あなただけの保健係

空が青い。白い雲がゆっくりと流れていく。その抜群の景色を、自分の吐いた煙が薄く曇らせる。太陽の光が程よく体を照らして、涼しい風と暖かい光が心地良い。この頭の鈍痛も、幾分かは和らぐ気がした。

知ってるヤツ以外は誰も来ない屋上で、一人空を見上げて煙草をふかす。去年もよくこうやって過ごしていたし、そのせいでサボりすぎて留年になったのも覚えている。今年はまだ、頻度は減っているし、流石に卒業出来るはずだが……こうしてサボって、煙草吸ってるのがバレたら、どうかな。また停学をくらって、留年しちまうかも。そうなったら、あのいかれた双子と同じ学年か。笑えねェな。

と、誰かが階段を登ってくる足音が聞こえた。誰だ。先生……ではない。親しい誰かがサボりに来たのか、それとも。バタン、と扉が閉まる音。一直線にこちらに近づいてくる足音を聞くに、こいつは……。

「何してるんですか、もう五時間目始まりますよ」

俺を見下ろして小言を言うのは、隣のクラスのリタリーだった。家が近所で、たまに遊んだ記憶もあるこいつは、俺が留年したせいで同じ学年になってしまった。そのおかげで、俺にとっては厄介な事に、こうしてちょくちょく面倒を見にやって来るようになった。真面目な生徒会書記様が、酔狂な事だぜ。

「全く、またサボりですか」

「んだよ、頭いてーから休んでるだけだぜ」

「その割に煙草を吸う元気はあるんですね」

呆れ顔のリタリーに言うと、そいつはため息を一つつき、俺の横に腰を下ろして、俺の手から煙草を取り上げた。勿体無ェ、まだ半分しか吸って無いってのに。リタリーは取り上げた煙草を咥えると、俺の額に手を乗せた。

「熱は無いみたいですね」

「ん……大したことはねェし、とりあえず六時間目までは寝かせろよ」

「体調が悪いなら保健室にでも行けば良いじゃないですか」

「馬鹿か、俺が保健室に行った所で大人しく寝かせてもらえる訳ねェだろ」

「……本当に、素行が悪いと面倒ですね」

「悪かったな」

そりゃあ、多少煙草が匂ったところで見逃されるような生徒会のお方と、留年したクズとじゃあ、天と地の差があるに決まっている。お前だって、散々先生に言われてる癖に。あんなのと付き合うなってよ。

「全く……少しは真面目になったらどうなんですか」

リタリーは、ポケットから何かを取り出して、煙草を失って手持ち無沙汰になった俺の手に握らせた。

「……はい、これを飲んだら、ちゃんと授業に出てくださいよ」

渡されたのは、二錠のタブレット。ドラッグストアで見かけたことのある頭痛薬の名前が書かれている。

「ったく、なんでこんなん持ち歩いてんだよ」

「性分ですから」

リタリーはそう言って、二口程吸った煙草をコンクリートに押し付けて揉み消した。まだ二口くらいは吸えるだろうに。本当に、勿体無いことをする。でも、それはそれで、こいつなりの気遣いなのかも知れない。

「……ま、ありがたくいただいとくぜ」

体を起こしてそう言うと、リタリーは少しだけ安心したように笑った。その顔を引き寄せて、煙草臭くなった唇に軽くキスをする。リタリーはそれに応えるように、起き上がったばかりの俺を、もう一度コンクリートの床にゆっくりと横たえた。そのまま、小さく音を立てて二度三度、啄むように唇を重ねられ……五時間目の始まりを告げるチャイムが鳴った。

「ほら、もう五時間目が始まっちまうぞ」

覆いかぶさるリタリーへそう言うと、名残惜しそうな、そうでもないような表情で、リタリーは立ち上がった。

「……じゃあまた、放課後に」

リタリーは俺に言われるまま、屋上を出て行った。徐々に遠ざかっていく足音。それが聞こえなくなってようやく、俺はタブレットを口に放り込んで、コーラで流し込んだ。コーラで飲んでいいもんなのかは知らねェが、飲まないよりはマシだろう。六時間目はどうでも良いが、どうにか放課後までに良くなりゃあ良いけどな。

俺はもう一度横になり、さっきと同じく、ゆっくりと流れる雲を眺めた。ポケットの煙草に手を伸ばし、少し考えて、引っ込める。……大人しく寝るか。遠くから聞こえる、体育の授業らしい声を子守唄に、俺は目を閉じた。

終わり

wrote: 2016-02-15