グダン・ガラム

上着のポケットから取り出した合鍵を、灰色の扉の鍵穴に差し込む。家主がいないことは知っている。夜にならないと戻らない家主を待つには、退屈に過ぎるほどの時間があった。けれど、何処かで遊ぶような金も、相手もない。それなら、家主の匂いの染み付いた部屋で、一人眠っていた方がずっとマシだった。

がちゃり。玄関に上がって鍵を閉め、靴を脱ぐ。部屋に響いている微かな換気扇の音と、冷蔵庫の静かな振動を追い越して、寝室へと一直線に足を進めた。閉められたカーテンのせいで、夕方前だというのに、部屋の中は薄暗い。

寝室につくと、家主の雰囲気とそっくりな、暗い青と、くすんだ灰色で揃えられた寝具の上へ、上着を脱いでダイブした。二つ並んだ枕のうち、いつも家主が使っている方へ顔を埋める。すう、と、家主の匂いを肺の奥まで吸い込んで、自分の中心が熱くなるのを感じて、もう一度深く息を吸った。

自分より干支一回りも離れた男に、このベッドの上で何度も体を弄られて、その度自分が汚くなっていく気がした。それが気持ち良くて、もっともっと、酷いことをされたいと思ってしまう。俺は、どうなっちまうんだろう、と、ぼんやり考えながら、布団に包まった。

今日は珍しく学校に行ったけれど、どう考えたって出席日数は足りていない。双子の弟は優秀とまではいかないが、平均的な成績で素行も悪くない。なのに、どうして俺だけこうなったのか。何故か、色んなことが面倒になって、気が付いたらこんなことになっていただけなのだけれど、同じように育ったはずなのに、弟とは根本的に色々なところがズレている気がする。

ああ、そんなことを考えるのも面倒だ。煙草とコーヒーと、酒の匂い。そして、それとは明確に違う、あの男の獣じみた匂い。それが混ざりあって頭の中を支配して、まるで餌皿の前の犬のように、反射的に興奮を煽られる。

どうせあいつが戻ってきたら、色んな事をされるとわかっているのに、俺は着ていた制服を下着ごと脱ぎ捨てて、適当に床に放り投げた。裸になってベッドの上で毛布に包まっていると、あいつの無骨な指先や、引き締まった筋肉、少し低い体温が思い出されて、いよいよ我慢がきかなくなった。

自分の性器の先端には、あいつに施された銀のリングが鈍く光っている。よくもまあ、こんなものを付けて生活出来てるもんだと、自分でも呆れてしまう。そんなところに針を刺して、しかもこんな太いリングを通してしまうなんて、正気の沙汰じゃないのに。

今までどおり排泄も出来ないし、こんなものを付けているところを見られる訳にもいかないしで、正直言って、日常生活には大いに影響があった。特に、弟には絶対に見られる訳にはいかない。ただでさえ、まともに学校に行かないことを何度も窘められているっていうのに。

けれど、こんな風にされて、あいつに支配されてるっていうのは、本当に、たまらなく興奮するのだから、仕方ない。硬くなりかけたそれをゆるく扱きながら、俺はゆっくりと息を吐いた。多少不自由な生活を強いられているとは言え、性的な快感だけを見れば、以前よりずっと敏感になっている。

通されているリングのせいで、常に何かに触られているような感覚があった。少し触られただけで完全に勃起してしまうし、いつも通りに自分で慰めているつもりでも、あっという間に達してしまう。殆ど我慢がきかない体になってしまっていた。

それをわかっていて、あいつは俺の体を好き勝手に弄り倒し、焦らして、善がっているところを見て楽しんでいる。その癖、まだ俺を抱こうとはしないのだから、無駄に紳士ぶっていて、なんだからしくない。

あいつの性器にも、俺と同じようにピアスが開けられている。それは、俺が付けているような生易しいものではなく、もっと……つまるところ痛そうなものだった。亀頭を縦に貫通して、上下に丸い球が付いている、そんなとんでもないもの。それは、あいつ曰く、入れた時に物凄く良いんだそうだ。入れる方も、入れられる方も。

ただ、当然、入れる時に十分拡張されていないと入らない。だから、あいつは俺を抱こうとはせず、ひたすら尻の穴を拡張する、卑猥な作業ばかりを俺に施している。一体どれくらい広がるようになったのか、自分では良くわからない。あいつが入れたえげつない性玩具の数々から見れば、もう入れても構わないんじゃないかとも思うのだが、まだ足りないらしい。

今だって、入れたまま学校に行ってみろと言われ、一日中尻穴にプラグを挿したままの状態だった。学校に行くのは面倒だけれど、そういうハンデを背負って授業を受けるのは、それなりにスリルがあって楽しかった気がする。一日中学校にいること自体が珍しいってのに、妙に真面目に授業を受けたのだから、先生もクラスの連中も目を丸くしていた。そう、俺の弟さえも。

一緒に帰ろうとする弟を振り切って、まっすぐロドの家にやって来たのは、入れたままになった異物が理由だった。こんなものを入れて、街中を歩きまわるのは、耐えられない。恥ずかしいというよりも、何かの拍子で快感を辿ってしまうのが怖かった。

鈴口と、開けられた穴から滲む先走りを使って、ロドの指先の感触を思い出しながら、俺は激しく自慰に耽った。湿っぽい布団から香る、ロドの匂い。早く、後ろを弄って欲しい。でも、抜いてはいけないと釘を刺されている。我慢できなかったことがバレたら、きっと、酷い仕置きをされるに違いない。それも良いかな、と思ったけれど、やめておいた。ロドの機嫌を取っておけば、もしかしたら今日は入れて貰えるかも知れない。ロドとこういう関係になって、今日で二ヶ月が経過していた。いい加減、もう入れてくれたって良いだろう。

精液を吐き出そうにも、嵌められたリングのせいで、勢い良く射精することは出来なくなっている。窮屈そうに二つの穴から溢れる白濁。指で掬って、枕元に置いてあるティッシュで拭う。汚れたティッシュをゴミ箱に捨てて、俺は脱力して毛布に包まった。ロドが帰ってくるまで、あと四時間程待たなければならない。俺は、ロドと初めて性的な関係を持った時のことを思い出すことにした。

なんとなく家に帰りたくないと言った俺を、ロドは自分の家に、つまりここに連れて来てくれた。あの煙草屋の一室とは比べ物にならないくらい、ロドの匂いが充満した部屋。一緒にベッドの上で煙草をふかして、二人同時に吸い終えると、ロドは俺に、良いのか、とだけ尋ねた。

それは、一緒に住んでいる弟に何も言わず、こんな悪い大人の家に泊まること? それとも、こんな悪い大人と、同じベッドで寝ること? そんなの、どちらも構わないに決まっている。俺は、ロドの言葉が何を指しているのかを確かめもせず、良いよ、と返事をした。

高校生の癖に、堂々とロドの店に煙草を買いに行く俺を、ロドは随分と気に入ってくれたらしい。笑いながら俺に煙草を分けてくれたり、奥のスタッフルームでごろごろしている俺を適当に構ってくれたりもしていた。親友、と言う、子供扱いされているのか、対等に見てくれているのかわからない、そんな呼び方も嫌いでは無かった。

でも、居心地の良い相手でしか無いし、好きか嫌いかで言えば、まあ好きな方だけれど、性的な関係になりたいと思っていた訳ではない。ロドもそうだろうと思ったし、不良少年に優しくするのが好きな、面倒見の良い、悪い大人なのだろうとばかり思っていた。

だから、返事をするなり、ベッドの上に押し倒されて、唇を塞がれたのは全くの予想外だった。さっきまで吸っていた、甘い煙草の匂い。大人の男にのしかかられて、抵抗もろくに出来ないまま、ロドの舌が俺の口の中で暴れるのを、ただ黙って受け入れるしか無くなっていた。

こんな三十手前の男を相手に初めてのキスを奪われ、しかもそれ以上のことをされてしまうだなんて、嫌悪感が湧いて、相手を突き飛ばしても無理からぬことだと思う。それなのに……自分でも不思議だけれど、ロドの舌に自分のそれを絡めて、ロドがしたように吸ったり、甘噛みしたりして、応じてしまっていた。ロドみたいな悪い大人に汚されている。そんな事実に、初めから興奮していたのかも知れない。

俺が抵抗しないと見るや、ロドは乱暴に制服のボタンを外して、直に肌を弄り始めた。ロドの冷たい指先が脇腹をつうっと撫でて、寒気にぞくりと身を震わせる。快感と言えるかどうかは自分でもわからない。ロドはロドで、俺の肋の上をなぞったり、乳首を摘んだりして、俺の反応を探っていた。

ロドはとても、器用だと思う。俺の口を貪りながら、俺が反応するところは何処か、的確に探しだしていた。気持ち良ければ興奮もするし、そうなると当然勃起する。それに気付いたらしいロドは、俺の硬くなった部分を撫で擦って、ようやく唇を開放した。

俺の耳に舌を這わせて、俺の体がびくりと跳ねるのを見下ろすロドは、とても満足そうに笑っていた。

「……さっきの、そういう意味だったの」

乱れそうになる呼吸を堪えてそう言うと、ロドはくっくっと笑って、俺の額に優しくキスをした。

「一体、何だと思ってたんだよ」

何も確かめず、なんとなく、良いよと言ったのは確かに俺だったのだけれど、主語もなく、合意を取ったとも言えないような状態で、それは無いんじゃないの。

「……こんなこと、してくるとは思わなかったんだよ」

ゆっくりと上半身を起こして、少しだけ非難の気持ちを込めながら言う。

「その割に、嫌がってないんだな」

俺が肌蹴た制服を脱いでいるのを見ながら、ロドが言った。季節は初冬。服を着ていなければ鳥肌が立ってしまう程。俺に倣ってシャツを脱いだロドに、寒さから逃れるように抱きついた。体温を求めて体を擦り寄せて、鎖骨の辺りにキスをする。

「……おかしいと思う?」

「おかしいぜ、親友。お前、初めてなんだろ?」

ロドは不思議そうに俺に尋ねた。肯定すると、呆れたようなため息を返される。言い寄ってくる女もいないではなかったけれど、面倒くさくて断ってばかりいたから、こういった経験は無かった。ましてや、男相手に、こんな機会がある訳がない。それでも嫌じゃない辺り、自分でも少しおかしい気がした。ロドが相手だからなのか。それとも、そういう性癖だったんだろうか。

「……やっぱり変わってるぜ、親友さんはよ」

ロドはそう言って、毛布を引き寄せて俺と一緒に包まると、髪を束ねていたゴムを外した。ロドは悪い大人らしい暗い笑みを浮かべて、肩までかかる俺の髪を、楽しげに弄んだかと思うと、噛みつくように深く、俺にキスをした。

ベッドに体を押し付けられて、今度はがちゃがちゃとベルトを外された。抵抗する気は無いのに、ご丁寧に利き腕を押さえつけられている。されるがままにしていると、ロドは下着ごとスラックスをずり下ろし、外気に晒された俺のそこを扱き始めた。

我慢できずにくぐもった声が漏れ、口を塞がれているせいでうまく呼吸が出来ない。人に触れられるのも初めてなのに、この刺激は強烈過ぎた。抗議しているのか、気持ち良すぎて喘いでいるのか、自分でもわからない。

自分でするよりもずっと早く、俺はロドの手の中に精液を吐き出した。汚れた手を口元に差し出され、促されるままにそれを舐めとった。自分の出したものを舐めさせられるなんて、こんな屈辱的なことはないと思うのに、そうしなければならないような気がした。

ロドは驚き半分、喜び半分と言った表情で、犬のようにロドの指を舐める俺を見ていた。俺が指に付いた精液をすっかり舐めとってしまうと、ロドは俺の頭をよしよしと撫でて、ご褒美とばかりに優しくキスをした。

その日した性的な接触と言えば、たったそれだけだったのだけれど、そのせいで随分とロドのことを煽ってしまったらしい。

俺としては、その後一緒にシャワーを浴びた時、ピアスの入った性器を見せられて、こいつをそのうち突っ込んでやるから、覚悟しとけよと言われた事の方が、余程衝撃的だった。

かくして、ロドに体を弄くられる日々が始まった訳だけれど、それは苦痛よりも快楽の方が大きすぎて、早くロドに入れて欲しいという欲求との戦いでもあった。

ぬるぬるした液体を後ろの穴に注ぎ込まれ、ロドの指や、卑猥な色と形をした道具で、ぐじゅぐじゅと水音を立てながらそこを解されていく。感覚も段々おかしくなっていって、そこが開きっぱなしになっているような気もした。もう良いんじゃないの、と言うと、二ヶ月くらいはかかると返されて、そんなに長い間、この発狂しそうな行為が続くのかと暗い気分になったりもした。

そして、ロドに初めて体を触られてから一週間くらい経った頃、お前もお揃いにするか、と尋ねられた。何のこと? と聞き返すと、ロドが入れているような性器へのピアスを、俺にもして欲しいらしかった。

痛過ぎるのは嫌かな。そう返事をすると、どうせお前が入れることなんて無いんだから、こっちはどうだい、と、尿道から裏側へと抜けるプリンス・アルバートというピアスの写真を見せられた。これならすぐに穴も塞がるし、そんなに痛くないはずだと、ロドは言う。それならまだ、良いかもねと、軽い気持ちで返事をすると、ロドは心底嬉しそうに、針と、写真に載っているものよりは幾分細い程度のリングを取り出した。

俺に尋ねておいて、初めからするつもりだったんじゃないか。呆れながらも、それはそれで、刺激的で良いかも知れないと思い、了承した。後から考えれば、少しくらいためらっておけば良かったような気もする。気持ちいいことは気持ちいいけれど、排泄する時に不便になることくらいは調べておけば、後から驚くことも無かったのに。

ロドに針とピアスを刺された時の事は、良く覚えている。本職がやる訳でもない、煙草と酒で頭のいかれたロドがすることだから、その手元はとても怪しかった。しかし、どちらかと言えば、俺が馬鹿みたいに興奮して、勃起が収まらない事のほうが問題だった。ロドに咥えられて射精したのは、思い出す限り、それが最後だったと思う。

どうにか萎えたそこに、ロドは一思いに針を突き刺した。ロドの言う通り、確かに思っていたよりは痛くはない。こんなところにピアスなんて付けて、誰かにバレたらどうなるだろう。特に、あの、真っ当な神経を持った弟にバレたりしたら。そんなことを考える余裕もあった。

手元は怪しいと思っていたけれど、ロドはとても手慣れた様子でそこにリングを嵌めてくれた。痛み止めを渡されて、刺す前に飲ませてくれたら良かったのにと呟くと、痛い方が好きだろと返されて、納得させられてしまった。俺って一体何なんだ。

ピアスを入れてから一ヶ月半程経つと、ロドは俺の尻を解しながら、そこを引っ張って俺の反応を見て楽しんでいた。穴が広がり過ぎると困るから本当はやめて欲しいのだが、その恐怖を思うとぞくぞくして、あっという間にいってしまう。

ロドの思うままに体を作り変えられているのが、恐ろしいけれど興奮して、やめたいと思う暇もなく、あっという間に時間が過ぎてしまった。取り返しがつかないくらいに変わってしまった自分の体を、さらに戻れないところまで落としてもらいたい。早く、ロドに入れてもらいたかった。

ロドが戻ってくるまで、あと三時間。枕元に置いた携帯で時間を確認すると、弟からのメール。中身を見ずに、携帯を放り投げる。今日一日で、俺のことが一瞬でも真っ当に見えたなら、やっぱりお前は、俺とは別の生き物ってことだ。

眠ってしまえば、きっと三時間なんてあっという間だ。俺は毛布に染み付いたロドの匂いをもう一度深く吸い込んで、瞼を閉じた。

続く