私色に染めたい
「……前から思ってたんだけど、何でそんな格好なの」
「似合いませんか?」
リタリーと一緒に閉店後の後片付けをしながら、前々から疑問に思っていたことをたずねてみた。というか、お店を開く前に衣装を決めようと話したときにも聞いたけど、なんだかんだではぐらかされ、いつの間にか自分もメイド服を着せられそうになってしまい、どうにか拒否するのに精一杯だったので、まともな理由は聞けてない。
リタリーは洗い物をする手を止めて、俺を見た。うーん、シルエットは確かに女の子なんだけど、身長と声を聞くと完全に男のそれだから、似合ってるには似合ってるんだけど、なんというか、色々と倒錯してるなあ。
「いや、似合ってるけど……っていうか、メイド服着ながら料理するの危なくない?」
あの戦いの時も、リタリーは割とひらひらした服を着てはいたけど、あの服のほうがよっぽど料理長らしい気がする。まあ、その服を料理長っぽく仕立て直した服を今俺が着てるんだけど。というか、そのおかげでお客さんにしょっちゅう俺のほうが料理長だって勘違いされてしまって説明に困る。俺はただのウエイターなんだけどね。
「可愛いから良いんですよ、というか、私としては貴方にこれを着て欲しいんですけどね」
「絶対おかしいって! 俺はこのままで良いよ」
そして案の定そういう展開になるのか。絶対着たくない。っていうか似合わないだろ。リタリーは線が細いからそれなりに似合ってるけど、俺は普通に成年男子らしい体つきだし、正直ぱっつんぱっつんで似合わないと思う。髪は伸ばしてるけど。
「……一度だけで良いから、着てみてくれませんか」
「えー……」
急にしおらしく言われると、まあ一度だけなら……という気になってしまうのが悔しい。
「もう皆帰ってしまいましたし、明日はお休みですし」
確かに、灯りがついているのは厨房だけで、あとは洗い物が終われば帰るだけ。ウエイトレスの皆はもう帰ってるし……って、あれ?
「明日がお休みなのは関係なくない?」
「……まあまあ、良いですから、ね?」
リタリーはいつの間にか服を脱ぎはじめているし……仕方ないなあ。
「わかったよ、一回だけね」
そう言ってしぶしぶ脱ぎ始めると、リタリーは嬉しそうに笑った。ああもう、成年男子二人が夜の厨房で服を脱いで、女装するなんて、本当にどうかしている。リタリーもそろそろ三十歳だし俺も二十歳なんだけど、なんかもう、変だよこれ。
「……着たけど」
「なかなか可愛いじゃないですか」
可愛い訳あるか!足元がスースーして変だし、たぶんブラウスとスカートのサイズが合ってない。ボタンがはじけとびそうとは言わないけど、相当苦しい。リタリーは俺が着替えている間に、俺が着ていた服をささっと身に着けてしまっている。普段からそれで仕事してれば良いのに。
「絶対似合ってないよこれ、色々サイズが合ってないしさ」
「それが良いんですよ」
「……リタリーって変態さんなんだね」
「今更ですよ、今更」
確かに。というか、完全に昔から女装癖あったし、自分からメイド服着ちゃう時点で変態だ。前に女みたいな名前を気にしてるって言って無かったっけ。絶対気にしてないよね。
「こうするともっと可愛いですよ」
「え、あ、ちょっと……」
リタリーは俺の髪を結わえている紐を器用に解いた。どこからかもう一本紐を出して、手早く俺の髪をリタリーとお揃いの三つ編みにしてしまう。なんか情けなくなってきた。
「ほら、女の子みたいですよ」
「……怒るよ、リタリー」
「どうしてですか? こんなに可愛らしいのに」
「リタリーの趣味は理解できそうにないよ」
「それは残念です」
全然残念そうじゃない。というか、俺の話あんまり聞いてないよね。リタリーは俺の頭を撫でたり、そこかしこから俺を見て楽しそうにしている。ああもう、本当にリタリーは変態だった。ここまでされるとは思ってなかったよ。
「ねえ、もう脱いでも良いでしょ」
「駄目です」
「えー……なんでさ」
「言ったでしょう? 明日はお休みだって」
「え、それってどういう……」
変だと思ったけど、やっぱり何かたくらんでたってこと?リタリーは急に俺に歩み寄ってきた。ちょっと待って、ここ、お店なんだけど。
「こんなに可愛い貴方に、何もしないでおくなんてできませんよ」
「ちょ、ちょっと待って、さすがにそれは」
あっという間に壁際に追い込まれ、目の前にリタリーの顔が迫ってきて、肩に手が置かれて、そして。
「ん……」
キスされてしまった。こんな女の子の格好にされて。うわあああすごい変態っぽい。ていうか、変態だ。俺にはそんな趣味ないのに、こんなの変態だ。ああでも久しぶりに料理人ぽい格好のリタリーを見たけどカッコ良かったな。それはちょっと嬉しいかも。でもとりあえずこんなところではしたくないよ。
「……もう、駄目だよリタリー」
「何がですか?」
「色々だよ。こんな格好でするとか、ここお店だし……」
「じゃあ、その格好で家まで帰るなら、今は我慢してあげます」
「なっ……」
リタリーの調子に乗りすぎた発言に、俺は硬直した。いやいや、そんなの出来る訳ないじゃないか。こんな格好で外に出るなんて!今はまだ九時過ぎ。まだそれなりに人通りだってある。絶対いろんな人に見られるよ。普段リタリーだってあの格好で帰ったりしてない癖に!駄目だ。もう怒った。
「リタリーの馬鹿! もう知らな――」
「すいませーん、忘れものしちゃ……って、て、え?」
「あ」
リタリーを突き飛ばし、服を脱ごうとボタンに手をかけようとしたそのとき。帰ったはずのウエイトレスの女の子が一人、お店にやってきた。見られた。こんな恥ずかしい格好をしてるところを。リタリーと一緒に暮らしているとはいえ、普段物凄く常識人で通しているはずの俺が、リタリーのメイド服を着て三つ編みまでして、閉店後にリタリーといちゃついてるところを。違うんだ俺にはこんな趣味なんてない!
「いや、あの、これは」
ああでもとっさのことでうまく言葉にならない。これを仕掛けた張本人であるリタリーがどうにかフォローしてくれるとも思えない。
リタリーはその子が忘れたらしい髪飾りを忘れ物入れから取り出すと、これでしょう?と言って渡した。なんでそんなに平然としていられるんだ。これ、一応恋人のピンチなんだぞ。
「あ、あの……ごめんなさい……」
女の子は女の子で、一体何に謝ってるんだかわからない謝罪をして、そそくさと店を出て行ってしまった。ああ、終わった。完全に変態だと思われた。もうお店に行きたくないよ。里に帰ろうかな。
「えー……帰りましょうか」
「……着替えてもいい?」
「……ええ」
もう駄目だ。死にたい。残りの洗い物を片付けて、とぼとぼと家に帰る途中、俺は一言も口をきかなかった。
翌日お店が休みだったのは幸運だった。後でギグに愚痴りに行こう。ああでも、こんなことがあっても里に帰らずに一緒にいるあたり、俺って本当に心が広いよ。こんなにも恋人が変態でも、別れる気にならないもんなあ。
そんなんだから、一ヶ月後にまた女装させられるんだけど、それはまた別の話。
終わり
wrote:2014-11-23