懐かしい面影

昨日の風のアジトの中、地下の一番奥にある一室。ジンバルト以外は入れないようにロドが取り計らってくれている部屋に、彼らはいた。部屋の主であるジンバルトと、彼をここに縛り付けている張本人たるロドだった。ジンバルトは壁際の長机の上に並べられた、試薬の入った試験管に白い液体を零して、色の変化が無いことを確かめている。ロドは衣服を整えながら、それを黙って見つめていた。

「今日も異常なしだな」

「そうか」

いつも通りの結果を聞いて、ロドはそっけなく返事をした。口調はともかく、心なしかホッとしたような顔をしている。それもそのはず、ジンバルトが行っていたのは、ロド自身の健康状態を測るための検査なのだから。

組織の連中の体調管理は、属している療術師たちにやらせているが、ロドのそれだけはジンバルトが担当している。というのも、ロドには絶対に知られたくない秘密があるからだった。それが何かと言うと、ジンバルトが試薬に零していた白い液体――母乳が出る、ということ。普通の母乳であれば問題無いことにしているが、病に関わる反応が出たら困る。それもあって、ジンバルトに特別にこれの検査をさせているのだった。そもそも男の体から母乳が出る事自体おかしい話だが、これには当然理由があった。

ジンバルトがロドに聞いた話によれば、ある事情があって指名手配された後、あれこれ逃げ回っているうちに、頭のおかしい人間の男に捕まってしまったのだと言う。そこであれこれ体を弄り回されて、訳のわからない薬を飲まされた結果、何故だか母乳が出るようになってしまったらしい。その人間はどうなったんだ、とジンバルトが尋ねると、ロドは、殺して逃げてきたに決まってるだろ、と悪びれもせずに答えた。

母乳が出る以外にも、刺青を彫られたり、体を鍛えさせられたりと色々あったらしい。自分好みの見た目の人形か何かを作ろうとしていたのかも知れないとロドは話していた。母乳が出るようにするくらいの男だから、当然、いかがわしいあれこれもされたのだろうと想像はついたが、ジンバルトは何も聞かなかった。

ロドは、刺青は割とセンスが良いから気に入ってるし、腕っぷしを鍛えられたおかげで、組織の頭をやれてるから、そこまで悪い経験でもないがな、と笑っていたが、ロドが話さなかった「ある事情」を知っているだけに、ジンバルトは複雑な心境だった。

「今日は?」

試験管を片付けながら、ジンバルトはロドに尋ねた。壁掛け時計の時刻は午前十時過ぎを指している。これが終わった後、まだ何か汚い仕事をさせられるのではないかとジンバルトは予想した。

「俺もお前も、特に仕事は無ェよ」

いつの間にか煙草をふかし始めていたロドがそう返す。予想に反したその答えは、それはそれでジンバルトにとってはあまりありがたくないものだった。俺もお前も、という事は、つまりは相手をしろ、という事を指している。それは考え様によっては、仕事よりもずっと面倒な話だった。

ジンバルトはビーカーの中に溜まったロドの母乳を、少しためらった後、部屋の隅にある排水口へ捨てた。

ジンバルトの部屋には、さっき作業をしていた長机以外に、小さなテーブルセット、そして、それなりに上等なベッドが設えられている。実家のそれに比べれば寝心地の悪いものではあったけれど、この世界の一般人が使っているものよりは、ずっとまともなベッドだった。

自分から服を脱いで裸になったロドが、ベッドの上に寝転がって、早く来いと自分を誘う。ロドに命じられるまま、ジンバルトはロドの上に覆い被さった。

ランプの橙色の明かりに照らされて、ぼんやりと浮かび上がったロドの青い刺青を、ジンバルトはそっと手でなぞった。確かに、ロドが言うとおりセンスは悪くない。左右非対称で一見いい加減なデザインに見えなくもないけれど、それが妙な妖しさでもって関心を引くし、見ているうちにこれはこういうものなのだと思わされる、妙な迫力があった。普段は両腕の部分しか見えていないが、脱げばそれが上半身全体に施されたものだとわかる。両腕のデザインを基調としつつ、ロドの体つきに合わせて彫られた線と円。ジンバルトがそれを初めて見た時、純粋に綺麗だと思った。おかしい男だったとは言うが、それなりにロドの事を愛していたのかも知れない。そんなことをロドに言ったら、きっと殺されるのだろうが。

「ん……」

ロドから鼻にかかった吐息が漏れる。余りに良い所を外しすぎると怒られるが、流石に回数を重ねてくれば、何処が良いのか徐々にわかってきていて、最近はロドもジンバルトに好きに触らせてくれる事が多くなってきた。皮膚の薄いところ、鎖骨や肋の上、脇腹、腰骨の辺り。あと、ロドは耳が弱い。

「あッ、あ、やだ、止めろ……ッ! うあ……ッ」

首の辺りに唇を落として、そのまま耳に柔く噛み付いて、耳穴へ舌を差し込んでやれば、ロドはジンバルトにしがみついてきゃんきゃん騒ぎ始めるのだ。いやだいやだと叫びながら、下はしっかり反応させて。そんなはしたない男の姿を見ても冷静でいられる程度には、ジンバルトも行為に慣れてきてはいた。しかし、自分から進んでこうしたいとはどうしても思えない。

男どころか女とも寝たことの無いジンバルトをこの部屋に案内して、組織の説明もそこそこに無理矢理童貞を奪ったのは、他でもないロドだった。ベッドの上に押し倒されて、訳のわからないまま、気がつくとしゃぶられて勃起していて、混乱しているうちにいつの間にかロドの中にぶち撒けていて――思い出しただけで死にたくなってくる。

忙しい兄に代わって、嫁を見つけて家を継ぐ覚悟もあったくらいだし、まさか男に初めてを奪われるとは思っていなかった。何より、兄がずっと探していた「親友」と、何がなんだかわからないうちに寝てしまったという事が、ジンバルトを苛んだ。

眠れない夜が増えた。それに比例して、ロドと肌を合わせる時間が増えた。寝不足の原因になっている行為をする機会が増えるなんて、まるで抜け出せない蟻地獄に嵌ったようで、絶望的な気分になる。

それでも萎えずに済んでいるのは、本人は認めたくは無いと思っていても、ジンバルトが無意識のうちに、これから味わう快楽に期待しているからだった。熱くぬめったロドの肉が、自分をきつく包んで扱き上げる感触が忘れられずにいるからだ。

ジンバルトは、ベッドに置いてある潤滑剤の入った缶から薬をすくって指に絡ませると、ロドの中へと侵入した。

「く……ッ、う……」

縦に割れた入口を二本の指で拡げて、薬を馴染ませるように、ゆっくりと出し入れしてやる。こんな生温い責めでは物足りないのか、ロドはもどかしそうに身を捩った。

早く、ここに入れたい。自分の体に染み付いたロドの中の感触が思い出されて、ジンバルトは自分でも気付かないうちに生唾を飲み込んでいた。

「あ……ぅ、んんッ……」

ぐちゅぐちゅと厭らしい音を立てる部分をより一層激しく掻き回されて、ロドはジンバルトの指を締め付けながら高い声を上げて喜んだ。例の男に仕込まれたせいなのか、ロドは意地悪く責められるのが好きらしい。自分からもっと酷くしろとは言わないが、ジンバルトが思いの外乱暴に扱ってしまっても、むしろ嬉しそうに体を反応させていた。ジンバルトがそれに気付いてからは、普段の鬱憤を晴らしたいという思惑もあって、どこまでなら許されるのかを探るように、行為は徐々に激しさを増していっている。まさか、兄の「親友」が、こんな男だったとは思わなかった。

当然、最初から気付いていた訳では無い。兄が手に入れられずに困っていた商品を手にしたい一心であちこち駆けずり回っていただけ。まさか探り当てた組織に、そいつがいたなんて、誰が予想出来るだろう。何度か顔を合わせるうちに、酔った兄が口にした特徴と、ここまで一致している相手なんていないと確信した。指名手配されて身を隠している、顔に傷のある、青い髪のセプー。そしてそれに気付いてから、ジンバルトは自分がどう動いたら兄が傷つかずに済むのかを考えるようになった。

取り返しがつかないくらいに汚れきって、壊れてしまった親友なんて、二度と見つけられないように殺してしまった方が良いのではないか。そんな親友でも、兄は再会したいと願うのだろうか。わからない。兄はジンバルトにとって絶対で、優しくて……そして、強くて熱い男だ。もしかしたら、どんなに変わってしまった親友でも、再会したいと言うかも知れない。例え傷つくとわかっていても。同時に、自分のために弟が手を汚してきたという事実を知らされる事になったとしても。

ロドをうつ伏せにさせて腰を抱えて、ジンバルトはロドを後ろから貫いた。顔を見たくないのもあって、最近は専らこの体勢になる事が多い。深く、奥の方に一気に侵入すると、ロドは殆ど悲鳴のような声を上げた。それでも、陰茎に触れると硬さを保ったままにしている。やっぱり、酷くされるのが好きなのだ、このはしたないセプーは。

こんな男に兄が執心して、あれこれ手を回して苦労しているのだと思うと、苛ついて仕方なくなってくる。

「ぐっ、あッ、やめ……ッ!」

「止めて欲しくなんか……無いだろ、ロド」

「ぅあッ!」

抽送に合わせて声を上げるロドの尻に、張り手を食らわせてやると、ロドはびくりと体を震わせた。こんなのでも感じてるのか。更に失望して、もう一撃。ほんのり赤くなったそこを打ち据えた。乾いた音が部屋に響く。それに合わせて中が締まって、もっと痛めつけて欲しいと言わんばかりにジンバルトを誘った。

「そんなに叩かれるのが良いのか」

「んな訳……んんッ」

「嘘をつくなよ……こんなにしておいて」

幾度も尻を叩き、その度にロドは甘い息を吐いた。どう見ても感じている癖に、止めろと連呼する。そんな嘘を吐けなくしてやろうと、ジンバルトは自分の手のひらが痛むのもお構い無しで、ロドの尻を叩き続けた。

両の尻たぶがすっかり赤くなる頃には、ロドはシーツを掴んでぜえぜえと息を吐き、体をびくびくと痙攣させていた。こういう趣味なら、とっとと言えば良かったのに。ジンバルトがロドの陰茎へと手を伸ばすと、硬さを失っていた。萎えた訳ではない。先端がぬるついた液体で湿っているのを見るに、尻を叩かれただけで射精したらしい。こんな男が、この組織の頭領だなんて、なんて滑稽なんだ。

「ぅ……おい、ちょっと待っ……」

ジンバルトが腰を動かし始めると、ロドは慌てて抗議し出した。射精したばかりで脱力したロドの抵抗なんて物の数にも入らない。無視してジンバルトは腰をぶつけた。イったばかりで敏感になっているロドの中を抉って、弱い部分を何度も突いてやる。ジンバルトが満足して引き抜く頃には、ロドは気を失っていた。

ロドをベッドに置いたまま、ジンバルトは小さなテーブルセットの椅子に腰を下ろして、ロドが吸っていた煙草に火を点けた。白い煙の向こう、ロドは死んだように眠っている。隙だらけの姿を見て、これならこいつを捕えて、兄の前に突き出すのなんて容易いように思えた。兄にロドを会わせるのが兄のためになるのか、ロドを殺してしまうことが兄のためになるのか。わからない。きっと、このままずっと答えの出ないまま過ごす予感もあった。

じゃあ、自分はどうなのか。冷静にロドの事をどう思っているのか振り返ってみれば、面倒な男だ、と言う評価に尽きる。それでも逃げられないのは、やはり兄のことがあるからで――いや、本当にそうだろうか。

していることは確かにどうしようも無い、悪党の中の悪党という感じだ。ヒトの命をなんとも思わない、自分たちだけ良ければ良いという、下衆。兄とは似ても似つかない。それなのに、組織の連中には厳しく接しつつも信頼されていて――。それはまるで、街の住人たちに慕われている兄と良く似ていた。離れ離れにならなければ、きっと二人は互いに助け合って、街をより発展させていたんじゃないかと思える程。それも、俺には出来そうにないくらいに。だから余計に、ロドを見ていると苛ついて仕方なくなるのかも知れない。

煙草を揉み消して、ジンバルトは席を立った。自分が抱いているやりきれない感情の正体に、触れそうになったからだった。もし、この落ちぶれた親友を兄が受け入れて、ロドも改心したとしたら。兄の一番側で、兄を支えるという立場にある自分の居場所が、何処にも無くなってしまう。

自分の兄がそんな男で無いことは、ジンバルト自身が良くわかっている。それなのに、そんな粘ついた不安と嫉妬が腹の中に渦巻いていると気付いた時、ジンバルトは長机の端に置いてあるナイフを手に取って、眠っているロドの側に立っていた。

うつ伏せで眠ったままのロドの延髄に一撃、こいつを突き刺すだけで良い。これで、自分も兄も、こいつの呪縛から逃れられる。ジンバルトはロドの白い項に向けてナイフを振り下ろした。

「――!」

手応えは無かった。振り下ろしたナイフは、はらはらと羽毛を散らしながら、ベッドのマットへと突き刺さったからだ。壁際へと体を転がしてナイフを躱したロドは、素早く起き上がると、ナイフを掴んだままのジンバルトの手を蹴り飛ばした。蹴られた手を抑えてロドを睨みつけるジンバルトとは反対に、ロドは口元に笑みを浮かべながら、ベッドに突き刺さったナイフを引き抜いて立ち上がった。狸寝入りか。いや、殺気で目を覚ましたのかも知れない。

「はは……ッ、良いねェ。いかれてやがる」

「くっ……」

獲物は奪われた上、こちらは右手が使えない。元々セプーより身体能力が劣る人間である自分の事、正攻法でロドを殺す事なんて出来る訳が無い。もし丸腰で無かったとしても、ジンバルトとロドでは経験が違いすぎた。

「どうして殺そうと思った? やりたくもない汚れ仕事が嫌になったか?」

ベッドを降りて、ナイフを弄びながらロドが言う。ジンバルトはせめて距離を取ろうと後ずさる。それなりに広い部屋とは言え、壁際の長机まで、そう遠くは無かった。

「……それとも、俺の相手が嫌か?」

どうしたら良い? ロドが一歩蹄を進めるのに合わせて、ジンバルトも一歩、後ろへ下がる。残り三歩のうちに、どうしたら良いかを考えつけるか? そんなの無理に決まっている。

ぐるぐるとあれこれ考えているジンバルトの悪い予感に反して、ロドは残り二歩の所で、足を止めた。訝しげにロドの顔を見つめると、ロドは薄い笑みを返して――瞬間、ロドは目にも留まらぬ速さで、ジンバルトに向けてナイフを投げつけた。

死んだ。ジンバルトはそう思った。ロドの投げナイフの腕は一級だ。眉間に一撃、柄の部分まで深々と刺さる程の威力。そうやって死ぬ標的を、ジンバルトは何度か見たことがあった。自分もそうやって、悲鳴一つ上げられずに死ぬ。ぐらりとよろめいて、膝をついた。

「――?!」

死んだはずなのに、どうして意識があるのかと疑問に思う暇もなく、最後の一歩に踏み込んできたロドが、ジンバルトを見下ろしていた。

「……もしくは、兄貴のためか?」

「ロド……お前」

自分がどうして生きているのかという事なんて、どうでも良くなった。兄のことなんて、ロドには一言も話していない。それなのに。

ロドも、崩折れたジンバルトに目線を合わせてしゃがみ込んだ。わなわなと震えるジンバルトの顎を掴み、無理矢理顔を上げさせる。

「気付かないとでも思ったか? お前の顔、若い頃の兄貴そっくりだってのによ」

驚いたぜ、まるであいつが迎えに来たかと思ったよ。そんな事、ある訳無ェってのに。ロドはそう言って、顔を歪ませた。それは嘲り笑いにも、泣く寸前の表情にも、どちらにも良く似ていた。

ジンバルトは何も言い返せなかった。今でも兄はアンタを探して、四苦八苦してるってのに。アンタを探すために、そのための力を手にするために、兄がどれだけ大変な思いをしてきたのか、知りもしない癖に――。言いたい事はいくらでもあったのに、言葉になってくれなかった。

「お前が俺を殺したいってんなら、いつでも歓迎だぜ。やれるもんならな」

ロドはそう言って、ジンバルトの頭をよしよしと撫でた。されるがままに撫でられるジンバルトを見て、ロドは満足気に笑って立ち上がる。そしてそのまま背を向けて、床に脱ぎ散らかした服を拾い上げて身につけると、テーブルの上の煙草を手に、無言で部屋を出ていってしまった。

なんで、あんな……。あんな、酷い顔をしたんだ、あいつは。ジンバルトは未だに力が入らない足に鞭打って、どうにかこうにか立ち上がった。長机に手をつくと、全身嫌な汗をかいている事と、酷く呼吸が乱れている事に気付く。手は先刻から震えっぱなしだった。顔を上げると、石造りの壁には、ロドが投げたナイフが深々と刺さっているのが見える。一体どういう力なんだ。あいつを殺す事なんて、俺には逆立ちしたって出来そうにない。よっぽどの不意打ちでなければ。

兄の事を話した時の、ロドの顔を思い出す。あいつの、あんなに哀れな表情なんて、今まで一度も見たことは無い。それをどうして俺に向けたのか。俺が兄の弟だからか。

それなのに、俺の頭を撫でた時の、あの優しい顔は何なんだ。あれは、幼い頃に俺を褒めてくれた時の、兄の笑顔にそっくりだった……。

気が付くと、長机の上にぼたぼたと涙が溢れていた。いつでも殺しに来いとロドは言った。違う。きっと、ロドは殺して欲しいのだ。それも、誰でも良い訳じゃなく――。

ジンバルトはもう一度、壁に突き刺さったナイフを見た。自分の力では、抜く事が出来ないくらい、深々と突き刺さったナイフ。兄のために、ロドを会わせるべきかそうでないかは、まだわからない。それでも、最後は自分の手で、ロドを殺そう。どんな手を使ってでも。そう決めて、ジンバルトは濡れた目元を拭った。よろよろと乱れたベッドまで歩き、ごろりと体を横たえる。ロドに蹴られた右手がじんじんと痛む。それを手で押さえながら、目を閉じた。

兄とロドの笑顔を交互に思い出して、鼻の奥がつんと痛くなる。ジンバルトはしばらくの間、兄とロドが仲良く笑い合っていた頃を想像した。二人共、その頃の話は一言も口にしない。その理由も理解出来る。何処で歯車が狂ってしまったのか。いや、そもそも、この世界が狂っているのかも。だとしたら、自分もその狂った歯車の一つだったのか。

「はは……」

思わず乾いた笑いが漏れ出した。これだけ兄を愛している自分が、兄を不幸にしたとしたら、こんな馬鹿な話があるか。しかし実際そうなのだ。俺がいなければ、兄は気兼ねなくロドと過ごせていたかも知れない。もしくは、もっと早くロドを迎えに行けたのかも。

今更だ、全部。怠い体を起こして、ジンバルトは立ち上がった。今日は仕事は無いとロドは言った。ロドに一言言って、家に帰ろう。そして、久しぶりに兄と食事をしよう。とびっきりのフルコースを用意して。

ジンバルトは数少ない荷物を纏めて部屋を出た。壁に突き刺さったナイフを一瞥して、静かに扉を閉める。自分の屋敷とは似ても似つかない、古びた石造りの城の廊下を足早に歩きながら、ジンバルトは幼い頃に見た兄の顔を思い出していた。それは確かに、今の自分に良く似ていた。

終わり

wrote:2016/12/25