心地良い罪悪

お店はお昼から夜までの営業なので、一緒にご飯を食べるのは朝と、休みの日くらいしかないのだけど、たまに休みの日の前の夜は、こっそりとリタリーが作ってくれた夜食を摘むことがある。お互いに疲れてるので、本当に気が向いたときしかやってくれないけど、俺のためだけに作ってくれていると思うと、すごく嬉しくなるのだった。基本的にお店ではランチセットと、夜は定食しか出していないので、リタリーのおつまみ風の一品料理を食べられるのは、二人でいるときだけの特権なのも嬉しい。お客さんから、夜お酒を出すダイニングバー風な感じでも営業して欲しいという要望はあるらしいけど、リタリーはずっと拒否している。メイド服が似合わないからです、なんて言ってたけど、本当だろうか。

今日も帰宅してから、リタリーが果物とチーズを合わせたサラダを作ってくれた。甘く熟れた果実と、淡白な味わいのチーズに、さっぱりとしたドレッシングとパセリがかけられていて、見た目も綺麗で爽やかだ。そして、さらに珍しく、リタリーが大きな保存瓶を出してきた。中には黄金色の液体と、ホタポタの実が揺れている。

「どうしたの、これ」

「ホタポタのお酒です」

「へえー……お酒にも出来るんだね」

ジャムにしたり、よくわからないけどおいしいおかずにしたりと、リタリーが色々と調理しているのは見ているけど、お酒にしているのは初めて見た。

「まあ、漬けておいただけなので、手間はかかっていませんが。そろそろ飲み頃なので出してみました」

「綺麗な色だね。それに良い匂いがする」

リタリーが瓶の蓋を開けると、ホタポタの甘い香りを濃くしたような、良い匂いが漂ってきた。

「飲んでみましょうか」

「えっ、俺、お酒飲んだことないよ」

そう言うと、リタリーは棚からグラスを二つ出して、テーブルに置いた。もう飲ます気だ。

「もう飲める歳でしょう、少しくらいなら平気ですよ」

「……そうかなあ」

誕生日がわからないから正確な歳はわからないけど、確かにリタリーの言うとおり、もう二十歳は過ぎていると思う。リタリーがたまに夜ブランデーを飲んでいるのを見たことはあったけど、とても自分で飲めそうな匂いじゃなかったんだよな。確かにこれは甘くて美味しそうな匂いだけど、大丈夫なのかな。

「ちょっと濃いですが、甘いから大丈夫ですよ」

リタリーがほんの少しだけ注いでくれたグラスを受け取る。確かに、良い匂い。でも、大丈夫かな。そっとグラスに口を近づける。濃いと言われたので、ほんの少しだけ口に含む。あ、甘い。ホタポタの匂いがする。美味しい。

「美味しいね、これ」

「それは良かった」

リタリーも自分の分をグラスに注いでいる。リタリーはグラスの半分くらいまで注いでいた。こんなに美味しいなら、俺もそれくらい飲めるかも。まあ、飲み干してから考えようかな。

「こちらもどうぞ。お酒に合わせて作ったので美味しいですよ、きっと」

「うん」

リタリーの言うとおり、さっぱりしたサラダはこのお酒に良く合った。良く合うということは、当然お酒も進む訳で……。

「まあ、こうなると思ってました」

「うー……ふわふわする」

リタリーから渡された水を一口飲む。頭がぼんやりして、自分が何をしているのか、うまく認識できてない感じだ。

「立てますか?」

「ん……なんとか」

リタリーに支えられながら、どうにか立ち上がる。足元はどうにかまだ大丈夫。でも気を抜くとよろけそうだ。リタリーも程良いところで止めてくれれば良いのに。

「とりあえず、ベッドまで頑張りましょうか」

「うん」

二階まで歩くの、大丈夫かな。階段で転んでしまわないか不安だったけど、後ろからリタリーに支えてもらったおかげで、どうにか階段を登りきり、ベッドの前までたどり着くことが出来た。安心したせいか、どうにか堪えていられたのはそこまでで、がくんと足から力が抜けて、ぼふっと布団の上につっぷしてしまう。あー、布団がひんやりしてて気持ち良い。

「ああもう、ほら、そんな変な格好で寝ないでください」

「んー、起こしてえ」

ごろんと仰向けになり、リタリーに向けて両手を広げる。リタリーは目を丸くして、俺の手を掴んだ。と同時に、俺がリタリーの手を引く。バランスを崩したリタリーは、そのまま俺の上に倒れこんできた。思ったより重くないのは、リタリーがうまいこと受身を取ってくれたおかげみたい。

「こら、酔いすぎですよ」

「だって、リタリーが飲ませるからでしょー」

「……こんな風に甘えてくるのは珍しいですねえ」

「へへ」

額を小突かれて窘められてるのに、今の俺には全然きいてない。そのままリタリーに抱きついて、触れるだけの軽いキスをすると、リタリーはさっきよりさらに驚いた顔をした。

「……誘ってるんですか?」

本当のことを言うと、今も、自分に誘ってるという自覚はない。さらに言うと、自分でもどうしたいのかよくわかってない。でも。

「ん……わかんないけど、もっとしたい……」

それがその先のことをしたいという意味なのか、もっとキスしたいという意味なのか、わざと誤魔化して、俺はリタリーにもう一度キスをした。そしてリタリーは前者の意味に受け取ったらしく、俺の口に深く舌を挿し込みながら、器用に服のボタンを外していった。

朝目が覚めると、ちゃんと布団をかぶってはいたけど、俺もリタリーも裸だったので硬直した。いや、覚えてる。覚えてるけど。

「うわー……」

上半身を起こすと、そこかしこに色々と跡が残っている。あー、そういえば残してってわざわざ強請った気がする。普段そんなこと絶対言わないのに。嘘だろ。どうしよう、首とかに残ってたら。いつも着てるシャツで誤魔化せるかな。

「ん……もう起きたんですか?」

「え、あ、うん」

「まだ起きるのには早いでしょう」

「そ、そうだね」

リタリーはまだ眠そうだ。時計を見ると、いつも起きる時間と変わらない。そうだ、今日休みだったっけ。リタリーの言うとおり、まだ起きるには早い。促されるまま布団の中に潜り込んだ。あれこれ思い出すと恥ずかしくて死にそう。とりあえずもう一度寝よう。寝て忘れよう。

「昨日は可愛かったですね」

「や、やめてよ……!」

せっかく忘れようと決意したばっかりなのに!俺が布団に戻ってくるのを待ち構えていたリタリーは、意地悪く笑って俺の頭をなでた。起きるのには早いって言ってた癖に、寝る気ないじゃないか。

「頭が痛かったり、だるかったりはしませんか?」

「うん、それは平気だよ」

「記憶もばっちり残ってるみたいですし、お酒に弱い訳ではなさそうですね」

「そうなのかな……っていうか、記憶が残ってるほうが恥ずかしくて嫌なんだけど」

お酒でへろへろになってるのを良いことに、リタリーに散々いやらしいことを言わされたりさせられたりした気がする。あああああ駄目だ思い出したくない!今もリタリーの顔まともに見れないし。

「私はその方が面白くて良いですね」

「もう……しばらくお酒は遠慮しとくよ」

そう言って俺はリタリーに背を向ける。リタリーは本当にずるいし意地悪だ。自分がそれなりにお酒に強いのを良いことに、こっちが我を忘れて乱れるのを楽しむなんて不公平じゃないか。

「……それは残念ですね。昨日の残りとは別に、あと二瓶ほど残ってるんですが」

「ふーん」

「熟成させればさせるほど美味しくなるんですけどねえ」

「へえ」

「貴方が飲まないなら、私が全部飲んでしまいますよ」

「……」

確かに、あれはすごく美味しかったけど。あれがもっと美味しくなるっていうなら、飲んでみたいけど。

「ね、今度はほどほどにしておけば大丈夫ですから」

「……ほんとに?」

頭だけ振り返り、ちらりとリタリーの顔を見る。

「本当ですよ」

その顔は信用できないなあ。でも、もっと飲んでみたい気持ちはあるし……。

「……飲むけど、ほんのちょっとだけだよ」

「ええ、わかってますよ」

もぞもぞとリタリーの方に向き直ると、リタリーはぎゅっと俺を抱き寄せた。少しだけ汗ばんだ肌が気持ち良い。頭を優しく撫でられると、勝手にあくびが出てしまった。

「……ねむい」

「遅くまでしてましたからね」

「……言わないでってば」

「ふふ、照れてるのが可愛くて、ついいじめたくなるんですよ」

「もう……意地悪なんだから」

それでも嫌いになれないあたり、やっぱりリタリーが好きなんだよな。だから、これが全部リタリーの策略だったとしても、仕方ないからまんまと引っかかってあげるよ。でも、やられっぱなしじゃ悔しいから、リタリーが驚くようなことを、たまにはしてやりたい。

「ねえ、おやすみのキスしてよ」

眠気を堪えながら、そう強請ると、予想通りリタリーは目を丸くした。

「……まだ酔ってるんですか?」

俺の思惑通り、リタリーは驚いてくれたらしい。

「酔ってないよ」

そう答えると、リタリーは何故か満足げに笑った。あれ?予想してた反応とは違う気がする。一体どういうことだろう。でも、そんなことを考える間もなく、俺の唇はリタリーのそれで塞がれてしまった。ああ、やわらかいな。その感触に合わせて目を閉じると、俺はいつの間にかまた眠ってしまった。

終わり

wrote:2014−11−24