神様に愛された猫

ギグは、この世界の全ての魂を管理してるんでしょ。街の片隅で、くたびれた箱に積められて捨てられた子猫を抱き上げながら、相棒がぽつりと言った。綺麗な黒い毛を撫でる手が、微かに震えている。箱の中では、そいつの兄弟だっただろう猫が、冷たくなって横たわっていた。

虫も殺さないような顔と評される通り、相棒はとてもとても優しい性格をしていた。その優しさは、人間以外の生き物にも向けられている。ちょうどこの、今にも死んでしまいそうな、弱った猫にだって。

「この子たちも……死んだら、ギグが送ってあげるの?」

「……ああ」

この世界の魂が、この世界の中だけで循環するように調整するのが死を統べる者の役目。送ってやるという表現は適切ではないかもしれないが、相棒が安心するならと、オレは肯定した。

「連れて帰るのか」

「ん、ほっとけないし」

そいつもどうせ死んじまうのに、という言葉を飲み込んで、オレは子猫を抱き上げたままの相棒の頭をぐしゃぐしゃにかき回した。ちょっと、止めてよ。そう喚く相棒の膝の裏を小突いてバランスを崩させると、オレは倒れそうになる相棒を両腕で抱きかかえ、姫抱きにした。

「ぅわ、いきなり……ッ、びっくりさせないでよ」

「っせえな、とっとと帰るぞ。面倒見るんだろ」

「そうだけど、でも」

「んだよ……おぶったんじゃあ、そいつ潰れちまうだろ」

走って帰ろうにも、揺らしたらまずそうだし、結局ゆっくり飛んで帰るのが一番早い。相棒もそれはわかっているらしく、少しだけ悩んだ後、大人しく抱きかかえられてくれた。ごめん、お願いね。相棒の我儘なんて珍しいんだ。これくらいなんでもねえよ。小さく呟いて、オレは羽を開いた。

いつもよりゆっくり、でも出来る限り急いで、オレは森まで一直線に飛んだ。相棒は子猫を両手で包み込むように抱き、吹き付ける風から守りながら、不安げにそいつを見つめている。

世界中の死にかけた生き物全てを助けることなんて出来はしないし、それくらい相棒だってわかっている。だから、相棒のしたことはただの偽善だ。そう思ったけれど、神様の気まぐれで助かる命があったって良いだろう。

建前上は平和になったとは言え、大なり小なりの悲劇はこの世界に溢れている。そして、助ける力を持っているはずの神様は、その悲劇の殆どを、見て見ぬふりをして過ごしているのだから。

――それから一ヶ月。どうせ死んじまうと思っていた子猫は案外丈夫に出来ていたらしく、健康にすくすくと育ち、拾った時より一回り以上大きくなっていた。今はこうして相棒の胸の上に乗って、ご主人様と一緒にお昼寝を決め込んでいる。

二人の神様に愛された猫だなんて、贅沢なヤツ。眠っている黒猫をそっと撫でて、オレも相棒の隣に横になった。

終わり

wrote:2016-02-27