Washing of life
「ギグ、喰いたいな」
自分が世界を喰らう者だと知って、何か喰いたいものはないか、と問われ、一番最初に思いついたのは、自分の中で美味しそうな匂いをさせている存在だった。
本当に喰らうことができるとは思わなかったが、いつも通り、思いつきでそう口にした。案の定、ギグには一笑に付されたが、ギグは俺の意図に、ほんのりと気づいたらしかった。強そうなやつほど、美味しい匂いがしているってこと。
「オレよりも、ほら、周りの連中を先に喰っちまえよ」
「……それも楽しそうだ」
一年かけて修行したらしい連中は、前に会った時とは段違いに、美味しそうだった。そいつら以外では、レナとか言う、ダネットが呼び寄せた女と、ラスキュランとかいう、馬鹿でかい喰らう者。喰らい尽くせるのか不安になる質量だが、レナがベルビウスを喰らったところを見るに、質量は関係ないらしい。
「――お前の体をいただこうと思ってたが、これだけ力のある連中を残らず喰らえば、どうにかして分離出来そうだな」
「へえ、それはまた……」
面白い話だ。ギグが肉体を得る、ってことだよね、それ。
「――分離したオレを喰おうなんて、考えちゃいねえだろうな」
「あは、どうかな」
「舐めんじゃあねェよ、相棒程度に喰われるオレじゃあねェ」
「期待してるよ――っと」
剣を構え、突撃してくる連中を見据え、さてどいつから喰らうのが楽しいかなと考えていると、ギグが魅力的な話をしだすもんだから、水棲族たちが肉薄するのを許してしまった。正確に頭を狙って飛んでくる銛と泡。かすりもしなかったが、危ない危ない。獲物はたくさんいるのだから、消耗はなるべく抑えなくちゃね。
「折角喰われに来てくれたんだから、一番は君たちかな」
剣を向け、そう宣言すると、リーダーらしい水棲族は、周囲の仲間たちに声をかけた。
「くッ、皆、さっさと片付けるよ! 早くしないと、こいつ、私たちを喰らうつもりだ!」
「そうそう、そうやって、突っ込んできてくれた方がありがたいな」
こっちから向かう手間が省けるってもんだ。腕だの脚だのを切り落とし、たくさん悲鳴をあげさせてから、美味しくいただいてあげるよ。
「――みんな、死んだ?」
「ああ、連中、一人残らず相棒の腹ン中だぜ」
すっかり赤くなった森の中は、つい数刻前まで人々の蛮声で満ちていたのが嘘のように、静まり返っていた。そこら中に散らばる肉片と、血液。だけど、それを全部集めても、元いた人間たちを形成出来そうにはない。ほとんどを喰らい尽くし、咀嚼して、俺の栄養にしてしまった。
「ギグも、分離出来そう?」
「ああよ、充分すぎるくらいだな」
予想していた通り、ギグも俺から分かたれることが出来るらしい。ギグの姿を見るのなんて、ええと、どれくらいぶりなのか時間の感覚がないけれど、初めて会った時以来だな。それは楽しみだけど、でも。
「……俺、弱くなるかな」
「オレが力を貸せなくなるんだから、そりゃあな。さっき喰った連中の力のうち……そうだな、半分くらいは残りそうだが」
「そんなんじゃ、足りないよ」
「ハハッ、そう言うと思ったぜ。でも、どうやったら元の強さに戻れるか、もうわかってんだろ?」
「……そう、か」
喰らえば良い。何もかもを。もっと強いやつらを。そうだ、もう一つあるらしい世界の連中だって良い。喰らえば喰らうだけ強くなれるんだから。面白くなってきた。
ギグも、俺が楽しげに笑っていることを察したらしい。
「じゃあ相棒、一瞬だけお別れだ」
そう言って、光が俺を包み込んだ。
とはいえ、それはほんの一瞬のこと。光が収まると、目の前には、俺の中で膨大な力を振るっていた邪神の姿。ギグはへらっと笑って、まるで幼馴染にするように、片手を上げて俺に挨拶をした。
「よ、久しぶり」
「どうも、さっきぶりだね、ギグ」
面と向かって話をするのは久しぶりにも程があるが、つい二分前まで普通に話していた相手に、久しぶりも何もない。
「ははっ、おかげさまで元に戻れたぜ!」
ぴょんぴょんと飛んだり跳ねたり、よくわからない力で本当に空を飛んだりしながら、ギグは楽しそうに体を動かした。
「良かったね、ギグ」
「おう、サンキュな、相棒」
ひときわ太い木の枝に腰掛けるギグを見上げて声をかけると、ギグは本当に嬉しそうに返事をした。こんなに無邪気で強大な神様が俺の中に入ってたなんて、今思うとすごい話だなあ。
「……これから、どうしようか」
ぽつりとそう口にすると、ギグは木の上から飛び降りて、
「美味しいものを、探しに行くってのはどうだ?」
と、邪悪な笑みを浮かべながら言った。美味しいものとは、当然、強くて、喰いでのあるやつ、という意味だろう。
「ああ、良いね、それ」
今さっきまで集まってた連中が、現時点での最強の軍団だったんだろうから、強いやつらが出てくるまで待たなきゃいけないかもしれないけど。
「だろ? でもまずは、この世界の掃除から始めようぜ」
ギグも同じことを考えているらしく、すぐに強いやつを探す、ということにはならなかった。ま、復興しつつある世界を、もう一度めちゃくちゃにして、また強いやつらが出てくるのをのんびり待つのも良いかもね。
「……あれから一年も経ってたら、だいぶ様変わりしてるかな」
手近にあった切り株に腰を下ろす。ギグは体が動くのがよほど嬉しいらしく、腕と足を組みつつ、宙に浮いている。
一年程度とは言え、皆俺たちを殺すために必死だっただろうから、町並みもかなり変わってるんじゃないかなと思う。少なくともオウビスカのあの魔界かと思うような城は取り壊されてるだろうなあ。
「やっぱり、まずは魔侮堕血帝国の再建からだよな」
「それ、そんなにこだわってたんだ……」
再建するのは良いけど、城はもうちょっとおとなしいデザインが良いと思うんだけどね。
「当然だろ!? オレと相棒の友情の証ってやつだからな!」
とびきりの笑顔でそんなことを言うギグを見て、何と返したら良いのかわからなくなった。
「友情、ねえ」
友情という言葉に、青臭くてくだらない気持ちを抱きつつ、そう嫌ではなかった。こんなはた迷惑な友情、この世界のどこを探したってないだろう。
そんなことを考えていると、ギグが呆けたような顔でこっちを見ていた。
「……相棒、お前、普通に笑えるんだな」
「なにそれ」
普通に、ってどういう意味だよ。というか、笑顔に普通も異常もないと思うんだけど。
「いや、いつも気狂いみたいな顔で笑ってやがったからよ、意外っつーか」
「俺、そんな顔してたの」
気狂いって、これはまた随分な言い草だ。否定はしないけど。
「ああよ、人を殺すのが好きで好きでたまらねえ、って顔だったぜ」
「まあ、楽しくはあるけど……そんなに俺、やばい顔で笑ってたかな」
「見せてやりてえな、きっとドン引きするぜ」
「そうかなあ」
ドン引きはしないと思うけどな。あれだけ楽しいんだから、そりゃあそんな顔もするさ、って感じで終わると思う。たぶんだけど。
「――さて、と。そろそろ行こうぜ」
「どこに行こうか」
いつまでもこんな森にいたって仕方ない。移動するのには同意するが、かと言って、どこに? いきなりオウビスカに向かっても良いような気分だけど……。
「んー、とりあえず、相棒の体を洗えそうな場所だな」
「あ……そうだね」
ギグの言うとおり、俺の体は頭からつま先まで、体中、血まみれ肉片まみれで、赤くないところを探すほうが難しいくらいだった。血なまぐさいのは悪くないけど、さすがに体が重いな。
「よっし、飛ぶぞ相棒!」
「う、わっ……!」
突然後ろから抱きかかえられ、ギグが飛ぶ。ふわりと体が浮かんだかと思った瞬間、急上昇して空の上。誰かの手で空を飛ぶ、って、こんなに怖かったか。
重苦しい木々に囲まれて、何時かもわからない状態だったけれど、森の上に出てみると、どうやら夕暮れ時であるらしいことがわかった。空が赤い。自分の今の姿じゃあ、空に溶けちまいそうだな。
「さァて、と……どこに行く?」
「とりあえず、その辺の民家で良いんじゃないかな」
「あァ? そんなつまんなそーなとこで良いのかよ」
「流石にちょっと疲れたしね」
「そうか、じゃあ、あそこの集落で良いか」
「うん」
ギグが視線をやったのは、黄色い果実が生る木に囲まれた、小さな集落だった。素朴な作りの家が三、四件ほど建てられている。今いる迷いの森から少し離れたくらいの場所。誰かが住んでいて、おそらくは自分たちの勝利を信じて祈りながら、軍隊の帰りを待っているのだろう。
「どんな顔で俺たちを出迎えてくれるか、楽しみだね」
そうギグに話しかけると、ギグは低く笑った。
「クックック……反撃するどころか、事態が悪化しただけだからな。厄介な存在が二つに増えて戻ってきたと知ったら、連中、どんな顔をするだろうな」
全くだ。彼らのしたことは、結果的に俺たちをより強く、手出しの仕様の無い存在にしただけだった。
とんとん、軽く木でできたドアをノックする。ギグは家の屋根の上。窓から覗けそうな位置に立っているには、ギグの姿は目立ちすぎるから、今は観客に徹してもらっている。
「はーい」
呑気な返事が、ドアの向こうから聞こえてきた。握りしめた黒い剣に、軽く力を込める。ここからじゃあ顔は見えないが、ギグの笑顔が想像出来た。
おそらくは若い女。農家らしいこの集落で、独り身ってことはないだろう。旦那と夕食でもしている時間か。出てくるのが女でも、男でも、どちらでも良い。面白くなりそうだ。
ぱたぱたと玄関に近づく足音。もうすぐそこまできている。がちゃり。ドアノブが回った。ゆっくりと開く扉。顔を出したのは、顔にそばかすの浮いた、赤茶色の髪の女だった。
「あ、ぐぁ……ッ」
胸に突き刺された剣を、大きく見開いた鳶色の瞳で見つめながら、断末魔さえ口に出来ず、彼女は脱力した。くずおれる体に合わせ、ずるりと引き抜かれる黒い剣。赤い液体が、床にじわじわと広がっていく。
「ヒッ、う、うあああああああああああッ!!!!」
「こんばんは」
絶叫を上げる、旦那らしい男の声。床に転がる女の死体を踏みつけながら、俺は家の中に入った。体中血まみれにした赤毛の男が、あの恐怖の象徴たる剣を持って入ってきたとあれば、伴侶を失って悲しむ暇さえないだろう。絶望を顔に貼り付けながら、壁際まで後ずさる男。どうやったって逃げられないとわかっているのだろう、がたがた震えてこちらを見ていた。見ればテーブルの上には質素ながらも温かいスープとパン、外に生っているものだろうか、黄色い果実が並べられている。こういう、一般人を殺すのが一番楽しいんだよなあ。戦うのも楽しいんだけど、絶対的な力で弱者を踏み躙るのは、また格別な楽しさだ。
「……ねえ」
「あ……あ……」
話しかけてるのに、返事も録にできてない。情けないなあ。自分の女を殺されたんだから、激高して殴りかかってくるくらいの気概を見せてほしいもんだ。そんな情けないヤツなんて、殺してやるくらいしか救いがない。いや、殴りかかって来られても殺すだけなんだけどね。
「ねえ、どうやって、死にたい?」
「――ッ! い、嫌だ! 助けてくれ! お願いだ! 死にたく――」
「つまんないの」
命乞いを聞くのは嫌いじゃないけど、ここまで情けないのはつまらない。人間臭い、青臭い人情劇を壊すのが楽しいのに。
頭と胴が離れ、壁にべっとりと血が飛び散った。どさりと床に横たわる体と、足元まで転がってきた頭。こんなもの、喰う価値もないね。踏みつけ、軽く力を込めると、それは潰れて床に新しい染みを作った。
「ギグ、終わったよ」
外に声をかける、が、返事はない。仕方なく家の外に出ると、ギグはギグで別の民家で遊んでいるらしかった。向かいの家の窓が、不自然に赤く染まっている。なんだよもう、一言言ってから行ってほしい。あ、出てきた。
「あいぼーう! こっちの家でも遊ぼうぜ!」
がちゃりと向かいの家の玄関のドアを開けたギグが、大声で俺を呼ぶ。その声に気づいたらしい斜め向かいの民家の住民が、窓からこちらを覗き込んでいるのが見えた。初めからこの集落の連中を皆殺しにするつもりはない。逃げるなら、逃げたって構わない。広めてもらわなくては困る。自分たちの敗北を。これから始まる、以前よりずっと酷いことになるだろう現実を。
「おーい! 早く来いっつーの!」
ギグはそろそろ怒りそうだ。本当に、短気なんだから。
「今行くよ」
そんなに大声出さなくたって大丈夫だってのに。早足で向かいの家まで歩きながら、俺は自然と笑っていた、と思う。それがギグの言う、普通の笑顔なのか、気狂いじみた笑顔なのかは、わからなかった。
ギグが訪問した家は、なんともはや、確かに遊べそうな家庭だった。それなりに育った五人兄弟。そばには縛り付けた両親。ギグのこういうセッティングは嫌いじゃない。ギグは俺のことをえげつないだのなんだの言うけれど、人のこと言えないよね。
俺は割りと暴れた後だから、連中を煽るギグを観察して楽しませてもらったが、おかげで一家全滅した頃には夜中になっていた。ギグも好きだなあ、ホント。
「ごみむしの茶番はいつ見てもおもしれーな!」
ギグが上機嫌なのは良いとして、俺はいい加減に服を取り替えたいというか、風呂に入りたくて仕方なくなっていた。
「面白かったことは面白かったけど、とりあえず風呂に入りたいな」
「あ、そうだったな! 忘れてたぜ」
「あっちの家、使わせてもらおうか。住民はもう逃げてるだろうしね」
「おう」
ここに来る前に横目で見た、あの家。流石に住民は逃げているはずだ。いくらなんでも、殺されるのをただ待つほど馬鹿ではないだろうから。
七つの死体が転がる家を後にして、俺とギグは、隣の家へ足を向けた。まあまあ大きい家だから、風呂くらいあるだろう。
幸い扉に鍵はかけられていなかった。中に入ると、予想通りの蛻の殻。家探ししたところ、何人住んでるのかはわからないが、夫婦が二人きりで、という感じではなかった。子供がいたことが、少し小さめのベッドからわかる。ま、広いに越したことはない。
浴室があったので、とりあえず適当に薪に火をつけて沸かすことにした。面倒だ。温泉が湧いてれば楽なのに。そう漏らすと、
「それ、お前が住んでた隠れ里だのオウビスカの王城だのが特別なだけだぞ」
とギグが言った。そんなもんか。
とりあえず風呂の湯を沸かしている間、脱衣所で重くて仕方ない服を脱ぎにかかった。固まりかけた血のせいで、ひどく脱ぎづらい。
「うっわ、すっげー血ィ吸ってんな」
「もうこれ、捨てようかな」
脱ぐだけで無駄に面倒なそれを引きちぎって捨ててしまおうかとも思いつつ、ようやく脱いだ上着を、風呂場の床に置いた盥の水に沈めると、たちまち水は赤黒く染まっていった。絶対に元の色には戻らないだろうな、これ。薄暗いランプの明かりしかない風呂場で、それはなんだか深い沼のような、禍々しい色をしている。
「捨てても良いけどよ、何着るつもりだよ」
「それなんだよね、俺服とか持ってないし」
「上はともかく、下はもう色落ちねえし目立ちまくるだろうな」
「だよねえ」
着ていた服はどこもかしこも、元の色がわからないくらい真っ赤だった。よくもまあ、これで歩きまわったもんだと感心する。あーあ、下履きまでべったりだ。とりあえず手当たり次第に服を盥に突っ込んで、一度水を流す。すっごい色だった。
「ま、とりあえず洗ってみてどうかってとこだな。多少マシになれば着られるだろうし、後はいくらでも奪えば良いだろ」
「そうだね……っていうか、なんでギグも付いて来てるの」
素っ裸で服を洗ってる側に立たれても、なんというか、居心地が悪いんだけど。
「いや、なんとなくだな」
「ギグは別に汚れてないんだから、付いて来なくても良いのに」
そう言うと、ギグは何故か俺の背中に抱きついてきた。なんなんだ。
「そんなつれねーこと言うなよ」
「……いや、側にいられても困るんだけど」
耳元で囁くギグに、冷静に返事をする。ギグは俺の肩に爪を立てた。痛い。
「なんでだよ、おい」
やけに食い下がるな。あと揺すらないでほしい。水が跳ねる。
「……なんでって、風呂だし……洗濯してるし……」
頭だけギグの方を向いてそう言うと、ギグは子どもたちを殺しあわせた時と同じくらい、楽しそうな顔をして俺を見ていた。あ、ダメだこれ、気づかれてたな。
「それだけじゃないだろ、あ・い・ぼ・う」
「ぅあっ、ちょっと、待っ……」
案の定、ギグは素早く俺の隣に移動すると、腕を掴みあげて、背を向けて隠していたそれを露わにした。
「本当に、相棒は変態だよなァ」
「仕方ないだろ、性分なんだから」
諦めて両手を上げ、降伏のポーズを取る。あの惨劇を見て興奮しない訳がない。森での戦いで、奴らを喰らい尽くした時からずっと、楽しくて高ぶって、どうしようもなかった。凄惨であればあるほど、残酷であればあるほど興奮してしまうのはギグも知っているはずだ。今までだってこれをギグに茶化されたこともあったのに、直にギグの目線で射抜かれると、妙に気恥ずかしい。不思議だ。
「今更恥ずかしがることねーだろ」
「そうだけど……なんとなく、生身のギグに見られてると思うと恥ずかしいっていうか」
「へえ……で? そいつをどうするつもりだったんだよ?」
どうするもこうするもないだろう、こんなの。
「適当に抜くつもりだったけど」
「ふうん」
ギグは俺の腕を開放すると、意地悪い手つきで、兆したそこにそっと指を伸ばした。
「ちょ、ちょっと!」
慌てて伸ばされた手を掴んで制する。ギグを抑えられるとは思っていないが、いくらなんでもなんでギグにそんなところを触られなくちゃならないんだ。と思っていると、意外にもギグは俺にされるがまま、それ以上手を伸ばすことはしなかった。その代わり、とんでもないことを口にした。
「……手伝ってやろうか」
「は?」
ギグは妖しい笑みを浮かべて、そうっと俺の背中に指を這わせる。何を言ってるんだこの神様は。
「俺もせっかく体を手に入れられたしな、頑張った相棒にご褒美っつーことで」
「な、何言ってんの?」
顎を掴まれ、ギグの方を無理矢理向かされる。顔が近い。すぐにでも触れてしまいそうな距離。ギグの青い目の奥が、欲で濁って見えたとほとんど同時に、口が塞がれた。
「ん……ッ、う」
直ぐ様舌が差し込まれて、ねっとりと口内を舐められる。ああもう、俺じゃなくて、ギグがしたいだけじゃないのか? ギグを抱けるなんて、そりゃあ面白そうだし、させてくれるならいくらでも応じてやろうって感じだけど。
ギグの舌に応じて、差し込まれた舌を柔く噛む。軽く吸って舌を絡めながら、ギグの細い体を抱き寄せる。汚れてしまおうが、構うものか。誘ったのはそっちだしね。それ以前に、汚れた水が飛び散った床に膝立ちして口付けてきた時点で、汚れたって構わないと言ってるようなもんだ。
「……ん、んっ」
よくわからない構造の服を脱がせるのは難しそうなので、服の隙間から指を滑りこませて、少し低い体温に触れた。そっと脇腹をなぞると、ギグが小さく身じろぎする。ちょっと可愛いかも。
ギグの口内を味わいながら、さわさわと体を弄ってやる。ギグの体は割りと感じやすくできているらしく、皮膚の薄いところに指を這わせると、すぐにびくびくと体を跳ねさせる。肋骨の辺りが弱いらしい。乳首はどうかと気にはなったが、あえて触れずに置くことにした。右手で肌を撫でながら、左手でそっと股間に触れた。なんだ、俺よりずっと硬くしてるじゃないか。
「……ギグは、素直じゃないよね」
そっと口を離して囁いてやると、ギグは少し顔を赤くして悪態をついた。
「うるせえな、さっさと脱がせよ」
「どう脱がしたら良いかわからないから言ってるんだけど。それとも、破って欲しい?」
「んな訳ねーだろ」
服の両端を掴み、力を込める振りをすると、ギグは呆れた顔で制した。冗談だよ。
「ふふ、じゃあ自分で脱いで見せてよ……下もね」
「チッ」
風呂場で俺だけ裸ってのもなんだしね。雰囲気出すなら脱いでもらわなきゃ。ギグは肩につけているよくわからない物体を消すと、勢い良く上着を脱いだ。上気した肌が顕になって、普段の粗雑なところとのギャップに、なんだか笑いそうになった。
「ギグも細いね、俺のこと言えなくない?」
「うっせ……」
華奢と言われたことを根に持っている訳ではないけれど、そう言ってやるとギグが微妙に悔しそうな顔をするのが面白い。すぐにでも俺をくびり殺せるだけの力を持ってる癖に、きっとギグはそうしないだろうとわかっている。だからこそ、いくらでもからかい倒せる。ギグがどれだけ俺のことを気に入っていて、好きかなんて、融合している間に知り尽くしてしまっているんだから。
ギグが脱いでいる間に、盥を風呂場の隅に寄せる。服を洗うのはもう諦めた。せめて体くらいは洗いたいんだけどな。ギグは靴を脱衣所に放り投げている。適当だなあ。というか、肩のあれと同じように、自由に出したり消したり出来ないもんなんだろうか。
「つーか相棒、お前やっぱり臭いぜ。腐った血の臭いがする」
「誰かさんが風呂に入ろうって時に邪魔したからだろ」
「へーへー、悪うござんしたね」
「じゃあお詫びに、ギグが体洗ってくれる?」
「馬鹿言ってんじゃねーよ」
「え? ご褒美って言ってたじゃない」
「そんなことまでしてられっか」
「なんだ、つまんないの」
ギグが脱いだパンツを脱衣所に丸めて投げ、待ちきれないと言った表情で俺の肩に手を置いた。熱っぽい目で、俺の額、耳元、首に軽くキスを落としていくギグの頭をそっと撫でた。そんなふうに誘ってくるなんて、ギグの意外すぎる一面が見られてなかなか興奮する。と思っていたら、ギグがあまりにあまりなことを言い出すので俺は硬直した。
「ったく、これから抱かれるってんだからもうちょっとしおらしくしてろっつーの」
「えっ?」
「えっ?」
いやいや、待って。ギグも「えっ?」じゃないから。
「誰が抱かれるって?」
「相棒がだろ」
ノータイムでそう返されると脱力するしかない。
「ああ、ご褒美って、そういう……」
「どういうこったよ」
ギグが訝しげに言う。さっきまでの湿っぽい表情は何処に行ったんだ。
「俺が抱く気でいたんだけど」
「冗談だろ」
「冗談に見える?」
「……」
ギグはちょっと青い顔をして、その発想はなかった、と目線で訴えている。それはこっちのセリフなんだけどな。
「……とりあえず、ギグも一緒にお風呂入ろうか」
「お、おう。そうだな、折角だしな」
若干気分は萎えたとは言え、俺もギグもまだ勃ったままなあたり、たぶん同じことを考えているな。どっちが上になるか。別に下になるのが嫌ってわけではないけど、ここまできて上になれないのは嫌だ。理由は特にないけど嫌だ。
お風呂に入る、と言っても、血まみれまま湯船に入るわけにはいかないので、ギグを先に浴槽に押し込めた。ギグは大して汚れてないから問題ないだろう。
小さくも大きくもない石鹸を泡立てて、適当に体を洗う。洗っているところを見られるのも、なんとなく気恥ずかしい気がしなくもないが、たぶん恥ずかしがってる方が負ける気がした。
がしがしと頭と体を洗って、小さい桶をギグに手渡すと、乱暴に頭から湯をぶっかけてくれた。なんだかんだで世話を焼いてくれるギグはちょっと可愛い。
「頭は綺麗になったんだかどうだかわかんねーな」
「ガビガビになってたところはどうにか落ちたと思うけど」
「そっか」
「ギグちょっと端っこ寄って」
「ん」
空いたスペースに体を沈める。一人分の湯を入れていた浴槽は、多少体にかけたり、盥に入れたりはしたものの、二人分の質量に耐え切れず、勢い良く湯を溢れさせた。
「はー、ようやくさっぱりした」
「そうかそうか」
「で、どうしようか、ギグ」
「どうしようもこうしようもねェよ。オレが……んむッ」
こういうのは先手必勝が一番だ。ギグの顔を引き寄せて、唇を塞ぐ。
「ん……ぅ、は、んんっ」
広いとは言えない湯船。窮屈さを感じつつも、密着してるおかげでギグの体を弄りやすいのはありがたい。足でそっとギグの陰茎を刺激しながら、抵抗しづらいように腕を掴む。湯が揺れる水音に混じって、くちゅりと唾液が混ざる音が浴室に響いた。
「あんなに煽ってきたから、抱かれたいのかとばかり思ってたよ」
唇を開放してそう言うと、ギグはぎろりとこちらを睨みつけた。
「んな訳……ねェだろうが……ッ」
悪態をつくのさえ可愛らしく、足先で弄るのももどかしくなる。
「だって、ご褒美とか言うしさ」
「それは……あ、んんッ」
左手でぐっとそれを握りこむ。びくびくと反応するそこを緩く扱いてやると、ギグが俺の肩に手を回し、力を込める。爪が食い込むのが心地よかった。
「散々殺して回って、今度はやりたくて仕方ないとか、ホント、どうかと思うよ」
そう耳元でささやきながら、耳朶を噛んだり首に吸い付いたりしていると、徐々にギグの体から力が抜けていく。
「人のこと、言えねえ、癖に……ッ、あ」
「そっちから誘っておいてそんなこと言うんだ」
「ひッ、あ、あああッ」
鈴口に爪を立ててぐりぐり弄ってやると、ギグは高い声を上げてがくがくと痙攣した。でも、まだいってはいない。ここで出されても、ねえ?
「よっと、とりあえずベッド行こうか」
「てめえ……ホント後で殺す」
「はいはい」
俺に向けて放たれるギグの「殺す」は「馬鹿」と同じくらい意味のない言葉だ。長いようで短い付き合いだが、それくらいはわかっている。
二階にある夫婦用の寝室には、まあまあ大きいダブルベッドがひとつ。成人男性二人が寝ても、ギリギリ問題無さそうだった。
ギグはなんだかんだで完全に発情してるみたいで、抱きかかえられたまま、大人しくベッドまで運搬されてくれた。ギグの体をベッドに横たえ、ランプに灯をともし、ベッドサイドのテーブルに置く。多少は明るくないとね。
「おい……ホントに相棒が上になんのかよ」
「だって、「ご褒美」でしょ?」
ベッドの上のギグに覆いかぶさって、首筋に舌を這わせながらそう言うと、ギグはまだ踏ん切りの付かない様子で、ごにょごにょしていた。変なところで煮え切らないな。
「それはその」
「だってもう、俺その気になってるし」
「そんなんオレだってその気だったつーの」
「……じゃあ、俺がした後、ギグが抱いたら良いんじゃない」
「へ?」
そこまで俺を抱く気でいたんなら、好きにすればいい。変に嫌がられながらするのも……まあ嫌じゃないけど、面倒ではあった。快感に弱そうなギグのこと、流されてしまえばいくらでも丸め込めそうだけど、するなら積極的にすがりついて、溺れてもらったほうが面白い。
「時間なんて腐るほどあるんだし、俺はかまわないけど」
ギグの少し湿った髪を撫でてそう言うと、ギグはようやく覚悟を決めたらしい。
「ん……良いのかよ」
「別に抱かれることについては抵抗ないよ」
「そっか」
「うん、だからさ、そろそろ焦らすのも終わりしてくれないかな」
「ちょ、待っ、ンンッ、ん……」
男としたことはそんなにないけど、解さないと裂けるとは聞く。まあ神様だから、裂けてもすぐに治るんだろうけど、痛がらせて怒らせるのは面倒だ。
「ギグ、足開いてよ」
「ん……」
ギグは言われるまま、両足を左右に開いた。ほどよく筋肉のついた太股を押さえながら、ギグの後孔に舌を這わせる。
「ぅあ、あ、やめ……んんッ」
思いの外抵抗なく舌が飲み込まれたので驚いた。孔を広げるように内壁を舌で押しながら、唾液を送り込んで湿らせてやると、ギグは甘い声をあげる。
神様というやつは、こうも都合のいい体をしているものなんだろうか。舌で弄るのを止め、つぷ、と中指をさしこむ。もっと深いところまで触ってやると、ギグは気持ち良さそうな蕩けた顔をした。柔く緩みかけているそこに二本目をいれてやると、さらに高い声をあげ始める。
「あ、あっ、んんッ、ふぁ、ああッ」
「感じやすいんだね、ほんとは最初から入れられたかったんじゃないの」
「んな訳なーーッ! あ、ひぁ、あああッ」
ぐちぐちと響く水音と、とろとろと前から垂らす滴がいやらしい。なんだかんだと言いながら、触れば触るほど陥落して、体だけは素直に、もっともっとと訴えてくる。
「ギグ、そんなにここ、気持ちいいの」
「あっ、あ、駄目、だっ、てぇ……! ぅああッ」
びくびくと反応する部分をしきりに押して、擦ってやると、ギグは腰を浮かせて、指をきゅうきゅうと締め付けてきた。ああ、入れたら気持ちよさそう――あ。
「駄目だよギグ、一人で先にイッちゃあ、ご褒美にならないでしょ」
ギグの陰茎は今にも吐精しそうなほど張り詰めていて、慌てて根本を押さえた。何度もいかせてあげるのも良いけど、俺も随分焦らされてるのに、一人で勝手に達してしまうのは許さない。
「ヒッ……あ、や、離せよぉ……」
「だーめ。そろそろ入れるから、もうちょっと我慢してね」
ずるりと指を引き抜いて、ギグのそれを押さえたまま、いきり立った自身を宛てがう。先端が触れているだけだけど、ギグのそこが飲み込もうとしてひくついているのがわかった。ただのスキモノってヤツなんじゃないの、もう。
「入れるよ、ギグ」
「ん、んぅ……ッ、あ、い、ぼう……待っ……」
せめて離してから、と言いたげな眼差しを見ないふりして、ぐっ、と腰を押し付けた。
「待たないって……ん、きっつ……」
「あ、あッ、ん――ッ!」
誘うように蠢いている癖に、入れたら入れたで締め付けてくるとは、なんともまあ、具合よく出来ている。本当にはしたない神様だ。焦らしながらゆっくり中に押し込むと、根本まで入ったところでギグが放心状態でぜえぜえと息を吐いていた。
「あれ? もしかしてイッちゃった?」
押さえつけていたそれをそっと開放してやると、だらだらと白濁が溢れる。入れただけでってのは、ちょっと感じすぎな気がする。
「誰かに開発されてたんじゃないの、ギグ」
身を屈めて、脱力しているギグの耳元でそっと囁くと、ギグが顔を真っ赤にして反論した。
「んな訳、あるかッ! そんな暇ねーだろーが」
「そりゃそうだね」
肉体を得たばかりのギグに、そんな時間があるはずがない。二百年前はどうだか知らないけど、そんな記憶もないんだろうな。
「オレだって、なんでこんなに良いのかわかんねェんだよ……いい加減に恥ずかしいこと言うのやめろ」
それはそれで相当恥ずかしい返事だと思うんだけど、それは言わないでおく。そんな男を煽るような顔と言葉をぶつけられたら、正直溜まったもんではない。
「……融合してたからかなあ。これ、動かしたらどうなっちゃうんだろうね」
そう言って、奥をぐりぐり刺激してやると、ギグはまた良さそうにびくびくと反応した。体も、中も。
「待っ、あッ、あ、イッたばっかで、ンッ、動かすんじゃ、ねェッ」
「やだよ、いい加減俺も気持ち良くしてよね」
ギグの痴態を観察するのも楽しいけれど、そろそろこちらも良くしてもらわないと困る。奉仕し続けるのは好きじゃない。痛がってはいないようだからと、がつがつと腰をぶつけて、ギグの中を擦り上げた。
「ん、アッ、あ、あああッ、ば、馬鹿ッ、あ、ぅああッ」
「声すご……そんなに、ん、気持ちいいんだ」
半分成り行きで及んだ行為とは言え、自分の中にいた神様が、自分だけの肉体を得たその日のうちに体を重ねるなんて、なんて楽しいんだろう。しかも、あの絶対的な力で好き放題していたギグが、俺の下で雌猫のように喘いでいるだなんて、本当に……心が満たされる気がして、たまらない。
半分冗談で口にした、ギグを喰いたいという言葉。今なら、この隙だらけのギグなら、いくらでも喰らうチャンスがあるように思う。でも、そうしてしまうのはまだ惜しい。俺は、もっともっとギグを知りたい。意識のある時間だけなら、俺はギグとたった一週間程度しか過ごしていないんだ。この気の合う強大な神様を、もっと手懐けて、俺だけのものにして、それから、喰らうんだ。
どれくらいの時間、行為に及んでいたのかわからないけれど、空が白み始めているのを見ると、随分と没頭していたらしい。いつの間にかランプの灯りも消えているが、それがいつからだったかもわからない。
「ぁ……ぅあ……あ」
ギグの腰を掴んで後ろから貫き、幾分緩んだそこを責め続けてから、それなりに時間が経っていた。ギグはがくがくと体を痙攣させながら、細い声を漏らすだけになっていて、蕩けた顔でシーツを掴んで喘いでいた頃はまだ余裕があったんだな、なんてことを考える。今はもう、シーツを掴むだけの力も入らなくて、だらりと腕をシーツの上に放り出して、されるがまま俺に抱かれている。いや、この状態を抱かれていると表現して良いのかは微妙なところかもしれない。ほとんど意識ぶっ飛んでるもんな。
「ごめんね、ギグ。もう終わるからさ」
多少緩んでいるとは言え、良いところを突けばそこはまだちゃんと締め付けてくるのだった。それはもちろんギグをまたおかしくさせる行為でもあるのだけど。
「あああッ、あ、んッ、ん、あ、あああ――ッ」
「んんッ、あ、あ……」
互いが何度射精したか数えるのは、ランプが消える前に止めてしまったが、神様ってのは何度イッても終わりがないらしい。ギグは俺以上に吐精していて、シーツは互いの汗と精液でぐっしょりと濡れていた。このまま寝たくはないな。眠くもないけれど。
ギグがイッて、俺も中に吐き出すと、俺はようやくギグを開放した。
引き抜いたそこがひくついて、中に出された精液をだらだらと溢す。開放したと言ったが、流石に出されたままにしておくのは悪いかと思い、指を二本差し込んでぐちぐちと弄ってやる。
「も、やめ……ひ、あ、ぅああッ」
「掻き出してるだけだよ」
指を差し込んで弄って抜くのを繰り返すと、だいぶ中は綺麗になったみたいだった。その代わり、さっきので終わりにしようと思っていたのに、ギグがまた勃たせてしまっている。
「ギグは本当に、好きだね」
「う、うるせェ……」
ギグの隣に寝転がる。汗で濡れた額に軽くキスをすると、ギグは唇が触れた部分を手で隠した。どんな照れ方なんだ。
「どうする? 折角だからギグもする?」
「……もうそんな気分じゃねーよ……もう朝だしよ……」
ギグはぐったりした顔でそう返した。そりゃそうだろう。俺がした後、とは言ったものの、これだけ長い時間抱かれるとはギグも思っていなかったに違いない。正直俺も思ってなかった。こんなにギグと体を重ねるのが楽しいとは。
「……満足したかよ」
「どうかな」
「……頭おかしいぜ、相棒は」
「知ってたんじゃなかったの」
「知ってたけどよ、限度っつーもんがあるだろうが!」
枯れた声でよくそんなに元気よく吠えられるなあ、と思いながら、ギグの頭を撫でる。
「ん、だよ……」
「しょうがないだろ、気持ち良かったんだから」
よしよしと撫でながら言うと、ギグはたちまち顔を赤くした。怒られるかと思ったのに、普通に照れてしまったらしい。
「てめェは本当に……クソッ、もう知らねえ! 風呂行ってくる」
「はいはい」
完全に照れ隠しだったな、と思いながら、寝室から出て行くギグを見送って、ぐちゃぐちゃドロドロになったベッドを見る。我ながら酷いな。昼間は血まみれ、夜は精液まみれ、って感じ。俺も風呂に入りたくなってきた。
このまま誰も邪魔する者がいない世界で、ギグと二人で過ごせるなんて、なんて素敵なんだろう。昨日みたいなことはそうそうないと思うけれど、人を虫けらのように扱って、殺しまくって、壊しまくって、したくなったらギグと寝て、欲望のままに生きていけるんだ。これからずっと。
思わず笑みが溢れた。閉められた寝室のカーテンを開け、白い朝日を浴びながら、今日はどうしようか、と考える。そういえば服、どうするかな。この辺の民家を漁って急を凌ぐか。風呂場と脱衣所に放置した服をギグが洗濯してくれるとはとても思えない。というか、ギグに洗濯なんて高等技術が備わっている訳がない。ってことは、今日もここから出るわけにはいかないな。まあ、それも良いだろう。逃げ出した集落の人間が、誰か助けを呼んでくるにしろ、オウビスカまで報告に行くにしろ、時間はたっぷりとあるんだから。
俺はとりあえず風呂場に向かうことに決めた。ギグは大人しく体を洗っているだろうか。ほんの少しだけ、下卑た予測を立てながら、俺は階段を降りた。
終わり
wrote:2015−05−31