ふたりぼっちの巡る季節

今年も冬が来る。ホタポタの旬も過ぎて、かろうじて残った五つ六つ程度のそれさえ、早いうちに食べなくてはいけないので、ギグは毎日不機嫌な顔をしていた。

実を言うと、保存用にシロップ漬けにしたものを床下に隠してあるけれど、それがギグに見つかったらたちまち食べられてしまうことはわかっているので、秘密にしている。

シロップ漬けよりも俺が楽しみにしているのは、リタリーから教わって作った、甘いホタポタのお酒の方だった。ギグはとにかくお酒を飲まないので、これは俺だけの楽しみなのだった。別に苦くないよ、と言っても、どうやら以前飲んだワインの味が忘れられないらしく、どうやったって飲もうとしない。まあ、それはそれで、俺が堪能するだけなので構わないけれど。

「おーい相棒、さみーからとっとと寝ようぜ」

風呂から上がったばかりのギグが、台所でこっそりとお酒の瓶を開けている俺に話しかけてきた。まだ本格的に冬にならないっていうのに、ギグは寒さを口実に引っ付いてくる。そこは可愛いと思うけど、ちょっとタイミングが悪かったな。

「まだ早いじゃない、ちょっと飲んでからにさせてよ」

グラスにとくとくと琥珀色の液体を注ぎながら言うと、ギグはあからさまに不機嫌になった。

「……んーだよ、オレはホタポタ我慢してんのに、相棒ばっかり楽しみやがって」

「だったらギグも飲んでみる?」

「……」

グラスの半分程まで満たされたそれを差し出しながら誘ってみる。すると、いらないと返されるだろうと思っていたのに、ギグはグラスをじっと見つめ、それから、俺の持っている瓶を睨みつけた。今までにない反応に戸惑っていると、ギグはつかつかとテーブルに腰を下ろしてこう言った。

「……底に沈んでる実んとこだけなら、食っても良い」

「えっ」

「んだよ、ダメかよ」

「いや、ダメじゃないけど、良いの?」

「そりゃどういう意味だよ」

「んー、お酒苦手って言ってたからさ」

「漬かってようがなかろうが、ホタポタはホタポタだろーが、ほら、さっさと出せよ。さみーんだよ」

「うーん……わかった」

こういうのって、漬かってる実が一番お酒がキツイもんなんだけどな。まあ、本人が良いって言ってるなら良いか。あと、寒いならアルコールが入れば温まるし、ちょうど良いかもね。

「ちょっと、ギグ大丈夫?」

「んぁ……大丈夫だって……言ってん、だろーが……」

「うわー……」

へろへろの千鳥足になったギグに肩を貸しながら寝室に向かう。案の定というかなんというか、摂取し慣れないアルコールにやられたギグは、ホタポタの実二つでこの状態だった。一つ目まではまだ良かった。甘い、旨い、いい匂いがする、と絶賛して、調子に乗って二つ目を食べ始めた頃から様子が変わり、二つ目を飲み下す頃には、ご覧のとおり、って訳。

ほんのりと赤く染まった頬と、いつもより高い体温。少し汗もかいている。そんなギグが、俺に引っ付いてないと歩けやしないなんて、なんていう目の毒だ。

「ほらギグ、横になりなよ」

どうにか理性を働かせて、ぐったりしたギグをベッドに寝かせた。ギグはそんな俺の心中を知ってか知らずか(たぶん知らない)、ごろんと横たわると気怠そうに転がる。

「んー……眠い……」

「はいはい、寝ていいから、その前にお水飲みなよ……今取ってくる」

「ん……」

聞いてるんだろうか。聞いてないだろうな。台所に戻り、ギグがホタポタを平らげた皿と、自分が飲んだ後のグラスをシンクに置いた。もう一つ新しいグラスを取り、水を注ぐ。大人しく飲んでくれる訳、ないよなあ。まあ、折角だし。楽しみを奪われた仕返し、という意味も込めて、これくらいは良いよね。

寝室に戻ると、ギグはすうすうと寝息を立てていた。そんな大の字で寝られたら、俺の入り込む余地がないじゃないか。それに、体が熱いからって布団もかけずに寝たら風邪引くよ。死を統べる者が風邪を引くのかは知らないけど。

「ほら、ギグ。水飲みなってば」

「んん……無理……起きらんねェ……」

「もう」

きっとこうなるだろうと思ってはいた。だから、これはこれで計画通りのこと。

俺はグラスの中の水をぐっと口に含み、ベッドの上で悶えるギグに、そっと唇を重ねた。

「んんッ……ん、んんーッ!」

緩んだギグの口元に、水を移し入れるのはひどく容易い。少し微温った液体をギグが飲み下すまで、俺はしばらくの間、ギグの柔らかい唇の感触を楽しんだ。

「ぶはっ、てめェ! 何しやがんだよ!」

「ギグが大人しく飲まないからでしょ」

人が親切にも介抱したというのに、何しやがるとは何事だ。口元を拭いながら抗議するギグを尻目に、俺はベッドサイドのテーブルにグラスを置くと、のそのそとベッドの中に潜り込んだ。

「ほら、体も温まったでしょ。寝ようよ」

「……ケッ、嫌なヤツだぜ」

「そりゃどうも」

悪態をつきつつ、ベッドの中では俺の方に擦り寄ってくるあたり、なんだかなあ。ああ、でも、今日のギグはやっぱりいつもより温かい。たまにはこっそり飲ませても良いかもね。程よい体温のギグと抱き合って眠るのは心地よさそうだ。

春さえまだ遠いけど、夏になったらこうして密着して眠ることも少なくなる。だから、秋が来てもうすぐ冬になる、これからの季節が一番好きだ。寒さを口実に、恥ずかしげもなく体を寄せ合えるのは、俺だって嬉しいんだから。

終わり

wrote:2015年6月1日