贅を尽くした食卓。互いにすっかり肥えてしまった舌で、オレと相棒は、今日も今日とて、目の周りに所狭しと並べられた食事を貪っていた。天下のオウビスカ国の城とくれば、その食堂はとてつもなく広く、端から端まで十メートルはあろうかという長方形のテーブルが置かれていた。その広々としたテーブルの一番奥、一番豪勢な席にオレが座り、斜め左に相棒が座っている。これ程の大きなテーブルを二人で専有しているというのが可笑しいが、オレと相棒と食卓を囲みたいなんて思う人間は、この世界に一人だっていやしないのだった。
ガタガタ震えた給仕の女が、料理の説明をしながら、オレと相棒に、次々と皿を運んでくる。それを、運ばれた端から、味わっているのかいないのかわからないくらいの勢いでガツガツと掻き込む。お世辞にも行儀が良いとは言えない所作で、骨付き肉に喰らいつき、フォークを突き刺したサラダを掻き込み、熟れた果実にかぶりつく。オレもそれに倣ってあれこれに齧りつくのだが、もっと味わって食べたら良いのに、と思う。ごみ虫が作るにしては、上等の味がするってのによ。
「あ……」
次の皿を運んできた給仕の女が、床に盛大に料理をぶちまけた。新米らしいその女は、喰世王が無言で食事を喰らい続ける姿が恐ろしく映ったらしい。無理もない、のかも知れない。人を喰う代わりに、こうして食事をとっているかと思うと、それはそれはおぞましく映るだろう。
「申し訳ございません、どうかお許しを……」
汚れた床に跪いて、相棒に許しを乞う女。相棒はそれを無感動に見つめ、直ぐ側に突き立てていた剣を引き抜いて、怯えた顔の女の喉元へ、切っ先を突き付けた。
「ヒッ……あ、ああ……どうか、どうかご慈悲を……!」
「俺さあ、お腹がすいてるんだよね……」
溢した皿の代わりに、ご飯になってくれる? 薄笑いを浮かべた相棒と、目を見開いて絶望に染まった顔の女。次の瞬間、女の首がごろりと床に転がった。首から吹き出す血液が、赤いカーペットを赤黒く染めていく。
「ったく、気が短いことで」
「ふふ、ギグだって……同じことをされたらどうしてたと思う?」
……確かに、そんな興が冷めるようなことをされては、きっと相棒と同じく、鎌を取り出して首を落としていただろう。しかしオレは、相棒と違って、そいつを食事代わりになんてしないぜ、なあ?
椅子から下りた相棒は、首のない女の死体から、メイド服をむしりとると、白い肌に向けて歯を立てた、らしい。オレが座っている席からは見えないが、ぴちゃぴちゃ響く咀嚼音で、何が起こっているかは予想出来る。オレに皿を運んできてくれていた、もう一人の給仕の女は、そそくさと食堂から出て行った。何処かで吐くのかも知れない。
めきめき、ぶちぶち、肉や骨が千切れる音。腕でももいだのだろうか。赤ワインを一口口に含んで、オレは程よく火を通された肉を口に運ぶ。生肉は、そんなに好きじゃねェ。相棒の味覚とはとことん合わねェな。融合が解けて本当に良かった。強制的に生肉喰わされるのを想像したら、気分が悪くていけねェ。
「そんなにうめェのかよ、相棒」
「んっ……そう、だね。久々のヒトの肉は、美味しいよ」
ぐちゅぐちゅと水音とも取れる汚らしい音を立てながら、相棒は女を喰らっている。新たな皿が運ばれてくる様子は無いし、オレは仕方なく、相棒の食事風景を眺めた。
ヒトってもんは、どこが一番うめェんだ? そう尋ねると、相棒はごくりと喉を鳴らして、一番美味しいのは、やっぱり脳味噌かな、と答えた。オレは質問したことを後悔した。それから相棒は、ヒトのどの部位がどう美味いのか、事細かに説明しだしたからだ。
脳味噌は一番味が濃くて美味しい、腕の肉は締まっていて食べごたえがある。内臓は、場所によって味が違うのが楽しい。脚の肉は締まっていたり柔らかかったり、人によるけど、味は薄めで、俺はあんまり好きじゃない。勿体無いから食べるけど。目玉は甘くて美味しいから、俺は最後に食べることにしてるんだ。
ああ、その情報、一から十までいらねェな。こいつは、オレを食べ物として見ている時がある。きっと、さっき話したような各部位の味をずっとずっと濃くしたような、甘美過ぎる味を想像しているに違いない。ぞっとしない。
骨をそこらに放って、相棒はゆっくりと立ち上がった。血に塗れた体、真っ赤な口元。久しぶりの食事に、すっかり気分が高揚しているらしく、下半身が反応しているのが目で見ただけでわかる。食欲と性欲が結びついているなんて、おめでてェな。普段は寝てばっかだし、こいつは三大欲求で生きてんのかよ。
「おう、相棒。満足したかよ」
「……こんな弱っちい女一人喰っただけじゃあ、足りないね」
「へえ、じゃあ、食事の続きでもすっか?」
「いや……こんな、死んだような食事なんて、もう要らないよ」
傍らに突き立てた剣を手に、相棒はオレを見据えた。こうなるから、ヒトを喰わせたくねェんだよなァ。どうせ物足りなくなって、一番近くにいる、この世にある中で最高の美味を味わいたくなるに決まっている。
「……」
「……」
席に着いたままのオレに、相棒は剣を振り下ろした。おいおい、真っ二つにする気かよ。
「ったく、テーブルマナーがなってねェな」
親指と人差し指で、目の前で黒い刀身を押さえ、オレは椅子から立ち上がった。相棒は渾身の力を剣に込めているらしいが、押しても引いても動かせない。全く、食っちゃ寝で退屈して、力が有り余ってるのは、相棒だけじゃあねェんだぜ。
剣圧でテーブルの上の皿や食べかけの料理がばら撒かれ、テーブルを挟んだ向こうの、原型を留めていない死体も相まって、こりゃあ掃除が大変そうだ。食事の続きも、当分出来そうにない。
「さァて、相棒は今日もオレのお仕置きをご所望らしいな……ッと」
相棒の脇腹に一撃蹴りを喰らわせて吹き飛ばす。城の中で暴れる訳にはいかねェから、多少は加減したものの……食堂の端から端まで吹き飛んだ相棒は、壁に頭から突っ込んで、石造りの壁が一部崩れてしまっていた。瓦礫の中からゆらりと相棒が立ち上がったのが見え――次の瞬間には、高速でこちらに突っ込んでくる相棒の歪んだ顔が迫っていた。
「っく、馬鹿が!」
暴れるにしても、場所を考えろっつーの! 鎌を出す暇も無い。さっきよりもずっと早く、強く、幾度も振り下ろされる剣戟を、どうにかこうにか躱しつつ……気が付くと、壁際に追い込まれていた。完全に理性をぶっ飛ばした相棒の一撃は、流石に指先では浮き止め切れない。
「つーかまえた」
「まだ、だろ?」
イカれた笑みを浮かべて、相棒はオレを袈裟斬りにしようと剣を振るった。逃げ道なんて、まだ幾らでもあるんだぜ。
とん、と軽く上に飛んで相棒の一撃を躱し、オレはそのままの勢いで、相棒の頭を蹴り飛ばした。綺麗な顔を傷つけるのは勿体無いが、どうせすぐに治っちまうんだし、構わないだろう。蹴り飛ばされた先には、ぐちゃぐちゃになったテーブル。頭を強かに打った相棒は、そのまま横たわった。剣も手から離れている。
オレは倒れた相棒の上に馬乗りになった。頭がくらくらして、まともに動けなくなったらしい相棒は、虚ろな目でオレを見ている。今日一日で何回頭に喰らってんだよ。やったのはオレだけどな。
「ったく、あれだけ暴れて頭殴られて……それでも萎えてねェのかよ、てめェはよ」
「う……」
未だに固くしている相棒の性器を服越しに撫でる。変態か。
ふと思い立ち、オレは相棒の服を破り、胸元を露わにした。喰われる側でいるのも癪だ。生肉は好みじゃないが、てめェが喰らいたいと思っている相手に喰われる気分を、少しだけ味わわせてやるよ。
「なに、してるの」
「黙ってろ」
相棒の白い胸元。平たいが、しっかりと筋肉のついた相棒の胸筋に、そっと指を滑らせる。とくん、と微かに指先に感じる鼓動。この下に、相棒の心臓が詰まっている。そこに歯を立てて、がり、と齧り付いた。
「ぐ……ッ、あ……」
「……不味いな、相棒」
ぶちりと肉が裂け、口の中に鉄臭い味が広がる。それはお世辞にも美味くはなかった。胸元という、相棒のコメントには無い部分を齧っただけだが、こんなものを美味い美味いと言って喰らう相棒は、一体どんな趣味をしているんだか。喰らう者ってのは、こんなものが美味いと思える程、イカれた舌を持っているということなんだろうか。
口の端から垂れた血を拭い、微かな苦痛に顔を歪ませる相棒を見下ろす。ったく、これでも興奮したままかよ。不味いものを味わった後だが……確かにこれは、興奮する、かもな。
「そんなに喰いたいのかよ」
「ああ……ギグが美味しそうで、たまらないよ」
「ふん、てめェなんぞに喰われてたまるかよ」
相棒の服を、下履きごとずり下ろし、いきり立ったものを取り出す。オレも服を脱ぎ捨てて、立ち上がったそれを、入り口に宛てがった。
「はは……ギグも興奮しちゃったの?」
「黙ってろよ……んんッ」
ずるずると相棒を根本まで飲み込んでやると、相棒は楽しそうに笑った。さっきから殴られっぱなしだった癖に、タフだな、おい。
暴れたい放題で聞き分けの無い相棒を気遣ってやる気は無い。こちらの快感だけを追って、好き勝手に腰を使った。口から喰うより、こっちの方が好みだな、オレは。
「ギグ、俺にも、させてよ……」
「駄目だね、てめェにさせたら、どうなるんだかわかりゃしねェ」
相棒を自由にさせないために、馬乗りになって体を動かせないように押さえつけながらやってるってのに。とは言え、中が擦れて奥が気持ち良くて、悔しいが、気を抜いたらこいつに形勢逆転されそうだ。
「気持ち良さそうだね、ギグ」
任せてくれたら、もっと良くしてあげるのに。そう色っぽく言われて、それに身を任せてしまえたらどれだけ良いかと、誘惑に頭がくらりと揺らぐ。でも、こんな危険な状態の相棒に抱かれたら、きっと喰われてしまう。オレは相棒を無視したまま、腰を振り続けた。
「……強情だね」
呆れながらも、相棒は相棒で楽しんでいるらしく、オレの中でびくびくと脈打っている。押さえつけているとは言え、限界はある。相棒が腰を使って、オレの中を突き上げると、もう駄目だった。弱いところを相棒に強く擦られて、オレは達した。どくどくと溢れる精液が相棒の腹を汚し、中が相棒の精を搾り取ろうとひくついている。と、同時に、視界が反転した。
「ぅあ、や、やめろ、相棒」
「……よくも、好き勝手してくれたね」
達したばかりで脱力した瞬間を狙っていたらしい。相棒はオレと繋がったまま、オレを床に押し倒し、両足を大きく開かせて、より深く突き入れた。まだ吐精している途中なのに、容赦なく中を抉られて、情けない甘い声が漏れる。
「可愛いね、ギグ」
「……あ、やっ、やだ、んんっ、抜け、抜けって……ッ!」
右足を持ち上げられ、さらに結合が深くなる。もう、自分がイっているのかどうなのかもわからない。精液をだらだらと零しながら、口から訳のわからない喘ぎが勝手に漏れて、体に力が入らない。駄目だ、このまま喰われたら――!
「ぅあッ」
持ち上げられた足に齧りつく相棒。ずきりと痛むそこを見ると、相棒がふくらはぎに歯を立てて、そこから溢れる血を啜っていた。やめろ、喰うな。
「ああ、すごい……足がこんなに美味しかったら、他はどんな味がするんだろうね」
さっきは歯を立てただけだったそこへ、相棒はもう一度齧りつく。今度は、肉を噛み千切るために。
相棒を止めなくてはいけないのに。それなのに。齧りつかれながら突き上げられて、それがどうしようもなく気持ち良かった。噛み千切られたら、一体どれ程気持ち良いんだ。生えさせるのは難しくない。だが、オレの足を喰らった相棒が、どれ程の力を得るのか想像付かない。こいつの手綱を握るために、喰われる訳にはいかない。いかないのに――。
ふくらはぎに触れる相棒の歯。血に染まった口元。恍惚とした相棒の顔。オレはどうしたら良いのか、完全にわからなくなっていた。どうなっても後悔しそうで、それが、悦びに顔を歪めた相棒の思惑通りな気がして、オレは――。
終わり
wrote: 2016-08-06