危険な甘味
テーブルの上に、見たこともない甘味が乗せられていたら、そりゃあ食べたくなるに決まってる。
今日は昼過ぎには食材が底をつき、早々に閉店と相成った訳だが、それを良いことにあの変態料理人は新メニューを作るとかなんとか言い出した。仕事熱心なこって。それに付き合わされた俺と相棒は、必要な食材を買ってくるようにと言われ、仲良く買い物に出た訳だが、何も制服を着たまま買いに行かなくても良いだろう。解せねえ。
ともかく、どうにか周囲の生温い視線をかいくぐって、指定された食材を買って店に戻ると、そこには何故か誰もいなかった。
「どこか出かけたのかな」
「留守にして出るか? 普通」
買ってきた食材を厨房に置いて、店のあちこちを見てまわったが、誰もいない。厨房も客席も、更衣室も、洗面所も、もぬけの殻だった。
「何かあったのかなあ」
「……さあな。とりあえず、散々歩き回って疲れたし、少し休もうぜ」
「うん」
そう言って相棒を適当に座らせ、こっそり買ってきていたホタポタを取りに厨房に向かうと、見慣れない箱が置いてあった。さっきは気付かなかったが、何が入ってるんだろう。
「……お菓子か」
貰い物か何かだろうか。箱を開けると、甘い匂いが漂ってきた。見た目はケーキっぽい感じだが、ほんのりとホタポタの香りがする。狐色に焼き上げられた生地に、色とりどりの果物が見え隠れしていた。うまそうじゃねェか。ま、いらん労働までさせられた訳だし、ちょうど良い。相棒といただいてしまおう。
やかんを沸かしている間、縦長のケーキを切って、二つの皿の上に乗せた。紅茶が合いそうだな。こういう、食に関する無駄な知識が増えてしまったのはなんだか癪だが、相棒を甘やかす手段が増えたのは良かったかも知れないとも思う。まあ、俺も食うのは好きだし、趣味と実益を兼ねて、と思えなくもない。
「わ、何それ」
「なんか厨房にあったからよ、こっそり食っちまおうぜ」
盆にケーキと紅茶を二人分乗せて持っていくと、相棒は目を丸くした。俺がこういうちゃんとしたティーセットを持ってくるとは思わなかったらしい。俺は得意げに盆をテーブルに置き、相棒の向かいに腰を下ろした。
「ありがと、ギグ」
「いーってことよ」
相棒の喜ぶ顔が見られるなら、これくらいなんてことないぜ。恥ずかしいから言わないけどな。可愛い顔で嬉しそうにケーキを頬張る相棒を見つめながら、俺も珍しいケーキの味を楽しんだ。ホタポタの香りと、生地に混ぜられた果物がまた良い感じのアクセントになって、飽きがこない。俺も相棒ももう一切れずつ食べることにしたくらい、うまかった。今度出す新作のデザートか何かだったんだろうか。
二人で仲良くケーキを食べ、お茶を飲んで、そうしているうちに、俺も相棒も、なんだか眠くなってきた。そんなに疲れてたとは思わなかったが、お互い、テーブルに突っ伏していつの間にか寝てしまっていた。
「……ん」
目を覚ますと、そこは客席のどこでもなかった。薄暗い灯りしかない、狭く、コンクリート打ちっぱなしの冷たい部屋。ここは一体どこなんだ。
「って、何だコレ……」
後ろ手に縛られ、足を大きく開かされた体勢で固定されている。尻が痛くなるほど固いベッドの上に座らされているし、何がどうしてこうなった。相棒はどこだ。横を見ると、俺と同じ体勢にさせられている相棒が目に入った。
「おい、相棒! 起きろ!」
俯いて、まだ目を覚まさないでいる相棒にそう呼びかける。それでも相棒は目覚めなかった。呼吸はしているようだが、これは……。
「お目覚めですか」
部屋に入ってきたのは、恐らく犯人だろう、変態料理人。絶対薬の一つでも盛って、俺達に良いようにいやらしいことをしようと、罠にかけやがったな。
「てめェ、俺たちに何しやがった!」
リタリーは、部屋に置いてあった椅子に腰かけると、俺を見て一つため息をついた。
「それはこちらの台詞ですよ。貴方達、あのケーキを食べたでしょう」
「あれに一服盛っただろ、てめェ」
「まあ、軽い睡眠薬は入ってましたけどね」
「やっぱりてめェのせいじゃねェか」
変に眠くなった時、おかしいとは思っていた。疑いもなく食べたのは不用意過ぎたか。失敗した。
ぎろりとリタリーを睨みつけるが、リタリーは何処吹く風で不機嫌そうな顔で肩をすくめる。
「最後まで聞いてくださいよ。あれは人に頼まれて作ったんです。何に使うんだかは知りませんけどね。それを貴方達が勝手に食べただけの話です。大変だったんですよ、作り直すの」
「で? それがなんで俺達が縛られてるのに繋がるんだよ」
「おしおきですよ、当然でしょう」
「はあ?」
リタリーはようやく笑った。だがそれは、悪いことを企んでいる、そんな、不穏な笑み。椅子から立ち上がり、ベッドの上の俺を見下ろす。
「無断でお菓子を食べた上に、私に面倒をかけさせたおしおきです」
「はッ、この程度の拘束、解けないとでも思ってんのかよ」
「残念。もう一服盛ってありますから、あと三時間は身体の自由はききませんよ」
こいつは、俺に暴れられたら敵わないことを知っている。あからさまに薬を盛るのも難しい。だからこそ、今回のような展開は、それこそ千載一遇のチャンスって訳か。下種め。ニヤリと笑うリタリーに、努めて低い声で凄む。
「……てめェ、変態が」
「なんとでも言ってください。せっかくの機会ですし、貴方も可愛がってあげますよ」
だが、子供の声じゃ大した効果はない。リタリーは涼しい風に頬を撫でられた程度にしか思っていないだろう。ベッドの上に腰を下ろしたリタリーは、露わになった俺の大腿を、いやらしい手つきで撫で始めた。
「……ッ! やめろ、触んじゃねェ……ッ!」
「ふふ、ついでなので、下着も履かせてみたんですが、いかがです?」
「……てめェ」
異様な状態に、気にかける暇もなかったが、確かに妙な圧迫感は感じていた。こいつの趣味は異常で、女物の下着を、相棒くらいの少年に履かせるのが興奮するらしい。変態だ。その変態趣味に染められてしまった相棒も、普段から可愛らしかったり、いやらしかったりする下着を履かされては、恥ずかしそうな顔をしていた。完全に嫌がっている訳じゃないのが癪なのだが、こいつは俺にもあんな馬鹿らしいものを履かせたって言うのかよ。
「ほら、見てください。可愛いでしょう?」
そう言って、俺のスカートを楽しげにめくるリタリー。スカートの下には、白とピンクのレースで装飾された、まあ、こいつ基準で言ったら可愛らしい下着があった。こんな女物の下着に包まれる程度の大きさしか無い自分の得物が情けなくなるが、とりあえず、こんなんで興奮するあたり、こいつはやっぱり変態だ。
「……馬鹿馬鹿しい。とっととこれ、外せよ」
「おやおや、せっかく似合ってるんですから、そんなこと言わないでくださいよ」
リタリーはそう言いながら、下着に包まれたそれに、そっと指を這わせた。相棒以外に触られたく無いってのに!
「……触んな、って、言ってんだろ」
「それは無理な相談ですね。おしおき、って言ったでしょう?」
リタリーは余程楽しいらしい。肝心なそこには触らずに、大きく開かされた足をあちこち触っては反応を楽しんでいる。
「貴方達はいつも二人でお楽しみですし……たまには私も混ぜてくれたって良いじゃあありませんか」
「馬鹿、言ってんじゃねェよ……相棒に指一本でも触れてみろ、絶対殺すからな」
「……もう大分触ってしまいましたけどね」
「殺す、絶対殺す」
「はいはい。すぐそんな気が起きないように、気持ち良くして差し上げますよ」
内股に吸い付かれ、徐々に力が抜けていくのが自分でもわかったが、ここで陥落する訳にはいかなかった。とは言っても、中心に触られていないのに、すでにこんな状態とあっては、どれだけ保つのかわからない。相棒が起きたら、こんな情けない姿を見せることになる。せめて、これが終わるまでは眠っていて欲しい。嫌だ。
「……ギグ。貴方も、本当に可愛らしいですよ」
「嬉しくねェ……」
どうしてこんな変態に良いようにされなきゃならねェんだ。この馬鹿げたおしおきが終わったら、どうにかして相棒をここから連れ出して、二人きりで暮らそう。俺はそう決意して、リタリーのいやらしい笑みを見ないように、そっと目を閉じた。
続かない
wrote:2015-08-02