっとやってくれだあ?」

脇の辺りをくすぐってやると、相棒は苦しそうに呼吸しながら七転八倒した。何やってんだオレらは。ガキじゃねーんだぞ。そう思いつつ、でも、楽しかった。

ひとしきり笑い転げた後、相棒はまだそこら中くすぐったそうに、ベッドの上に体を投げ出した。オレはなんだか目が冴えて、ベッドの上に座って、ヒーヒー言ってる相棒の頭をぽんぽんと撫でていた。目元に浮かんだ涙を拭って、苦笑する。やっぱりこいつ、もっと笑ってなきゃいけねェよな。暗い顔して泣いてちゃ駄目だろ。

「もう……ギグったら、酷いよ」

「んーだよ、相棒だって楽しそうにしてただろうが」

頬を膨らませて抗議する相棒の頬を、両手で左右に摘まむ。間抜けな顔になった相棒を見て、オレはまた笑った。

「痛いよ、もう」

「わりーわりー、あんまり相棒が可愛くてよ」

頬を押さえてオレを睨む相棒にそう言うと、相棒は、ゆっくりと体を起こし、少しだけ俯いた。なんかおかしいことでも言ったのだろうか。

相棒は、恐る恐る面を上げ、オレの顔を覗き込む。そして、少しだけ怯えながら、おずおずと口を開いた。

「……ギグは、ぼくに、あのおじさんたちみたいなこと、しないよね?」

ああもう、そういう話をわざと避けてきたってのに。オレが可愛いって言ったからか。そりゃあ、気にするよな。具体的には聞いていないものの、変態共にくだらねえことを仕込まれて、嫌じゃない訳がない。周りの大人たちが信じられなくなったって、おかしくない。だけどな、オレのことくらいは信じろっつーの。

「ばーか、オレが相棒が嫌がるようなこと、する訳ねェだろ」

そう言って、オレはまた、相棒の頭をぐしゃぐしゃにした。情けない声を出して悶える相棒を見て、なんとなく満足した気持ちになる。嫌がってるくせに、嬉しそうじゃねェかよ。

男とは言っても相棒は可愛いし、正直言って、あの変態共のように触ってやりたいと思わなくもない。だが、別にそれは、相棒に嫌がられてまですることじゃねェ。そんなことをしなくたって、相棒を喜ばせて、笑わせることなんて簡単だ。さっきみたいにな。

「ほら、もう寝ろ。夜も遅いしよ」

そう言ってベッドに寝転がって、相棒に横になるよう促す。これ以上起きてたら、もっと痒いことを言いそうで怖い。

「へへ……ギグ、ありがと」

笑ってオレの隣にころんと横になった相棒は、オレの手に指を伸ばして、軽く握った。

「手、繋いでも良い?」

「ああ」

もう殆ど繋いでるようなもんだろ、と思いつつ、軽く握られたそれを、優しく握り返す。もう目は閉じているけれど、きっと相棒は、嬉しそうに笑っているだろう。本当に、わかりやすいヤツだ。

相棒のことだから、色々と思い悩んで、きっと良く眠れていなかったに違いない。久々にぐっすり寝られると良いけどな。

そんなオレの心配など気にする風もなく、程なくして、すうすうと穏やかな寝息が聞こえてきた。完全に眠っているのに、繋いだ手を離さないなんて、どれだけいじらしいんだよ、こいつは。

冷静に考えると、オレはわりと面倒なことをしてしまったのかも知れない。オレがしたことは、一般人を斬って、子供を強奪した、そんなどうしようもないことだ。殺してはいないつもりだが、手当が間に合わなければどうなるかはわからない。ベルビウスのヤツに知られたら面倒だ。そうでなくても、死神がまた暴れだしただの、ゴミむし共が騒ぎ出したら厄介だな。ただの杞憂なら良いんだが。

どちらにせよ、相棒を傷つけるようなことがあれば、誰が相手でも容赦はしない。ようやく自分の手元に囲うことが出来たのだから、絶対にこの手を離すものか。

起こさないように気をつけながら、隣で寝息を立てる相棒を見る。容易く壊れてしまいそうな、頼りない子供。昔の自分なら、喜んで壊して、笑っていたに違いない。そうしたいと思わないのが自分でも不思議だが、相棒を大切にしていないと、自分だけのものにしていないと、ざわざわして落ち着かないのだから仕方ない。

これが、何かしらの痒い感情なのかと思うと反吐が出そうだが、これはもう、仕方ないのだ。

明日になったら、また、相棒に腹いっぱいものを食わせてやって、甘やかして、笑わせて……他に、何をしようか。相棒としたいことなんて、山ほどある。それを一つ一つ考えるだけで、夜が明けてしまいそうな気もするが、まあ良い。眠れるならそれで良い。眠れなければ、山ほど思いついたやりたいことを、片っ端から試すための算段をすれば良いのだから。

オレは相棒の寝息を聞きながら、ぽつりぽつりと空想に耽るのだった。

続く