供える資格

オウビスカ城の一室。かつては重役らしい人物が過ごしていただろう豪勢な部屋で、ロドはある人物が死んだという話を聞いて以来、大量の酒瓶と煙草を持ち込んで、一人きりで過ごしていた。世界を滅茶苦茶にするためのあれこれに、手を回す気にもならない。

いずれこうなるだろうことはわかっていたはずなのに、いざそれを知ってみれば、鬱々として死にたくなって来る。こんなこと、しなきゃ良かった。いや、元を辿れば、どこから壊れ始めたのかなんて、もうわからないのだが。

本当に手に入れたかったものを手に入れられないと諦めるや否や、全部壊れてしまえば良いと開き直って……それを叶えてくれるだろう存在を唆して。その癖、本当に手に入れたかったものが、喰世王の手で壊されてしまったとなれば、それはそれで悲しくなって。馬鹿じゃねェのか。そんな感情、忘れた振りして生きてたはずなのに。

とんとん、と部屋のドアがノックされた。無視を決め込んで、ベッドの縁に座ったまま、酒瓶を煽る。溶けるような熱さが喉を焼き、頭がぐらりと揺らぐ。誰も入って来るなと言ったはずだがな。ドアの前に立たせているはずの見張りは何をやっているんだか。

ドンドン、と、徐々に強くなっていくノックの音は、今やドアを蹴破らんまでに大きくなっている。いい加減に苛々して、ドアに向けて、中身が半分程になっている酒瓶を投げつけた。ガシャン、甲高い破裂音とガラスが散らばる音が部屋中に響く。撒き散らされた酒瓶の中身が、臙脂色のカーペットにさらに濃い染みを作った。

これでやかましいノックの音も止むだろう。そう思ってもう一本、酒瓶に手を伸ばした時。ドアそのものが、部屋の中へと倒れこんで来た。外にいた誰かが、ドアをいよいよ蹴破ったのだ。そんなことをするようなヒトは、こいつくらいしかいない。

「……なんだ、いるんなら、返事くらいしたら」

「親友さんか。悪ィが機嫌が悪くてね。しばらく一人にしちゃくれねェかい」

逆らったらまずい相手だとはわかっているものの、気に入りの部屋のドアを壊されて、不機嫌さは隠せなかった。腰に仕込んであるナイフに手をかけて、いざという時は投げつけられるようにさえした。

「ああ、大丈夫だよ。すぐに出て行くから」

喰世王はそう言って、右手を背中に隠したまま、ロドの側へと歩み寄った。訝しげな視線をぶつけてくるロドなんてどうでも良いとばかりに、喰世王は右手を差し出した。その手には、やや崩れかけた白い花束が握られている。ところどころが血に濡れて、お世辞にもヒトに捧げるものではない見た目だった。

「……何の真似だ、これは」

「ヒトが死んだ時は、花を供えるものなんでしょ」

ロドの大事なヒトが死んだ、って聞いたからさ。そう言って、喰世王は笑った。馬鹿にしやがって。誰が殺したと思ってやがる。それに、こんなもの――俺に持ってきたところで、どうなるって言うんだよ。花なんて、俺もお前も、供える資格なんて、有りはしないってのに。

ロドはその差し出された花束を乱暴に奪い取ると、床に叩きつけ、自分の蹄でぐちゃぐちゃに踏み潰した。バラバラになっていく花びら。広がっていく甘い花の香り。それを見て、喰世王はけらけらと笑った。

終わり

wrote:2016-08-21