きみのせなか

「あーいぼーう! だいじょーぶかー!?」

遠くからギグの声が聞こえる。一体何が起きたんだか、体中痛くて何がなんだかわからない。ええと、ギグと一緒に山奥に生えるという貴重なきのこを探しにやってきて、一、二時間くらい彷徨って、さすがに疲れたね、と言って手近な切り株に腰を下ろしたと思ったら、俺だけが崖の下まで落ちていて泥だらけで全身痛くて意識が飛びそうになっている。どこかが折れてるって感じではないけど、あちこちぶつけまくってるみたいだ。

「ぐ……ッ!」

動かしてみようと足に力をこめると、耐えられないほどの激痛。折れてないとは思うけど、相当痛めたらしい。

「あーいぼーう! 返事しろっつーの!!!!」

「……ギグー! こっちー!」

どうにかして声を出す。自分で出しておいて、自分の声がでかすぎて頭に響く。こりゃあ、やばいな。

「今行くから待ってろー!」

ああギグ、早くきてくれ。普段一緒に過ごしているときは、ギグは飛ばずに俺に合わせて動いてくれているけど、その気になったら飛べるはず。それが今物凄くありがたい。こんな急な崖、ゆっくり降りるには辛すぎるだろう。俺の二の舞になっても嫌だし。

それよりも、ギグを気遣う余裕は無いな。体中がいよいよ酷く痛み、意識を奪いそうになっている。ギグが俺を見つけてくれるまで、起きていられるだろうか。

「……棒! 相棒!」

「う……ギ、グ?」

えー、どうやら起きていられなかったらしい。ギグに揺さぶられてようやく目覚め、ギグの心配そうな声と、少しも収まっていない痛みに泣きそうになる。視界と頭がぐわんぐわんして揺れてるけど、ギグが心配そうな顔をするなんて珍しいから、どうにかして記憶にとどめようと目を開けた。

「ひっでえな、こりゃ……大丈夫か?」

「大丈夫、じゃない……」

「……だろーな。そこらじゅう傷まみれだぜ」

「ん……めちゃくちゃ痛い……」

「腕、動かせるか?」

「やってみる……」

どうにか右手を伸ばすと、ギグがそれを優しく掴んでくれた。いつも冷たいギグの指先が、妙に温かくて安心する。幸い、腕はそれほど痛まなかった。

「立てるか?」

「厳しいかも……」

「支えてやるから、ちょっと試してみろ」

「うん」

腕を引き、背中を支えられて、どうにかよろよろと立ち上がることは出来た。ただ、右足に体重をかけられない。足首を相当痛めてしまったらしい。

「歩けそうか?」

「……無理、かな」

ギグのおかげで立つことはできたけど、体中痛いのは変わらないし、どうやったって歩けそうにはなかった。

「だろうな……しゃーねーな、ほれ」

「えっ」

ギグがしゃがんで、俺に背中を向ける。もしかしなくても、おんぶしてくれるってこと?

「いーから、背中貸してやっからよ。さっさと乗れって」

「え、う、うん」

ギグのその行動にあっけにとられている暇もなく、促されるまま、倒れこむようにギグの背中にしがみついた。

「よっと……なるべく揺れないように飛ぶからよ、落ちないようにしっかりつかまってろよ!」

ギグがゆっくりと、頭上の木々を気にしながら高度を上昇させる。浮遊感がちょっと気持ち悪いけど、自分で歩いて崖の上まで行くことを考えたら、ずっとずっとマシだ。というか、まさかおんぶして飛んでここから離脱してくれるなんて思わなかった。

「とりあえず近くの町まで我慢しろよ」

「ん……ありがと」

急げばきっと俺たちの家まであっという間のはずだけど、急いで移動して、俺が振り落とされてしまうことを心配したのだろう。ギグは近くの町――ここからだと、オステカの街が一番近いのかな――で、どうにかして俺を休ませてから帰るつもりらしい。とりあえず体中痛いし、正直言ってあと十分もしがみついていられるかどうか。間に合うかな。腕は動くとはいえ、そこかしこがずきずきするし、どこかから出血してるらしく、ギグの服を血で汚してしまっていた。ああもう、世界を喰らう者だって言っても、これじゃあほとんど人間と変わらない。せめてもう少し頑丈で、強くて、怪我の治りが早ければ。そんなことを考えたってしょうがないんだけど。それにしても、ギグの背中、あんなひょろっちい癖に、今日は随分と広く感じるな。弱ってるせいか。ギグはしっかりつかまってろって言ってたけど、うっかり意識が飛びそうだ――。

「おい相棒、生きてるか」

「ん……」

えー、意識が飛んでいたらしい。気がつくと見慣れたクラスターさんの屋敷のベッドの上だった。旅をしている時は意識してなかったけど、豪華すぎず程よく洒落た客室。ギグとあちこち飛び回っている合間に、何度か訪れたことがあるが、その度クラスターさんは快く泊めてくれている。悪いので遠出したときはその土地土地の珍しい品などを置いていくのだけど、残念ながら今回は何も収穫できなかったな。本当にタダで泊めてもらう羽目になろうとは。

ギグはベッドのヘリに腰掛けて不機嫌かつ呆れたような顔で俺を見ている。うう……悪かったってば。

「あれ、これ……」

「ああ、あの影の薄いヤローがやってくれたんだよ」

体中に巻かれた包帯。そういえば体の痛みもさっきよりずっとマシになっている。リタリーまできてくれたのか。っていうか、ギグが大慌てで俺をクラスターさんの屋敷まで運んで、きっとホタポタ亭で忙しく働いているだろうリタリーを無理矢理つれてきたかと思うと、なんともいえない気分になった。巻き込んでしまったクラスターさんとリタリーには悪いけど、なんだか嬉しい。

「ギグ、ごめんね」

「……謝るようなことじゃねーよ」

「うん、ありがと」

「けっ、とっとと治せよな。今度こそホタポタの木の下に生えるっつー伝説のきのこをだな……」

「はいはい」

本当に、素直じゃないんだから。謝れば怒るし、感謝すると照れて誤魔化すし、挙句の果てには自分の好物を盾に話を逸らす。こんなひねくれ者の神様が、俺のことを好きっていうのが不思議で面白くて、そして嬉しい。あと可愛い。

「ねえギグ」

「ああ?」

ああだこうだと照れ隠しにしゃべり続けるギグをさえぎって声をかける。こうなったギグは、どうにもからかいたくなって仕方なくなるんだよな。

「あちこち痛いから添い寝して欲しいな」

「ばッ……馬鹿か! んな恥ずかしいことこんなところでできっかよ!」

案の定ギグは真っ赤になって立ち上がり、椅子の上に置いてあったクッションをこちらに放り投げた。ギグの無駄に高性能なコントロール力で、それは綺麗に弧を描いて俺の頭にジャストミートした。

「いったあ……ちょっと、俺怪我人なんだけど」

「うっせえ! さっさと寝て治せよな! オレは礼もかねてあのヤローんとこで飯食ってくる!」

どかどかと足音を立てて、真っ赤な顔でギグは部屋から出て行った。傷に響くほどの大きな音を立ててドアが閉まる。

「……風邪じゃないんだから、寝て治せって言われてもなあ……」

ああ、クラスターさんごめんなさい。ドア、壊れてなきゃ良いけど。あと、リタリーも本当にごめんなさい。またギグが食材を食い荒らしてしまうしきっと無銭飲食だ。しばらくタダ働きして返済しないといけないな。

あーもう、ギグってば俺がついてないと、本当に人に迷惑かけてばっかりなんだから。今日は珍しくギグに助けられたけど、どうにかして俺が手綱を握ってやらなきゃね。そのためにも早く治さなきゃ。

そっと目を閉じて、ギグの背中の広さと温かさを思い出しながら、俺はゆっくりと眠りについた。

終わり

wrote:2014-12-25