近い将来の話

俺が身を隠している地下に作られた薄暗い部屋に、親友は妙に浮かれた顔でやって来た。どうかしたのかと聞くと、世界を喰らう者が全て倒されて、世界は元通りに平和になったのだと言う。何を持って平和だと言うのか尋ねてやりたかったが、それは無粋に思え、とりあえず、へえ、そりゃあ良かったなと返した。

親友は部屋に設えられたテーブルセットの椅子を引いて腰を下ろすと、持ってきた酒とグラスをテーブルに置いた。見たところ、こっそり祝杯をあげようと言うことらしい。その戦いに一枚噛んだ身としては、祝いたくなる気持ちも理解出来た。誘われるままに向かいの席について、グラスに注がれていく琥珀色の液体を見つめた。

「おめでとう」

「ありがとう」

グラスを掲げて、一口、舐めるように飲んだ。随分と上等なものを持ってきたらしい。それだけ嬉しいということだろう。俺からすれば、こんな戦いなんてどうでも良くて、親友と一緒に過ごせるようになったことの方が喜ばしかったのだが。

それから親友は穏やかな顔であれこれ話した。色々な事があった、と。実際に戦ったのは、あの……名前も知らない赤毛のガキ共だけれど、裏であれこれ手を回して、うまく旅が終えられるようにお膳立てをしていたのは親友だったし、知られていない苦労話なんていくらでもあったのだろう。それらを聞きながら、そんな面倒なあれこれをこなしつつ、俺をこっそりと救ってくれるあたり、親友の頭の中はどうなってるんだか薄ら寒くなった。

「――今外はお祭り騒ぎだよ。しばらくすれば、皆ロドのことなんてすっかり忘れてしまうさ」

「どうだかな」

商品に顔を見られるようなヘマはしていないつもりだが、あれだけ大量に出回った手配書の記憶がどれくらいで人々の記憶から薄れるのか、正直検討もつかなかった。

子供も普通に生まれるようになるそうだと言われ、そりゃあ、いよいよ俺がしてきた仕事が意味をなさなくなるなと、もうどうしようもない事を思った。真っ当に子供が生まれるようになったとしたら、俺が売り捌いてやった孤児達はどうなるのだろう。跡継ぎがいないという理由で買われた子供は、正当な跡継ぎが生まれてしまったら、きっと捨てられてしまうのではないか。誰も予測できなかった話と言えばそれまでだが、胸が痛む。あれだけ何をやっても非情でいられたのに、親友と会うなり真っ当な感性に戻ってしまった。

「で、親友はこれからどうすんだ?」

深く考えても仕方ないし、折角機嫌が良い親友に変な話をするのも野暮だろう。気分を変えようと話を振った。

「どうって……世界がどうなろうが、経済は経済だ。景気が良くなれば儲かるが、それだけさ。今まで通りだ」

「そうじゃなくてだな……子供が出来るようになったっつーことは、アンタも」

「それはないな」

「どうして」

そんなにきっぱり即答しなくても良いのに。苦笑しながら聞き返すと、親友は少し困った顔になった。

「ジンバルトのこともあるし、ロドのことだって……せめてここから出られるようになったら考えるさ」

随分と気の長い話だ。呆れる。

「アンタな……そうなる頃には、もうじいさんだぞ」

「忘れてるかも知れないが、私はまだ三十三だぞ」

「……いや、外見的な話でだな」

「……仕方ないだろ、こればっかりは」

眉を下げて、煙草に火を点ける親友を見て、こいつは、運が良ければ結婚しても良い、くらいのもので、半ば諦めているのかも知れないと思った。金も人望もある癖に、難儀なもんだ。こちらも煙草に火を点ける。ここに来て嬉しいことの一つが、良い煙草をいくらでも貰えることだ。

「私のことより、そっちはどうなんだ?」

親友は美味そうに煙草を吸いながら、俺に尋ねた。

「ああ? どうって?」

「ロドこそ、どうしたいんだ? この先、外に出られるようになったら」

それがいつになるかもわからない。出られたとしても、もし正体が知られたら二人揃って殺されたって仕方ない。そんなリスクを抱えたままだというのに、親友はそんな希望に満ちた質問をした。馬鹿じゃねェのか。ふざけるなよ。私は君と一緒に仕事をしたいが、と付け加えられて、期待でいっぱいの目を向けられたら、答えなんて決まってるってのに。

「今度こそ真っ当な仕事と生活をしてやるさ……アンタと一緒にな」

俺の答えを聞いて、親友はにっこり笑うと、俺のグラスになみなみと酒を注いだ。

「おい馬鹿、そんなに呑めるか」

「良いだろ、今日くらいは」

悪びれもしない親友の手からグラスをひったくり、お返しとばかりに同じくらいに酒を注ぎ返した。

まったく、ガキの頃は、未来の話を避けて過ごしてたってのに、今ではそんな話をするのがこんなに楽しいなんてな。二人でべろんべろんに酔っ払いながら、これから先、どんな仕事をしようか、新しいことを始めたい、今の仕事はこう変えたい、そんな話ばかりをして、気がつくと二人揃って床で寝ていた。

二日酔いで頭を抱える親友の背を見送って、また一人、薄暗い部屋に取り残される。それでもそこまで寂しくは無かった。昨日とは違って、未来に希望を持っても良いのだということが、青臭くて照れ臭いけれど、嬉しかったから。

明日が、未来が待ち遠しいなんて、なんて贅沢だろうと思いながら、俺は二日酔いの頭痛とふらつきに従って、ベッドに横になって目を閉じた。

終わり

wrote:2017-07-18