長風呂はほどほどに
風呂は好きだ。風呂に入る習慣なんてなかったオレだが、融合している時に入った温泉の心地良さには負けた。気が抜けて身体が温まって、水に浮かんでるおかげでふわふわして気持ち良い。負けた。
そんな訳で、オレと相棒が住む家にもわざわざ温泉を引いて、それなりに広い風呂を拵えた訳だ。巷では風呂でいちゃつくのも定番と聞くので、僅かながらにそれも期待していた……のだが。相棒は何故だか、オレと一緒に風呂に入ろうとはしない。その上、相棒の風呂は、異様に長い。オレの軽く三倍は入っている。そんなに長く風呂に入って何するんだよ。別に湯に浸かって気持ち良くなればそれで終わりなんじゃねェのか、と思うのだが、相棒にとってはそうではないらしい。
何をしているかと問えば、色々と考え事をしていると言っていた。わざわざ風呂で考え事なんてしなくても良いだろうが。もっと早く上がってオレに構えよ。というか絶対何かよからぬことをしてるだろ。そうに決まってる。そうだとちょっと……覗いてみたい、気がする。
と、言うわけで、今日は相棒が入浴中に乱入してみようと思う。それにはまず、相棒に先に風呂に入ってもらう必要がある訳だ。
「おい相棒、今日はオレが皿洗ってやるから、先に風呂入ってろよ」
一ヶ月に一度やるかやらないかの食後の皿洗いを買って出て、相棒に先に風呂に入るように促すと、相棒はあからさまに嫌そうな顔をした。そんなにオレの皿洗いが信用ならねェのかよ。悪かったな!
「……せめて洗剤のボトル半分くらいは残してね」
「うっせーな!四分の一くらいしか使わねーっつの!」
嫌味を言いつつ、滅多にない一番風呂が嬉しいのか、オレのことを心配しつつも、相棒は風呂に行った。よし。あとは急いで皿を洗えば良い訳だな。流石に四回もやってれば多少は慣れる。初めの頃は泡が楽しすぎてボトル一本使いきっていたが、今はそんなのに心踊らされるオレではない。四分の一、いや、五分の一程度で勘弁してやるぜ。
さて、過剰なまでに綺麗にした皿を拭き、食器棚に置いた。時計の針もまだ二十分ほどしか動いていない。相棒はあと三十分は上がらないだろう。乱入するなら、今ぐらいの時間がちょうど良さそうだ。
オレは相棒に気付かれないようにそっと、洗面所のドアを開けた。浴室から漏れる明かりと水音から、まだ入浴まっただ中というのがわかる。ほんのりと鼻歌っぽいのが聞こえるが……こいつは歌のレパートリーがあの子守唄しかねェのかよ。たまには他の歌を覚えてきたらどうなんだ。
確実によからぬことはしていないような気がするし、若干出鼻をくじかれた感があるが、まあいい。たまには一緒に風呂に入らせろ。そのためにわざわざ広い浴室を作ったんだからな!
素早く服を脱いで、脱衣籠にぶち込むと、オレは勢い良く浴室のドアを開けた。
「おい相棒、一緒に風呂入るぞ!」
「ぅおわッ! 何、急に」
こちらに背を向けて湯に浸かっていた相棒は、ものすごく驚いた顔でこちらを見た。驚きすぎて湯が跳ねる音が浴室に響く。確かに物音を立てないように気をつけてはいたが、そこまで驚くほどか。驚かれすぎて逆にオレの方が固まってしまった。素っ裸で仁王立ちしてるのがなんだか恥ずかしいじゃねェかよ。
「ど、どうしたのギグ」
「いや……たまには一緒に入ろうかと思ってよ」
とは言え、このまま引き下がる訳にもいかず、頭を掻きながらそう言うと、
「あ、そう……とりあえず、中入ったら? 寒いし」
相棒は相棒で困惑しているらしいが、どうにか迎え入れてはもらえるらしい。良かった。
オレが浴室に入るなり、相棒は身体を洗うと言って、浴槽から出てしまった。ちょっと寂しいが、まあ良い。程よくぬるまった湯に浸かって、身体を洗う相棒を観察することにした。
湯上がり姿の相棒も良いが、全身湯に濡らした相棒もまた……良いな。
「今やらしいこと考えてるでしょ」
頭を泡まみれにした相棒が、こちらをじっと睨みつけた。どきりとして、慌てて否定する。
「かっ、考えてねーよ!!」
「嘘つき」
まあ嘘なんだけどな。バレバレかよ。この様子だと、いかがわしいことを考えて浴室に乱入したのもバレてるんだろうな。後ろめたさも相まって、なんだか恥ずかしい。それを誤魔化したいのもあって、オレは身体を洗う相棒に、改めて質問することにした。
「なー、なんでそんなに風呂がなげーんだよ」
「ギグみたいに行水じゃないから」
「んだよ、わりーかよ」
行水ってなんだよ。オレはカラスか。オレなりに気持ち良く浸かってるつもりなんだがな。
「悪くはないけどさ……もっとじっくり浸かったら? 折角温泉引いてるんだし」
「あんまり長く浸かってるとあちーんだよ」
「……だから、途中で身体洗ったり体操したりすれば良いでしょ」
「面倒くせえ」
体操、ねえ。相棒はどんだけ風呂でアクティブに動いてるんだよ。健康的過ぎだろ。
「せめて身体は洗おうよ」
「……身体は良いけどよ、頭乾かすのが面倒なんだよ」
身体を洗うのはまだしも、髪を洗うとなると、乾くまでがなんとなく寒いし、それを考えたら面倒さが勝ってしまう。オレは湯に浸かって気持ち良くなれればそれで良いし、そんな面倒さは風呂に求めてねェんだよ。
「神様が身体汚れないってのはわかってるけど、なんか、抵抗あるなあ」
「んだよ、別に臭くないだろ」
「洗ってあげよっか」
身体を洗い終わった相棒は、湯を肩からかぶると、そう言ってこちらを見た。その表情は、こういうことがしたかったんでしょ、と言わんばかりの笑み。わかってるんじゃねェか。なんとなく癪だが、それはそれで願ったりだ。
「おう、それなら大歓迎だぜ」
「まったく、現金なんだから」
おいで、と言われ、浴槽から上がる。若干期待しながら、相棒の前に置かれた洗い場の椅子に座ると、頭から容赦なくお湯をぶっかけられた。
「うあっち」
「あ、ごめんごめん」
「もうちょっと丁寧にやれよな」
乱暴に湯をかけるだけじゃ飽きたらず、泡まみれにした頭をがしがし洗う相棒に抗議すると、相棒はどこ吹く風で、オレの頭にまた湯をかけた。
「はいはい……ま、やらしい妄想をしてたギグにお仕置きってことでさ」
「はあ?」
「図星でしょ。長風呂してるから、オレがなんかいやらしいことしてるって思ってたんじゃないの」
「……」
「あはは、やっぱり」
ころころ笑う相棒は石鹸を手に取ると、ぬるりとオレの背中に塗りつけた。少し冷たい塊が、ぞくりと肌の上を這う。オレの背後で、相棒が低い声で囁いた。
「むしろ、やらしいことされちゃうって思わなかったの?」
「思ってねェよ」
嘘です思ってました。とは言えずに否定した。正確には、こちらからやらしいことをしてやるつもりだったので、あながち間違いではないのだが。予定では、やらしいことをしている相棒にちょっかいを出して、あわよくば風呂で少しだけやらしいことが出来たら良いと、その程度に思っていたのだが……これは完全に失敗じゃねェか。やめときゃ良かった。おとなしく脳天気に一番風呂してりゃあ良かったのによ。
「んっ……おい、相棒。どこ触ってんだよ」
「触ってるなんて人聞きが悪いなあ……洗ってあげてるんだよ」
背中から腕、胸、そして下半身にまで手が伸びて、ぬるぬるした石鹸と相棒の手が、体中を撫でていく。こっちがするはずだったことを、こうも楽しげにやられてしまっては敵わない。
のぼせている訳でもないのに、二人共段々と息が上がっていく。やけに音の響く浴室のこと、自分の喘ぎを響かせては情けないと、口から漏れる声を必死に抑えた。それに気付いて、わざと弱いところばかり執拗に洗う相棒を殴り飛ばしたくなりつつ、そんな余裕は無い。湯気で曇った鏡の向こうで、自分がどんな顔をしているのか、想像するだに恥ずかしかった。
「はい、おしまい」
「えっ」
「……洗い終わったよ、ギグ」
後ろを向くと、相棒が満面の笑みで湯桶を持っていた。嘘だろ。そこまでやっておいて寸止めかよ! また頭からぶっかけられて、オレはいい加減にブチ切れた。
「ぶっ、てめェ、もっと優しくやれっつーの!」
「……勃たせといてそれ言っちゃう?」
「うっせーんだよ! てめェ後で覚えてろよ!」
「はいはい……ちゃんとお湯に浸かって百数えないとダメだよ」
「だーッ! ガキ扱いしてんじゃねーッ!」
相棒を睨みつけながらまくし立てても、相棒は平然と笑っている。なんなんだよもう。なんでこうなるんだよ。そんなに風呂にじっくり入らない奴はダメなのかよ。しょぼくれているオレを差し置いて、相棒はさっさと浴槽に入ってしまった。
「どうしたの、一緒に入りたかったんでしょ?」
浴槽で身体を折りたたみ、ちょうどもう一人分のスペースを空けて、相棒がオレに手招きをする。それに嬉々として乗って良いんだろうか。乗りたいが、なんだか振り回されている気がして非常に癪だ。乗るけどな。
一人で入ってちょうど良い量の湯が張られた浴槽は、当然、二人で入ると溢れてしまう。それを承知で、オレは浴槽に身体を沈めた。少し勿体無い気もするが、もう知るか。どうせ掛け流しだしな。すっかり冷えた身体が、温かい湯と、少しだけ触れる相棒の体温で温まって、なんだかんだで気持ち良かった。
とは言え、二人で風呂に入りたいと思ってはいたものの、やっぱり、狭いんだな。もうちょっと広くしても良かった。贅沢過ぎるか。
「ほらギグ、ちゃんと数、数えてる?」
「うっせえ、数えてる訳ねーだろ」
あはは、と笑う相棒の声が浴槽に響く。狭いことは狭いが、たまには良いか。
とりあえず、こうもからかわれっぱなしじゃあ、腹の虫が収まらない。風呂から上がったら覚悟しとけよ、相棒。
終わり
wrote:2015-08-26