残雪を踏みしめて

歩道の端に寄せられた固まった雪をざくざくと踏みしめながら、恋人は楽しげに私の隣を歩いている。もうすっかり春らしく、日差しも暖かくなっているから、こんな残り雪は珍しい。

幼い頃から洞窟の中で半ば軟禁状態で育てられた彼は、初めて見た雪に大層心を惹かれたらしく、冬の間中、休みの日とくれば一日外で雪遊びに興じていた。ギグと雪だるまを作っていたり、常人にはついていけないレベルの雪合戦をしていたり、雪かきの末に出来たらしい雪山でソリ滑りをしていたり。ギグがいない時は近所の幼い子供たちと遊ぶこともあった。いい歳をして、と諌めるのは野暮というヤツで、子供たちも年の離れた兄のような彼と遊ぶのは楽しいらしく、一緒になってはしゃぎ回っている。しっかりと手加減をしているあたり、彼もちゃんと気遣いの出来る子なのだと驚いたのは秘密だ。

私が家で温かい料理を作って彼の帰りを待つ。冷たい風や雪に当たって顔を赤くして帰ってくる彼(と、たまにギグ)を出迎えて、彼が温かいスープや焼きたての甘いお菓子を美味しそうに口に運ぶのを見るのが、たまらなく可愛らしかった。

そんな季節ももう終わり、降っても積もらない雪だったりで、彼は大いに不満そうだった。また来年、同じように雪遊びが出来ますよと言うと、先が長いよ、とぼやいていた。いつまでも冬が続くと、ホタポタも食べられないし、野菜も採れないし、さもしい食事になってしまうと言うと、ようやく春の訪れを前向きに受け止められるようになったようだ。こと食事に関する彼の熱心さには、本当に頭が下がる。

「もう雪も終わりだね」

「そうですね」

市場で買ってきた食材が入った大袋を抱えながら、彼が言う。雪の上を歩いて、どう見ても不安定そうなのに、よくもまあ転ばないものだ。

「リタリーは雪、嫌いなの?」

「嫌いというか……」

毎年の事ですから、好きとか嫌いとか、そういうものではないんです。そう言うと彼は、だったら、雪遊びに付き合ってくれたって良かったのに、と不貞腐れた。流石にこの歳で、彼と雪遊びをするのはきついものがある。体力的にも、世間体的にも。

「……寒いのが苦手なんです」

「ああ……そっか」

リタリーの体温、低いもんね。納得してもらえたのは良かったが、体温とはあまり関係が無い気がする。あえて訂正はしなかったが。しかもこんな往来でそんな恥ずかしいことを言い出すとは……。彼自身気付いていないのだから、叱りようも無い。

「でも、ちょうど良いね。家に戻って、リタリーの温かいご飯食べるの、好きだし」

外で遊んでから食べると、また美味しく感じるんだよね。人の気も知らず、彼はぽつぽつと、あれが美味しかった、あのお菓子は寒くなくてもまた食べたい、とあれこれ言い出した。全く、本当に食べさせ甲斐のある恋人だこと。

「今日の夕飯は牛の煮込みですよ。まだまだ夜は冷えますからね」

今年の冬、一番の彼の好物になったメニューを言うと、彼は大喜びで駆け出した。煮込みだから時間がかかるというのに、早く食べたくて仕方ないらしい。私も彼を追いかけて、足早に残り雪を踏み込んだ。

終わり

wrote:2016-11-26