アークロイヤル・スイート

きっとこの人は、この手のイベントには関心が無いと思っていた。まあ、関心はなくても、これだけ世間が騒がしければ嫌でも耳には入るし、知らない訳は無いだろうけれど……少なくとも、誰かにチョコレートをあげたりだとか、そんな甘ったるいことはしないに違いない。そう、予想していたのに。

「ほら、バレンタインのプレゼントだ」

だから、そう言って、ひょい、と投げられた小さな箱に、俺は物凄く驚いて固まってしまった。放課後、奥に入っていきなり渡されるとは、全く予想できない。

バレンタインのプレゼント。チョコレート。あの、女の子が群がる売り場に、ロドが行ったって言うのか。それにしてはこの箱は異様に軽いし小さいけれど……って。

「なにこれ。煙草?」

「おう、俺がチョコレートなんざ買ってくると思ったか? おい」

思わなくもなかった。と返したら笑われるだろうか。それとも、呆れる?

固まったままの俺を置いて、ロドはすぐに背を向けて、パソコンに向かってしまった。

俺はその背中を見つめながら、無言で受け取った煙草を一本取り出し、ライターで火を点ける。ふわりと香る甘い匂い。これは……。

「チョコの匂い?」

「ああ、キツいかも知れんが、良いだろ。今日みたいな浮かれた日にはよ」

そう言われて、改めて深くそれを吸う。匂いは甘いけれど、確かにくらりとくる。随分と濃い煙草らしい。見れば、ロドも同じ煙草を吸い始めていた。

普段とは違う甘い香りに包まれながら、俺はロドの仕事が終わるのを待つことにした。鞄の中には、こっそりとチョコレートの箱を忍ばせている。それを渡そうかどうかは……これからじっくり考えることにして、俺はもう一息、ゆっくりと煙草の煙を吸い込んだ。

終わり

wrote:2017-02-14