ずっと一緒にいられたら良いのに
無数に転がる死体の山を前にして、ああ、楽しみが終わってしまった、と少しだけ残念な気持ちになった。暴れている間は楽しいけれど、楽しい時間には、いつか終わりが来てしまう。
それは俺の人生も同じだ。俺は最後には、ギグに乗っ取られ尽くして、消えてしまうという。俺を殺そうとする人はいくらでもいるのに、実際に殺されることは、ギグがいる限り絶対にあり得ないだろう。だから俺は、ギグ以外に殺されることは無い。
自分の中にいる神様は、とてもとても強くて、残忍で、俺と凄く仲が良い、と思う。ギグは俺のことをいたく気に入ってくれているし、俺だって、ギグのことを必要としている。それなのに、俺はいつか、ギグに殺されてしまうんだ。
――ずっとずっと、ギグと一緒に暴れられたら良いのに。
一瞬だけそう思った瞬間、ぐらりと視界が揺らいで、俺は思わず膝を付いた。まだ眠くはないはずなのに、一体どうしたというのだろう。
「ギグ、何かしたの」
「いいや、別に? 具合でも悪ィのか?」
「そんなはずないよ」
ギグのおかげで、体調も良いし、力も有り余っている。まだまだ暴れ足りないくらい。それなのに……ああ、そうか。
「……お腹、すいたかな」
「またかよ、最近食い過ぎなんじゃねェのか?」
「そう?」
「この前だって、何人分食ったんだかわかんねェくらい食ってたじゃねェか」
「そうだったかな……よく、わからないけど」
「胃袋の感覚も共有してんだからよ、腹八分目にしとけよな」
ギグが嫌がるくらい、食事をし続けたらどうなるんだろう。俺より先に、ギグの腹が裂けて死んじゃったら面白いのにね。そう思ったけれど、そしたら、ギグが俺に貸してる力の行き先はどうなるのだろうと不安になり、実行に移すのはやめようと考えなおす。ギグが綺麗さっぱり俺の中から消えてしまったら、俺はたちまち殺されてしまうだろうから。
「お前、今変なこと考えてただろ」
「バレてた?」
「……本当にお前は、イカれてるぜ」
「ありがとう」
お腹も空いたし、俺とギグは、城に戻ることにした。食事の用意がされてると良いのだけど。
ギグの言う通り、確かに最近、空腹を感じることが多くなった気がする。最近、と言っても、目覚めている時の方が短いのだから、最近もなにもあったものではないのにおかしい話だが、ともかく、ギグと融合し始めた時より、ずっと酷い。ぐらりと視界が回って、気が付くと、耐えられない程の空腹で、涎を零しそうになるくらいになっている。
俺と入れ替わっている時のギグは、そんなことはないらしい。じゃあこれは、ギグのせいではない症状なのか。でも、元々こんなに腹が減るような質じゃないはずだ。
不審に思いながらも、俺に出来ることと言えば、ひたすら食べることだけだった。
「……おい、おい! いつまで食ってんだよ!」
ギグに窘められても、まだまだお腹がすいている。十人分はあろうかという、テーブルに並べられた料理の数々を粗方食べ尽くしても、一向に腹は満たされないままだった。
「だって、ギグ。お腹がすいて仕方がないんだよ」
「……お前、どっかおかしいんじゃねェか?」
融合してるって言ったって、こんな症状が出るはずは無えんだがな。ギグが不思議そうに呟いた。
「心配してくれてるの?」
「そりゃあ、そのうちオレ様のものになる体だからよ。変な病気になんてなられちゃあ、困るってもんだぜ」
ギグのその返事を聞いて、俺はまた、あの酷い目眩を――いや、突き刺すような頭痛を感じていた。思わず頭を押さえる。その拍子にテーブルの上の食器と、飲みかけのワインが床に溢れた。
「あ……ううっ」
「おい、相棒! しっかりしろ!」
――俺はギグとずっと一緒にいたいのに、ギグはそうじゃないの?
そう思ったのと、痛みが襲ってきたのは同時だった。ギグの、俺を心配する声が頭に響く。それはまるで、頭にゆっくりと針を刺すように、酷く痛む。
「煩い……ギグ、黙ってて」
「んだよ……せっかく心配してやってんのに」
「煩いッ! ギグが、ギグが悪いんだろ……」
「はあ? お前、何言ってんだよ」
なんだかんだと甘い言葉を吐いておいて、強大過ぎる力を貸しておいて、結局俺の体だけが目当てだって言うのか。そんなの、そんなの……あんまりだ。俺には、ギグしかいないのに。嫌だ。それならいっそ……。
「とっとと俺の体を乗っ取れば良いだろ……変に期待させておいて、突き放すような真似してないでさ」
「おい、何言って……」
「なんだなんだ、でかい音がしてたみてェだが……って、どうしたんだい」
困惑しているギグの声を遮って、ロドがちょうど良く食堂に入ってきた。俺はよろよろと立ち上がり、ロドに縋り付いた。これ以上、ギグのことを考えてなどいられない。
「……ロド、早く、次の街に行こう。暴れないと、気が収まらない」
「おい、相棒……」
「大丈夫か親友、ひでえ顔色だぜ」
ギグとロドが、それぞれ俺を心配して声をかけてくる。ああ、嫌だ。何を聞いても、誰の声も信じられなくなってくる。
「煩い……良いから早く……そうでないと、お前も殺すよ」
「……わかった」
怯えた顔をしたロドは、地図を開いて山の麓の街を指差した。どんな連中が集まっているか、そんな細かい話を聞くのも億劫で、俺は城を飛び出した。頭痛はさっきから、どんどん酷くなっている。痛みを振り払うように、俺はギグの力で空を飛んだ。
ギグはさっきから黙ったままだ。頭痛はやまない。ギグのことを考えまいとしたところで、ギグの力を借りている限り、全く意識の外に追いやることなんて出来やしないのだから、当然だった。案の定、教えられた街に着いて、人々の耳障りな悲鳴を聞いても、生臭い血を浴びても、いつまでたっても頭痛は収まらないまま。
「おい相棒、今日は一体どうしちまったんだよ」
「……わからない」
「……そうかよ」
ギグが俺を心配している。それ自体は嬉しいことのはずなのに。どうして、こんなに苛々するんだろう。
「ねえギグ。俺のこと、好き?」
「ああ? まあ、気に入ってるぜ。お前くらいイカれた相棒は、世界中どこを探したって見つかりゃしねェだろうよ」
「だったら……」
ずっと一緒にいてよ。俺の体を乗っ取ったりなんかしないで、いつまでも俺の中にいて。
「……いや、なんでもない」
これを口にしてしまったら、死んでしまいそうなくらいの頭痛に見舞われそうで、俺は口を噤んだ。
「あ……」
瞬間、ぐらりと視界が回る。今度は頭痛でも目眩でもなく、眠気が襲ってきたらしい。瞼を開けていられず、俺は血だまりの上に膝をついた。
ギグは、俺が眠っている間、何を思っているのだろう。俺がいなくて寂しいと、少しでも思ってくれていると良いのだけれど。
ギグの、おやすみ、という優しい声を遠くに聞きながら、俺の意識は暗い闇の中へ沈んでいった。
終わり
wrote:2015-12-19