アーク・ロイヤル

その煙草屋は、古ぼけたビルの一階にあった。ガラス張りの扉の向こう、高い棚には所狭しと古今東西色とりどりの銘柄の煙草が並べられている。煙草屋と言うよりは、小洒落た雑貨屋のような雰囲気だった。

扉を開けると、がらん、というベルの音と、様々な煙草の香りが混ざった、なんとも言えない匂いが出迎えてくれた。カウンターの斜め前には、灰皿の置かれた背の高いテーブルが鎮座している。喫煙所を兼ねているそこには、幸い、今日は誰もいない。カウンターの奥から、気怠そうな顔をした店主が、咥え煙草のまま顔を出し、俺の顔を見て、あからさまに嫌そうな顔をした。

「何しに来やがった、未成年」

「何って、暇つぶしさ。奥、入れてよ」

「……ったく、ここは保健室じゃねェんだぞ」

「知ってるよ。売れてない煙草屋だろ」

「っち、入るならとっとと奥に行け。未成年を連れ込んでるのがバレたら、通報されちまう」

促されて、カウンターの奥のスタッフルームへ入る。店員はロド一人。気ままに店を開け、煙草を吸い、面倒になったら店を閉める。煙草が売れているのを見たことは、滅多に無かった。

灰皿とコーヒー、そして埃を被ったノートパソコンが置かれたテーブルと、仮眠用の質素なベッド、狭苦しい台所。それしかない部屋で、ロドは日がな一日煙草をふかして過ごしている。俺が来れば適当に構いもするけれど、基本的に、俺が来ようが来まいが、ロドの過ごし方に変わりはない。

煙草をくれと言えば、一本くれる。コーヒーを飲みたいと言えば、飲みかけの冷めたマグカップを渡される。それだけの関係なのだけれど、それはそれで居心地が良かった。だから、手持ち無沙汰の時はここで時間を過ごしている。

「もう夜も遅いだろ。そろそろ片割れが迎えに来るぞ」

「……適当に誤魔化しておいてよ、今日は帰りたくないし」

ベッドに腰を下ろして、テーブルについているロドの背中に言う。ロドは面倒臭そうに振り向いてため息をつき、俺に一本、煙草を投げて寄越した。

「そいつを吸って待ってな、店を閉めてくる」

「ん」

すれ違い様に俺の煙草に火を点けて、ロドはスタッフルームを出て行った。ロドから渡された銘柄も知らない煙草を、深く吸う。甘ったるい味。ロドにしては珍しいな。そう思いながら、じっくりとそれを吸った。

ビルの三階には、ロドの居室がある。家で俺の帰りを待っているだろう弟は、この店のことは知っていても、すぐ上にあるロドの家のことまでは知らない。双子の兄が、煙草と男の味を覚えこまされていると知ったら、あいつはどんな顔をするだろう。そんなことを考えながら、俺はロドが戻ってくるのを待った。

終わり

wrote:2015-11-22