やさしく殺して
「生まれ変わったらどうなるのですか」
誰もいない暗くなった店の中、厨房の明かりだけが、頼りなく店内を照らしている。
ギグはたまに閉店後にやって来ては、私と話しをしていくのだった。どこ産のホタポタが美味いだの、以前捨てられてしまったワインの味についてだの、他愛のない話が多いのだけれど、ここ最近、頻繁にギグがやって来るものだから、冗談のつもりでそう尋ねた。
こうして死神に付きまとわれていると、もしかして、私が死ぬことを察して、訪ねて来ているのではないか。そう思ってしまうから。
「そんなこと、死ぬ前から気にしてどうすんだよ」
ギグはそう返事をして、はぐらかすように笑った。
「死ぬ前だから、気にするのです」
そう言い返すと、ギグは一瞬驚いて、その後大笑いした。
「そうか、そりゃあそうだよな。オレが悪かった」
悪いと思うのなら、笑わずに真面目に答えて欲しいのですがね。奥の棚に隠しておいた二十年もののワインを二つのグラスに注ぎ、ギグが腰掛けているテーブルに置いた。
かつては不味くて飲めないと騒いでいたが、何度も押しかけてくるたびに飲ませていたら、徐々に慣れてきたらしい。とは言え、このワインの価値がわかる程の舌を、ギグはまだ持っていないのだが。
一口、口に運ぶ。深みのある、良い香りがする。もし死ぬのなら、こんな良い香りに包まれて、この世の一番の美味を味わいながらが良い。それが叶う程、善行を積んできた訳でもないけれど。いや、ギグに言ったら笑われるな。良い事をすれば良い死に方が出来るなんて、ただの妄想でしかないのだから。私もギグも、それを理解出来る程度には、人の死に様をうんざりする程見てきている。
「お前でも、死ぬのは怖いのかよ」
ギグは一口飲んで、眉をしかめた。彼には渋すぎたらしい。私は一先ず質問には答えずに、炭酸水とホタポタのシロップを持ってきてやった。それぞれ適量をグラスに注ぎながら返事をする。
「……どうでしょうね。死に様によります」
とりあえず、苦しむのは、嫌です。そう言うと、ギグは満足そうに笑った。
「安心しろよ、オレが苦しまないように殺してやるからよ」
甘く飲みやすいカクテル状にしたワインを飲んで、甘い、うまいとギグは言う。なんて勿体無い飲み方だろうと呆れつつ、この子供舌の死神は、よほど私のことを好きなのだと、生暖かい気持ちになる。彼は、私を苦しまないように殺すために、やたらと通い詰めているのか。
もう一杯いかがですか。ついでに試作品でも食べていきますか。死神にとって魅力的な言葉の数々を吐きながら、私は、ギグがとどめを刺してくれるなら、それもまた贅沢な死に様だと、そう思った。
終わり
wrote:2015-09-23