地下室のご主人様

私にあてがわれた部屋は二つ。王族の誰かが使っていたらしい豪勢な寝室と、石造りの地下室。後者は、私が療術師ということで、実験室があれば便利だろうと用意された部屋だった。地下室の隣の部屋は、同じく療術師のジンバルトが使っている。滅多に地下に近寄らない私とは違い、彼はしょっちゅうそこに閉じこもり、何かの実験をしているらしかった。

かつての主人の弟でもある彼と、私はどう接して良いのかわからずに、殆ど口をきいたことはない。彼も同じらしく、廊下ですれ違っても、目を合わせることさえしなかった。それで良いと思っている。

ジンバルトはさておき、今夜、私が地下へ向かっているのは理由がある。夕方、喰世王から、今夜地下室へ行くよう指示されたからだ。彼の特殊性癖に付き合わされるのはこれで五度目だった。

こつこつ、石畳を靴が叩く音が廊下に響く。冷たく湿った空気に身震いをして、私は部屋の前に立った。渡された鍵で扉を開ける。等間隔に置かれたランプのおかげで明るかった廊下とは違い、部屋の中は完全な暗闇だった。持ってきたマッチに火を付けて、微かな明かりを頼りに、机の上のランプを目指す。ほとんど手探りでランプを灯し、ようやく薄っすらと部屋の輪郭が浮かび上がった。壁のランプにも火を付けて、机の側の椅子に腰を下ろすと、無意識のうちにため息が漏れた。

療術師だからという理由であてがわれた部屋のはずなのに、術に使う触媒の調合をしたことなんて、数える程しか無かった。机の上にも、大して物は置かれていない。だからこそ、机の真ん中に置かれた鞭が、異様な存在感を持って鎮座しているように見える。この部屋が用意された目的には余りに不釣り合いだけれど、まるで拷問室か何かのようなこの部屋全体の雰囲気からしたら、これ以上ない程ぴったりな道具。

この部屋に案内された時に喰世王から渡されたのがこれだった。一つお願いがあるのだけれど、と前置きをして、彼は、これで自分を虐めて欲しい、と言ったのだ。

周りは俺が人を殺したり壊したりするのが大好きだと思ってるけど、甚振られるのも同じくらい大好きなんだ。でも、怖がって誰も俺を虐めてくれないし、ギグは加減を知らないから殺されちゃいそうで怖いし……まあ、たまにはギグにされるのも楽しいけどね……まあとにかく、そういうごっこ遊びだと思って、俺を虐めて欲しいんだよ。あんたは俺にたくさん恨みがあるはずだし、悪くない提案でしょ? 俺は何もしない。あんたのしたいようにしてくれていい。

また明日の夜、ここに来るよ。その時は、よろしく。そう言って、喰世王は部屋を出て行った。私の返事は聞いてくれないまま。

次の夜、宣言通り部屋に来た彼は、服を脱ぎ、自分を鞭打つように命じた。蚯蚓腫れまみれの痛々しい姿で、気持ち良さそうな顔で性器をがちがちに勃起させながら、彼は冷たい床の上でのたうち回った。ぼんやりとしたランプの明かりに浮かび上がる、白い肌と幾つもの赤い筋。それがいやらしくて、いつの間にか私も勃起していた。叩く度に彼は恍惚とした吐息を吐き、恐らくは快感でびくびくと体を震わせていた。いつの間にか加減することも忘れて、私は一晩中彼を鞭で打ち据えて過ごしていた。

彼に恨みがあるから躊躇いなく鞭を振るえるのだ、と言えば、それは少し違う。もっといやらしい彼の姿を見たいからという、どうしようもない汚い欲求が今や大部分を締めていた。もっと酷いことをしたい。鞭で痛めつけるだけではなくて――そう、こちらの肉欲をぶつけてしまいたい。あの傲岸不遜な少年を無理矢理犯してしまえたら、どんなに――。

そんな汚らしい思考は、ノックの音に遮られた。続けて開いた扉。そして入ってきたのは、あの赤毛の少年。

「……服を脱いで、こちらに来てください」

私は机の上の鞭を取り、壁が背になるように椅子の向きを変え、改めて腰を下ろした。彼は私が命じるまま、靴と服を脱ぎ、裸のままこちらへと歩み寄って来る。期待しているのか、表情はいつもの薄笑いのまま、局部はすでに硬くなって天を向いていた。

「座って」

鞭で床を指すと、彼は石床にぺたりと座った。まるで従順な犬か何かのようで、これがあの喰世王とはとても思えない。

「もう大きくしているんですか」

鞭の先端で彼の顎を上げさせる。ちらりと目を遣ると、いきりたった彼のそこは、すでに蜜を垂らしていた。

「……いやらしい子だ」

そう言って彼の頬を打ち、私は椅子から立ち上がった。彼の髪を掴んで顔を上げさせ、彼の赤い跡が残った顔をじっと観察する。間近で見れば見るほど、彼は綺麗だ。見る者全てを惑わすとも思える、恐ろしささえ感じる妖しい美しさ。それにとらわれながら死ねたなら、痛みさえ感じないのではと、馬鹿げた事を思った。

「……」

顔を傷つけられてなお、期待感で興奮しきった蕩けた顔。普段は冷え切った金の目が、熱っぽく潤んで私を見る。薄く開かれた唇。そこに私のものを突っ込んで、無理矢理ぶちまけてやれたらどんなに――。

「……言ったでしょ、あんたのしたいようにしていい、って」

突然ニヤリと笑った彼は、改めて私にそう言った。何もかもお見通し、という訳か。そういう類の行為さえも許容すると。

「歯を立てたらお仕置きですよ」

私はローブをたくし上げて下着をずりおろすと、すでに兆しかけているものを彼の口元へ差し出した。彼は実に楽しげに笑い、先端に軽くキスをした。期待した通りの姿に、それだけで私のものは硬度を増していった。続けて、たっぷりと唾液が絡んだ舌で熱い口内に招き入れられると、たちまち我慢がきかなくなった。腰を押し付けて一気に奥まで突っ込むと、くぐもった声が聞こえ、その苦しげな声に煽られるように、私は彼の頭を掴んで、好きなように動かした。

「ああ、そう、上手ですね……っ」

私の言いつけ通り、彼は歯を立てないように喉を開いて、されるがままになっていた。慣れているのかどうなのか、抵抗もせず、吐きもせずに。

慣れているとしたら、一体誰とこんなことを? ギグだろうか、それとも、ジンバルトやソーンダイク、いや、もしかしたら、以前つるんでいたあの、かつての主人の探し人か。もしかしたら、誰とも知らぬ相手と好きなように寝ているのかも。私には関係ないことのはずなのに、不特定多数の男たちに乱暴される彼を想像して、私は一層興奮して、より激しく彼の喉奥を犯した。

「――くっ」

「げほっ……かはっ、あ、はぁ……ッ」

射精する寸前で引き抜いて、咳き込む彼の顔に向けて吐き出す。精液で汚れ、苦痛に歪んだ彼の顔が余りに卑猥で、射精したばかりのはずなのに、私のそれは未だに硬さを保っている。無理矢理口内を犯されたというのに、彼の性器も萎えないまま、新しい刺激を待っているよう。

「ほら、呆けてないで綺麗にしてください」

鞭で頬を軽く叩き、精液を滴らせるそれをもう一度口に含むよう促すと、彼は大人しく従った。舌で精液を舐め取って、尿道に残ったものを吸い出すと、彼は最後にそれに口付けてから、私を見た。次は何をしてくれるのかと期待している、子供のような無邪気な瞳。お気に召したなら光栄だ。誘ったのはそちらなのだから、いくらでも手酷く扱ってやる。

「……上手に出来たご褒美ですよ」

床に手をついて、尻をこちらに向けなさい。そう命じると、彼はゆっくりと自身の体を見せつけるように、腰をくねらせながら四つん這いになった。白い尻に向けて一度、二度鞭を振るう。彼の体に跡が残る度、たまらない気分になった。この美しい生き物を痛めつけて、快感に酔う姿を見られることが、余りにも奇跡的過ぎるからだ。

甘い息を吐いて次の一撃を期待する彼に、私はすっかり虜になってしまっている。鞭を振るっているのは私なのに、支配されているのは私の方。あれもこれもきっと、彼の思惑通りだ。このまま、彼が望むままに、私は彼を――。

終わり

wrote:2017-04-30