帰ってきてね

しばらく店を閉めて、街を留守にする。そう言われた少年は、その言い方があまりに普段通り過ぎて、何も言うことが出来なかった。

学校からの帰り道、いつも通りロドの煙草屋に足を運んで、営業時間が終わるまでの間、暇をつぶそうと学校からの宿題を広げて――そして言われてたのが、それだった。それだけ言うと、ロドはちょうどやってきた客の相手をし始め、少年は宿題どころではなくなり、呆けたように、さっきまでロドが腰掛けていた椅子を眺め続けた。

それはつまり、しばらく会えないってこと?

しばらく、って、どれくらい?

いない間、何をするの? 何処に行くの?

それは、危なくないことなの?

自分が懸想している男が、真っ当でない仕事をしているだろうことは薄々勘付いていた。夜遅くにふらりと家を出て、朝方に帰ってくることもあったし、いかにも怪しい見た目の黒服の男が煙草屋にやって来て、言い争いをしているのを見たこともあった。

けれど、ぶっきらぼうで冷たい態度だけではない、時折見せる優しさや人を喰ったような笑顔に惹かれているのは事実だったし、ロドに気に入られていることが、たまらなく嬉しかったから、少年はそれを見なかったことにして過ごしていた。それなのに。

接客から戻ったロドは、普段通りの態度に戻り、少年にちょっかいを出したり、仕事をしたりして、さっきの話がまるで嘘のよう。少年も何も言えずに、なるべく普段通りを装って返事をしたり、触ってくるロドに身体を反応させたりして、店を閉めるまでの、決して短くはない時間を過ごした。

少年がロドの言葉にようやく言い返せたのは、ロドの部屋に連れて行かれ、随分と物が少なくなった部屋を見回した後だった。

ダンボール箱がいくつか重なり、元々物の少ない部屋が、更に生活感を失っている。それがあまりに物寂しく見え、少年は寝室へ向かう足を止めた。

「……ねえ、どうして、いなくなっちゃうの」

ロドの背中にそうぽつりと話しかけると、ロドは驚いた顔で振り向いた。さっきまで、なんでもない様子で話していたのに、どうしたのかといった顔。

「ああ? んだよ、急に」

「……俺も」

「連れて行ける訳ねェだろ、学校あんだからよ」

驚きはしたらしいが、すぐに少年の思惑を察せる程度には、ロドも少年のことを理解していたらしい。言おうとしたことを先回りされ、少年は俯いた。

ロド無しじゃあ、辛くて辛くて仕方ないのに。学校なんて、生活なんて、将来なんてどうだって良いから、連れて行って欲しかったのに。

それがただの子供の駄々だということはわかっている。そしてそれを口にするだけの勇気も、少年には無かった。

「戻ってくるんでしょ」

「そのうちな」

曖昧なことしか教えてくれないのはいつものことなのに、今日ばかりはその曖昧さが怖い。自分は、その曖昧な言葉に縋って、待ち続けるしか出来ない、弱い子供なのに。

「だったら、約束してよ」

少年は、小指を立てて握った右手をロドに差し出した。これも結局、口約束にしか過ぎないとわかってはいたけれど、せめて確かな約束が欲しかった。

ロドはふっと笑って、少年の小指に、自分のそれを絡ませる。

「こんな可愛い恋人を放っておく訳ねェだろ」

嘘か本当かわからない、そんな言葉にさえ、堰を切ったように涙が溢れて、止まらなくなった。恋人だなんて、今まで一言も言われたこと無かったのに。口にしないだけでそう思われていたとわかると、それが嬉しくて仕方なくなった。ようやく言ってくれたのに、どうして離れ離れにならなきゃいけないんだ。

さめざめと泣く少年を、ロドはそっと抱き寄せて頭を撫でてやった。本当は、誰にも何も言わずに出て行くつもりだったのにな。自分もこいつと同じくらい、相手に依存してしまったらしい。ロドは少年の体温を感じながら自嘲する。その顔は、嬉しそうでもあり、寂しそうでもあった。

終わり

wrote:2016-04-23