少年の幸せ

二人きりで過ごすための、小さな家。陰鬱な森の中、こんなところで神様が交わっているだなんて、誰も想像しないだろう。

肩まで伸びた半端な髪を揺らしながら、蕩けた顔でオレの上に跨がって、いやらしく腰を振る少年は、リタリーから奪い取った相棒そのものだ。華奢な体躯を紅潮させて、切なそうにオレの名前を呼ぶ。幼い癖にしっかりと主張して涎を垂らすそこに触れると、高い声を上げて白い精を吐き出した。それでもこちらが達するまで、半分意識を飛ばしながらも、腰を動かすのは止めない。

こいつはもう、オレを悦ばせることしか頭にないのだった。そしてそれだけが、こいつにとっての幸せになっている。かつてこいつを抱いていた男のことも、優しくされた記憶も、もう全部、無くしてしまったのだ。

あの男も意地を張らなければ、今頃もっとまともな結末を迎えられただろう。あいつが必死に守ろうとしていた、抜け殻のような相棒は、今となってはご覧の通り、オレだけのものになっている。

リタリーの手元にいた時のように、相棒が呆けたようになってしまっていたのは、別にあいつのせいではなかったのに。馬鹿な男だ。

オレが相棒を唆して、あんなことをさせていたのに、大した理由はない。最初は本当に、からかってやるだけのつもりだった。そのうち、初心すぎる反応が面白くなり、後ろの方まで弄らせて楽しんでいた訳だが、本当にただの遊びのつもりだったのだ。

その目的が変わったのは、相棒が旅をしている仲間と余り仲が良くなく、頼れるのがリタリーくらいしかいないらしいと気付いてから。

正直言って、こいつらの旅の内容なんぞには大して興味も無かったのだが、なんとなく相棒の考えていることがわかる程度には融合も進んで、勝手に思考が流れ込んで来るとあっては、無理にでも外側の状況を理解出来てしまう訳で。

相棒がしょっちゅう怪我をして、その度にリタリーに治してもらい、二言三言話をしているうちに、自分に優しくしてくれるリタリーはいい人だ、好きだ、と、そう思うようになってきたらしい。可愛らしいことだ。別に本当に好意を抱いているかどうかに関わらず、義務感だの同情だので、大人って生き物はいくらでも優しく出来るもんだろうに。人を疑うことを知らない子供だからそう思うのだろう。

だったら、その子供らしい純粋な痒い感情をぶち壊して遊んでやろう。そう決めた。自暴自棄になってくれれば、早く体をいただけるだろうし、良いことづくめだと、そう考えてもいた。

いつバレてもおかしくないような場所で、相棒に一人で慰めることを強要してやれば、他の連中はともかく、リタリーは絶対に気付くはずだ。そして、こんなことを見過ごせる程、リタリーは薄情ではない。相棒自身を餌にして、釣り上げてやろうと思った。

思ったより遅かったが、うまいことリタリーは相棒を諌めにやってきた。相棒は青い顔で固まっていたが、オレは笑いを堪えるのに必死だった。こんなところを見られていたとあっては、死にたくなるに決まってる。

リタリーが相棒をどう思っているかは知らなかったが、本当に好きだったとしても、そうでなかったとしても、特に問題はないと思っていた。どちらにしても、相棒が傷つく結末になるということはわかっていたから。

実際のところ、リタリーは本当に相棒のことを好いていたらしい。この団結力に欠けたメンバーの中で、唯一本当にまともな味方だったのか、こいつ。少し驚きもしたけれど、それでも目の前のいやらしい相棒を見て、手を出さずにいられない程度には、悪い大人だったのは好都合だった。

相棒がどれくらいいやらしく仕上がったのか、確認してみたい。そういう思惑も無くはなかったし、リタリーは妙に慣れた手つきで相棒を蕩かして、きゃんきゃん鳴かしてやっていたので、面白かった。今感覚共有したら凄いんだろう。こいつに擬似的に抱かれるなんて、絶対しないがな。

相棒の反応自体は凄かったが、その心境は酷かった。好きだった相手に自分の卑猥な姿を見られてしまったことはもちろんだが、信じていたリタリーに裏切られた悲しさがその思考の大半を占めていた。そして、ほんの少しだけ、リタリーを信じたい気持ちが残っている。いっそそんな希望を残さずに恨んだ方が、精神衛生上マシなんじゃないかと思うのだが。

失神するまで可愛がって、ようやく相棒を開放したリタリーに声をかけると、異様なくらい低い声で返事をされた。声だけじゃわからないが、きっと酷い表情をしているのだろう。笑えるな。オレの悪巧みは双方にとって、やり過ぎなくらい効果的な結果になったらしい。

結局、あいつは相棒に酷くのめり込んで、夜毎相棒の体を愛でるのに忙しくなっていった。あいつが相棒を抱けば抱くほど、相棒はこいつを嫌悪していく。それをわかっていて手を出し続けるのだから、救いようがない。一度だけの過ちにしておけば、まだ良かったのに。

相棒の体を良いようにしているリタリーと、それに応じていやらしく反応する相棒を、幾度も幾度も見せつけられて。オレが何を思っていたかと言えば、滑稽だ、それだけだった。互いに好き合っている二人が、互いを傷つけ合う行為に没頭して。本当はこんなことをしなくても、こいつらは互いに良好な関係を築けていたはずなのに。それが、オレのせいでこうなった。放っておけば、もっと円満な形で二人は通じ合えただろうにな。

たまに行為の最中にちょっかいをかけたりもしつつ、基本的に冷めた目で二人を見ていたオレだったが、ある時、相棒と二人きりの時に、こっそりと話しかけたことがある。相棒の考えていることは、ほとんど理解しているつもりだったが、それを踏まえてちょっとからかってやろうと思ったのだった。

「おい相棒、リタリーとするのが随分気に入ったみたいだな」

「……そんな訳ない」

「はあ? あれだけ悦んでおいて、嘘つくんじゃあねェよ」

「……ギグが、ギグが悪いんでしょ。おれにあんなことさせてたから……だからこんなことになったのに」

「俺のせいにしてんじゃねェよ、嫌なら拒否したらいい話だろ。あいつなら嫌だって言ったらやめてくれんじゃねェか?」

「……」

「ま、そうなったらまた俺がお前にいやらしい事させるだけだけどな」

「……ギグは、なんでそんな事させるの」

「面白ェからだよ、前にも言っただろ」

「……わからないよ、どうして好きでもない相手にそんなこと出来るの」

最後にそう呟いて、相棒はそれっきり黙ってしまった。

相棒は終止震えた声で話していたが、好きでもない相手、その言葉が妙に頭に残った。俺は別に、相棒のことなんて好きでもなんでもなかったはずだ。わかりきっていたことを言われた、それだけのことなのに、なんでその言葉がこびりついて離れないのか。わからない。まるで、予想外のことを口にされたみたいで、気に食わない。

それからだった。相棒がリタリーに抱かれているのを見る度に、何とも言えず苛立ってしまうようになったのは。こいつのことなんて、ただの面白い玩具くらいにしか思っていなかったはずなのに。甘い声を上げる相棒に、壊れそうな美しいものに触れるように愛撫するリタリーに、どうしようもなく腹が立った。体さえあれば、こいつらを八つ裂きにしてやっていただろう。こいつらが何を思って行為に及んでいるのかは別として、その行為自体は恋人同士が睦み合っているのと何ら変わりない。それを楽しめるほど、オレの心は広くなくなっていた。

好きでもなんでもないはずなのに、オレは相棒のことを独占したいらしい。だが、体がない状態では、それもままならない。そして、相棒の体を乗っ取ってしまったら、相棒自身が消滅してしまう。八方塞がりの状況に、オレはますます機嫌を悪くした。

どうしてこんなガキを。そう思いもしたけれど、その理由に大した意味はないだろう。オレが相棒に卑猥なことをさせて楽しもうと思ったのと同じように。

この感情を、ゴミむし共が口にするような痒い言葉に置き換えるのは、絶対に認められない。似たようなものだったとしても、だ。

もう一つの世界で、相棒は酷くショックを受けていた。その世界の人間たちを見て、自分自身が量産されたような見た目の、取り換えがきく部品のような存在だと思ってしまったのと、自分が本当は人間ではなかったことを知って。オレは、落胆する相棒を慰めるとか、そういう面倒なことは苦手な質だ。でも、何かしら声をかけてやらなくてはと思った。

それなのに、相棒があの男に、自分がちゃんとわかるかと声をかけたから。全部、徹底的に壊してやらなければならないと、そう思った。相棒が一番欲しがっていた言葉を、一番最初にかけてやったのは、オレではなくリタリーだった。随分久しぶりに相棒を笑わせたのも、この男。許せない。相棒は、オレのものだ。お前なんかが、こいつを独占するのは、絶対に許さない。

だから、ガジルを倒すために相棒と分かれた時、オレは二つ、細工をした。相棒の喰らう者としての力を残したことと、相棒の魂の一部をいただいたこと。

喰らう者として生きていれば、成長することも、老化することもない。そして、一部とはいえ魂を無理に奪われてしまえば、ただ生きているだけの人形のように、まともな思考も、反応も見せなくなってしまうはずだ。そして、ガジルを倒すためという大義名分があれば、おかしくなった相棒に対して、誰も不信感は抱かない。

どうせ転生出来るのだから、ガジルと相打ちになっても問題はない。むしろ、オレがいない期間があったほうが都合が良かった。傍目には正気でなくなってしまったように映る相棒を、リタリーなら甲斐甲斐しく世話をするだろう。そして、おそらくは自分のせいでこうなったと、そう思うだろう。そうでなくても、自分の無力さを痛感して、オレに縋るより仕方がないと気付くはずだ。そして、疲れ切った顔で相棒をオレに差し出す、そういう寸法だった。

だから、こいつがオレに相棒を大人しく渡さないことだけは、予想外だった。

半年ぶりに会ったリタリーは、元々華奢な体だったのに随分と痩せたように見えた。顔色も悪い。随分と、相棒のことで苦悩しているらしい。

それでも、オレの姿を見て、オレが何者かを察したらしいリタリーは、険しい顔で身構えた。そんなに、そいつが大事かよ。いくら優しくしようが反応しない、世話のし甲斐のない人形が。馬鹿じゃねェのか?

「何の、用ですか」

「……返してもらおうと思ってよ」

返す気が無いとは思えないが、そうでなければ、いつでも殺す準備は出来ていた。

「彼は貴方のものではないでしょう」

「あれは、オレのもんだ。お前には渡さねえ」

わざわざ死んでまで手に入れようとするあたり、自分でも呆れるがな。お前にはあいつのために死ぬなんて出来やしないだろう。お前なんかよりずっと、オレの方があいつを手にするのに相応しいってもんだろ。

「……随分と、彼を気に入ったのですね」

「気に入った? ハッ、そんな低俗な言葉を使ってんじゃねェよ」

好きだのなんだの、ゴミむしの尺度で考えやがって。お前も所詮はその程度だったのか。その程度の気持ちで、オレが相棒を奪いに来ると思ってるのかよ。

「あれは、オレの一部だったものだ。オレの手元にあるのが正しいんだよ」

リタリーの目の前に爪を突き付けて凄んでやる。事なかれ主義のお前なら、この程度で身を引くだろう。そう思ったのだが。

「……勝手な言い分ですね」

こいつはどうやら、丸腰の療術師の癖に、オレを殺そうとしているらしい。突き付けられた爪には目もくれず、こいつはオレの顔を見据えている。やめとけよ。殺しに来た相手に慈悲をかける程、オレはお人好しじゃあないんだぜ。原型を止めないくらいバラバラにしてやるのは嫌いじゃないが、あいつが正気に戻った後、泣きつかれるのは御免だ。諦めてオレにあいつを寄越せば良いものを。

「お前には過ぎたおもちゃだろ」

「……そうかも知れませんね」

リタリーは自嘲するように笑った。相棒がどんな状態か、こいつが相棒をどう扱っているのか、オレは全部知っている。罪滅ぼしか何か知らないが、相棒に手を出さずに、ただ只管に優しく世話をする。本当にそれだけ。正気じゃないのだから、いつも通りに甚振ってやれば良いものを。それをわかっていて、わざと煽ってやる。

「それに、もう随分と楽しんだんじゃねェか?」

「……まだ、足りませんね」

こいつ、言い返さないのか。少しだけ驚きながら、こいつがそのつもりなら、その虚勢に付き合ってやろうという気になった。

「ふん、半年もありゃあ十分だろ」

「一生かかっても、足りやしませんよ」

不遜な態度を崩さないリタリーを見て、ようやく気付く。ああそうか、こいつは、オレに殺して欲しいのか。その為に、こんな下らない問答で、オレをわざと怒らせようってか。馬鹿が。神様を自殺に利用しようだなんて、良い度胸じゃねェか。

リタリーはニヤリと笑い、両手を上げて、玄関を塞いだ。

「彼が欲しいのなら、力づくで奪ったらいかがです? 私は絶対に、ここをどきませんから」

降伏しながら殺してくれと言うなんて、そんな無駄な抵抗をするなんて、お前らしくねェ。だが、段々とお前のことが嫌いじゃなくなってきた。一思いに殺してやるから、そのまま最期まで笑ってろよ。

部屋の奥、薄暗いリビングに、あいつがいた。随分と伸びた髪。壊れた人形のように、ただ黙ってソファに座っている。オレとリタリーの静かな口論にも、こいつは反応しなかったな。思い通りの反応とは言え、リタリーが哀れに思えてくる。

相棒の前に立つと、相棒は緩慢な動きでオレを見上げた。焦点の定まらない目で、オレを探している。相棒を抱きかかえ、ようやくこの手に触れられたこいつの体の重さに、思わず頬が緩んだ。こんなに軽かったのか。オレの腕に体を預けたこいつが、余りに儚くて可愛らしくて、このまま目覚めさせてやりたくなる。だが、それはまだ早い。そこに転がっているリタリーの死体を、こいつに見せる訳にはいかないから。

玄関までこいつを抱きかかえたまま歩くと、血溜まりの中、薄笑いを浮かべたリタリーの顔が目に入った。幸せそうな顔で死にやがって。オレがまともな死神みたいじゃねェかよ。

黄昏色の空に向けて羽を広げる。さて、何処に身を隠そうか。誰もやって来ないような場所が良い。ああ、あの森が良いな。この平和なご時世、誰も好んで足を踏み入れようとは思わないだろう。あそこで目を覚ますだなんて、まるで何処かのお伽話みてェだな。阿呆らしくて良い。

迷いの森の奥深くにやって来たオレは、相棒をそっと地面に下ろした。こんな鬱蒼とした場所で目覚めさせるのは気が引ける。そこら中の木を寄せ集め、適当に家らしいものを建ててやる。ここにずっと閉じ込めて、オレだけしか見られなくしてやろうと、そう決めた。

立派な城とはとても言えないが、二人きりで閉じこもるには十分な家。オレにとって必要なものと言えば寝室くらいだが、相棒が気にするだろうと思い、風呂と台所くらいは作ってやった。相棒を抱きかかえ、出来上がったばかりの家に足を踏み入れる。まっすぐ寝室へ向かい、新品のベッドの上に相棒を寝かせた。さて、お目覚めの時間だぜ、相棒。

月明かりが照らす寝室で、薄く柔らかい唇に自分のそれを、そっと重ねる。これじゃあまるで、本当にお伽話だ。王子様の優しいキスで目覚める、眠りの森のお姫様、なんてな。馬鹿馬鹿しい。

重なった唇から、ずっと預かっていたものを戻してやり、唇を離した。暗く濁った目に光が戻る。相棒はオレをしっかりと視認すると、体を起こして口を開いた。

「ギグ、なの」

「ああ、久しぶりだな、相棒」

聞き慣れたはずの声が、心地良く耳に響いた。ベッドの縁に腰を下ろして、相棒の髪を撫でる。綺麗に手入れされて、さらさらと指を滑っていく。

「……ここ、どこ」

「さァな。でも、そんなこと、もう気にする必要はないんだぜ」

「……?」

頬から首筋へ、優しく肌を撫でる。すべすべで、柔らかい。何処もかしこも、綺麗に整えられている。服のボタンを外して、前を寛げる。華奢過ぎる程の体躯が露わになり、白い肌が月明かりを反射した。これがいよいよ、オレだけのものになるのかと思うと、どこまでも満たされた気分になる。ずっと、この手にしたかったものを、ようやく貪り尽くすことが出来るんだ。

その嬉しさに、思わず相棒の額にキスをした。相棒は、不思議そうな顔でオレを見つめている。オレは諭すように、努めて優しく、相棒に言った。

「お前はもう、ここで、ずっと……オレと一緒に暮らすんだ」

「……そう、なの?」

相棒は、わかっているのかいないのか、良くわからないきょとんとした顔で聞き返す。嫌だとも、嬉しいとも言わない。でも、それで良い。相棒はオレにされるがまま、服を剥ぎ取られていく。

「ああ、もう嫌なことも、辛いことも、何もない」

下着ごとズボンをずりおろして、一糸まとわぬ姿にしてやっても、相棒は抵抗しなかった。相棒の体をベッドに横たわらせて、優しく覆いかぶさる。頭から爪先まで、染み一つない、綺麗な体。触れたところが無くなるくらい、丁寧に触って、口付けてやりたくなった。

「オレが、相棒のことを幸せにしてやるからな」

「ん……」

もう一度、相棒にキスをする。柔らかい唇の間を舌で割って、温かい口内に侵入した。もっともっとと、オレは相棒の舌を、歯を、はしたない音を立てながら堪能する。荒く甘い吐息が漏れ始め、小さな性器が固くなってくると、オレは嬉しくなって、更にきつく舌を吸い上げた。

はじめから、相棒から奪ったものをそのまま戻してやろうとは思っていなかった。良いことよりも、嫌なことが多かった旅だったから、忘れた方が幸せなこともたくさんあるだろう。とは言え、全部忘れられては困る。オレのこと、旅の記憶、その辺は覚えていて貰わなければ。だから、こいつにとってこの先必要のないものだけを壊してから、元に戻してやろうと決めていた。それなのに。

転生する直前、オレは暗がりの中で、相棒から奪ったものを辿った。

記憶の大半と、心に相当するものを含んだそれは、どろどろに黒く淀んでいた。その中で唯一残った綺麗な思い出が、ガジル界で言われたリタリーのあの言葉。あれがなかったら、きっと相棒は壊れてしまって、オレに体を奪われていたに違いない。

信じたくないが、それを否定しようがなかった。だって、これは相棒の記憶そのものなのだから。

――あんなに酷くされておいて、どうしてまだあいつを信じられるんだ。オレじゃなくて、あいつを。いや、オレじゃなくて、あいつだからか。

気がつけば、相棒から奪ったものは、オレの手の中でぐちゃぐちゃに握りつぶされていた。

僅かに残った欠片を寄せ集めて出来上がったのは、ただオレのことが好きなだけの、歪まされた心だけ。旅の記憶は断片的にしか残っておらず、思い出そうとしても思い出せないだろう。当然、オレとリタリーが相棒にしていたことも、元の記憶に残されていた綺麗な思い出も、もう、辿ることは出来ない。

これはもう、相棒と呼べるものじゃなくなっているのかも知れない。でも、この方がこいつにとって幸せな気もした。もしオレが細工をせずに元の世界に戻っても、こいつはいずれ壊れてしまっていたような気がする。それならいっそ、全て忘れて、オレだけを見て、オレのことだけ考えて生きていられたほうが、ずっと幸せなんじゃないか。いや、そうに決まっている。

汗や互いの体液で全身をしっとりと濡らした相棒を抱きしめて、オレは尋ねた。

「なあ相棒、オレのこと、好きか?」

「うん、好きだよ。ギグ」

何のためらいもなく返される言葉。本心からそう思っているのだろう。オレにだけ向けられる金の瞳は、信頼と愛情に満たされて、穏やかに光っている。

「……相棒、今、幸せかよ」

「うん。どうしてそんなこと聞くの?」

ギグといられれば、おれは幸せだよ。そうだって、ギグは言ったよね。相棒は薄く笑ってそう言った。

嘘をついている訳ではない。そうだと教えられ、そう信じ込んでいる。それだけの話だ。事実、相棒はもう、泣いたりしない。辛そうな顔もしない。誰かの心ない言葉に傷つくこともない。だけど、本当にこれで良かったのだろうか。

オレの体に猫のように擦り寄って、だからもっとしてよ、と、相棒は言う。恥じらいも無くして、オレに愛されることばかりを求めるこいつは、そもそも幸せってものが何なのか、わかっているのだろうか。そんなもの、オレだって答えられやしないのだが。その癖に、こいつを幸せにしてやるだなんて、良く言えたもんだな。まあ良い。お互いこの有様じゃあ、そんな定義なんて意味を為さないのだから。

わざわざ死んで、転生してまで手に入れたかったものも、この手の中にある。それと一緒に、きっとお互い幸せに暮らしている。オレにとってはそれで良い。それで、良いはずなんだ。

言いようのない違和感を払拭したくて、オレの腹に舌を這わせる相棒の手を引いて、ベッドに押し付けた。可愛らしく高い声で鳴く相棒に、オレはもう一度、問いかけた。

「なあ相棒、お前、本当に幸せだよな?」

決まりきった肯定の返事を聞く前に、オレは相棒の緩んだ後孔を貫いた。

終わり