教室で食えないデザート
大食いに過ぎるそいつは、いつも突拍子のないものを持ってくる。今日はネットに入った大量のみかん。スーパーで買ってきたのはまだいいが、それを食後のデザートにしようと言うのはどうなんだ。食べ過ぎだろ。手のひらサイズのそれが、ざっと見ても六個以上は入っている。
「で、ゲームしようと思って」
「はあ……どんなゲームだい、親友さんよ」
まさか、火の付いた煙草を口の中に入れて、火を消さずにオレンジを食べるとかいう、漫画でしか見たことのないアレじゃあねェだろうな。絶対出来ねェぞ、そんなことは。
「こいつを縦に積んでいって、どっちが高く積めるか」
「へえ」
積めてせいぜい三個ってところだろうか。それ程高くは積めないだろう。お互いに。くだらないが、思ったよりはおとなしそうな遊びで安心した。
「負けたらどうなるんだい」
「俺が買ったら、煙草一箱ちょうだい」
「ああ、良いぜ」
どうせ家からいくらでもちょろまかせる。期限切れスレスレの際どいものばかりだが、こっちにとっては吸えりゃあ良いのだから、かまわないだろう。割の良いゲームだ。
「ロドが勝ったら……何が良い?」
「そうさな……缶ジュースでも奢ってくれ」
負けても大したペナルティがないとなれば、こちらもそれに応じた程度のものを要求しないと割にあわない。こういうのは、くだらないからこそイーブンでなければ駄目だ。
「わかった。とりあえず、三秒キープできたらクリアってことで」
「良いぜ。どっちから行く?」
「言い出しっぺの俺からで良いよ」
「ん」
そいつがみかんのネットを破るのを見つめながら、俺はもう一本、煙草に火を点けた。四個積まれたら負けだろうな。そこまで俺も器用じゃない。そいつは手にした二つのみかんを重ねた。動かない。もう一つ手にして、乗せる。少しぐらついたけれど、手を離すと、不思議と安定していて、落ちそうにない。すぐに三秒が経った。
「やるじゃねェか」
灰を落としながらそう言うと、そいつはニヤリと笑って、もう一つみかんを手に取った。
「見てなよ。もう一個いけるから」
「へえ……」
手に取ったのは、小さめのみかん。こいつも四個が限界だと思っているらしい。これが乗せられたら、やる前からギブアップしよう。やるだけ無駄だ。五個は絶対に乗せられない。
四個のみかんが重ねられたそれを両手で支え、微調整して、そいつはこわごわ手を離した。二人揃って、不安定なみかんを見つめる。一、二、三。
「……ね、いけたでしょ」
こちらを見た親友は、とても得意げな顔をしていた。普段ならムカつくその表情も、こんなのを見せられちゃあ、素直に凄いと思えた。
「大したもんだ。もう、俺の負けで良いぜ」
「良いの?」
「俺は親友と違って器用じゃないんでね」
吸い終えた煙草を携帯灰皿へ入れて、俺は鞄から、まだ封を開けていない煙草を一箱取り出し、そいつに向けて放り投げた。それをキャッチして嬉しそうな顔をする親友は歳相応に見えて、そういやこいつ二個も年下だっけな、と思い出した。
と、積まれたみかんがぐらりと揺れて、そのままそこら中に散らばった。遠くへ転がりそうなみかんを一個、慌てて拾って親友に渡そうとしたが、受け取りを拒否されてしまった。
「一個あげるよ。煙草のお礼」
「なんだそりゃ……罰ゲームってやつじゃねェのかよ」
「良いの」
珍しく上機嫌で、親友は煙草を仕舞い、床に散ったみかんをかき集め、物凄い勢いで食べ始めた。そういや、デザートだったっけな。俺も貰ったみかんを剥いて、一房ずつ口に運ぶ。甘酸っぱい匂い。こたつで食いてえな。冷たい風が吹く屋上で食うには、こいつは冷たすぎる。
俺がみかん一つを食べ終わる頃には、そいつは早々と残りのみかんを食い尽くし、貰った煙草で早速一服し始めていた。早すぎだろ。
みかんはたちまち食べつくしている癖に、俺から貰った煙草を、妙にじっくり味わっているのがなんだか可笑しくて、笑いを堪えながら、俺ももう一本、煙草に火を点けた。
終わり
wrote:2016-02-21