逃げられない牢獄

寒い地下牢の奥深く、猿轡を嵌められて、私は捕らえられていた。クラスター様の命令で探っていた人身売買組織。持ち前の影の薄さを生かして、内部に侵入するのは容易かった。しかし、そこにいた双子の奪人は、気配を消した私を見逃さない程度には、場数を踏んでいる暗殺者だったのは誤算だった。

捕らえられた私は、手足を拘束され、猿轡を嵌められた状態で、一人きりで地下牢に転がされる羽目になった。逃げ出し様のない状況に、私はどうやって死ぬかを只管考えた。兎にも角にも拘束を解かなければならない。そうしなければ、逃げようも、死にようもない。

いずれ、私から情報を聞き出すために、誰かがここへやって来るだろう。とにかく、その機会を待つしか、私に出来ることは無くなっていた。

捕らえられてからどれほどの時間が経っただろう。ギィ、と、重苦しい音が地下牢に響いた。ランプの明かりが周囲を照らし出す。誰かが、ここへやって来たらしい。明かりの方を見ると、私を捕らえた双子が並んでこちらへ歩いてくるのが見えた。

「……こんにちは。スパイさん」

薄笑いを浮かべた方の奪人が、床に放り出された私の喉元にナイフを突き付けて言う。

「あんたのことは、殺しさえすれば好きにしろって言われてるんだ」

物騒過ぎる物言い。彼ら二人の手を掻い潜って、ここを脱出することなど、出来る訳がない。そして、彼らに、私を生かすつもりが一切無いとあれば……ここで、私の命運は尽きたと言えた。ここまでか。

「誰の命令か教えてくれたら、楽に殺してあげるけど……」

無表情でこちらを見下ろす双子の片割れは、表情と同じ、感情の読めない声で言った。

「教えてくれないって言うなら、俺達の拷問の練習台になってもらうよ」

俺達って殺すのは得意だけど、痛め付けるのは苦手なんだよねえ、と、ナイフを持つ彼は笑う。二人共、人を殺すことをなんとも思わない目をしていた。大恩ある雇い主を売るなど言語道断だと思っていたのに、彼らを見ると、この状況で義理を立てる意味などあるものか、苦しむ時間が短い方が、ずっとマシに決まっていると、居直りたくもなる。

「とりあえず、危険なものを持ってないか確認しないとね」

彼の持っていた鈍く光るナイフが、私の衣服を斬り裂いた。乱暴に、私の肌に傷がつくのも構わずに。胸の辺りに一筋の赤い線が走り、床にぽたりと雫が散る。そこからは早かった。二人がかりで服を破かれ、肌を晒される。地下牢の冷えた空気のせいだけではなく、彼らの視線に鳥肌が立った。

「死にたくなったら、二回頷いてね」

そうしたら、殺してあげる。ナイフを持たない方が、私の耳元でそう囁いた。出来ることなら、すぐにでもそうしたい。一体どんな目に合わされるのか、想像するだに恐ろしかった。この美しく狂った兄弟の玩具にされて、この暗く冷たい地下牢で、惨たらしく死ぬのが私の終わりなのか。ランプの明かりに照らされる、血よりも赤い彼らの髪。それが私の見る最後の光景になった。

終わり

wrote:2016-02-05