曇り空の中へ落ちていく

目覚める時は、いつも唐突だ。どんなところで目覚めても、ギグの力があればどうとでもなる。だから、何も恐れることはない。そう思っていたのだけれど、狭い石造りの薄暗い部屋で目覚めるというのは全くの想定外だった。目の前にはロドが、琥珀色の液体が入ったグラスを傾け、心地良さそうな顔でこちらを見ている。ロドがいるということは、少なくとも心配するようなことはなさそうだった。

「よお親友、お目覚めかい」

「……おはよう、ロド」

樽と瓶で埋め尽くされた部屋。薄っすらと漂う黴臭さ。どうやらここは、酒蔵か何からしい。ロドは一口グラスの中の液体を口に含み、甘ったるい息を吐いた。

「親友もなんとか言ってやってくれや。どうも死神様は、ここの酒は口に合わんらしくてな」

「相棒、お前もなんか言ってやれよ。この野郎、オレに糞不味いもん飲ませて笑いやがったんだぜ」

起き抜けだというのに、二人して、俺に抗議しろと訴えるなんてどういうことなんだよ。

テーブルの上には、ランプ以外に、酒瓶が何本かとグラスが一つ。木の実が載せられた小皿が、テーブルの端に置かれている。くたびれた椅子に腰掛けて、これまた頼りないテーブルに頬杖をついて、何をしているかと思えば……呆れた。

「二人で酒盛りしてたの」

「ああ……って言っても、死神様は一口飲んだだけで、この通りだがな」

指差された床を見ると、割れたグラスの破片と、液体がぶちまかれている。言われてみれば、口の中が苦い。そして、喉の奥が少しだけ熱かった。

「何が楽しくてここに入り浸ってるかと思ったら、こんな糞不味いもんを飲んでニヤニヤしてやがったんだよ。呆れたぜ」

「糞不味いとは、贅沢なお言葉だ。天下のオウビスカ城の酒蔵とくりゃあ、上等の酒しか置いてねェってのによ」

「ふうん」

酒なんて飲んだことは無いけれど、ロドの話しぶりを聞く限り、随分と美味いものらしい。多少は興味があるが、ギグの反応を見ると……どうだかな。

「親友はまだ未成年かい」

「そうだね」

「じゃあ、酒はまだやったこと無いだろう。どうだ? 一杯」

ロドは、自分のグラスを掲げ、悪そうな笑みを浮かべた。途端、ギグは飲んだ瞬間のことを思い出したのか、酷く焦って騒ぎ始める。

「おい! 相棒に変なモン飲ますんじゃねェよ!」

「俺は親友に聞いてるんだぜ」

「……じゃあ、貰おうかな」

「マジかよ相棒!?」

あの堅苦しくて窮屈な里では出来なかったことをしてみたい。そういう気持ちも無い訳じゃなかった。ギグはああ言ってるけれど、ここは好きにさせてもらおうか。いつも通り暴れるのも楽しいけれど、たまにはこういうのも、良いかもね。

「勘弁してくれよ。オレと感覚共有してんだからよ」

酒蔵に備え付けの小さな棚から、もう一つグラスを取り出すロドの背中をぼんやり眺めていると、ギグが情けない声を出した。こんなギグは初めて見るな。でも、折角の機会だ。ギグのために諦めるつもりもない。

「だったら、寝てたら」

そう言うと、ギグは不機嫌そうに舌打ちをした。俺と一緒に暴れられるのが楽しくて仕方ないギグは、自分だけ蚊帳の外になるのが嫌らしい。可愛いところもあるじゃないか。でも、残り少ない人生だし、好き放題させてくれたって良いだろう。ギグは、俺がこの先どうなるのかを知っている。だからなのか、神様らしく慈悲をかけてくれた。

「……仕方ねェな。しばらく起こすなよ」

「うん。おやすみ、ギグ」

ギグの口ぶりからして、寝ていれば感覚共有もなくなってしまうらしい。言われてみれば、俺も、寝ている間のことは一切覚えていなかった。

おやすみ、と俺の方から言うなんて、なんだか面白いな。いつも言われる側だから、不思議な感じがする。そう脳天気に考えていると、

(……気を付けろよ、オレが寝てる間、お前はオレの力を使えないんだからな)

頭の中でギグの声が響き、俺は固まった。単純に、俺が寝ている時みたいに、ギグが寝るだけだと思っていたのに。ギグと融合する前の、弱っちい自分に戻ってしまうとしたら、それはかなり危険な気がする。城下町を歩いていれば、たちまち殺されてしまうだろう。

……とりあえず、目の前にいるのがロドで良かった。そう思うことにした。流石に、戦闘要員でさえないセプー一匹、どうとでもなる。

「死神様はおやすみかい。じゃあ、心置きなく飲めるな」

そう言って、ロドが目の前にグラスを置いたと同時に、ギグの気配が消えた。いや、消えた訳ではないのだけれど、限りなく小さくなったと言ったら良いのか。俺が寝ている時も、こんな感じなんだろうか。ギグとの違いは、呼んでも目覚めないことだけ。

とにかく今は、呼ばない限り、ギグの邪魔は入らない。一人で好き勝手に出来る時間を、それはそれで楽しまなくちゃね。

「これ、美味しいの」

差し出されたグラスを手に取って、注がれた液体を眺めながら、ロドに尋ねる。

「……どうだろうな、ほれ、飲んでみな」

ロドは、楽しそうな暗い笑みを浮かべて、俺の顔を見ていた。グラスには、指二本分程度の、琥珀色の液体が注がれている。

「これだけなの」

「初めてなんだろ? いきなり多くは飲めねェよ」

「ふうん」

こんな量で、ロドは何を心配してるんだろう。すんすんと匂いを嗅いでみても、不思議な匂いだとは思っても、別に気持ちの悪い匂いとは思わない。俺はグラスに口を近づけて、一息でそれを飲み干した。

「おい! そいつは一気に飲むもんじゃねェんだぞ!」

「……けほっ、何、これ」

「だから言っただろうが……こいつは舐めるようにちびちび飲むもんだ」

喉の奥と、腹の中が熱い。焦げ臭いような、苦い味が口から鼻から抜けていく。酷い味だった。止めるなら、もっと早く止めて欲しい。

呆れ顔でため息を吐くロドにグラスを返すと、今度は別の赤黒い液体を注ぎ始めた。血の色みたい。そう言うと、ロドは違いねェ、と笑った。こいつは、神様の血だと思って飲んでる連中もいるらしいぜ。そう言って。

「ほら、今度は一気に飲むなよ」

「わかってるよ」

受け取ったそれを、今度は少しだけ口に含む。苦い、というよりは……渋い。そして、果物のような、古臭いような、よくわからない匂いがした。少なくとも、血のような味ではない。これを美味いと言って飲む連中もいるとは、随分と歪んだ信仰だ。ギグのそれも、同じような味がするんだろうか。まさかね。

「……どうだい」

「グラスを投げ捨てる程、不味くはないかな」

「ハハッ、上等だよ」

ロドは笑って、小皿に盛られた木の実を差し出した。酒ばかり飲むと悪酔いすると言って、ロドはぽりぽりとそれを噛じる。それを見て、なんだか鼠を連想して笑えた。俺もロドに倣って、それらを噛み砕く。酒に合うだろうと言われたが、良くわからない。ただ、酒そのものは美味しいと思わないのに、さっきから体が熱くて、もっと飲みたくなってくる。そう言うと、ロドは満足気に笑った。ギグに比べたら、酒飲みにとってはずっとまともな反応なのだろう。

「しかし……親友よ、アンタ、酔わねェんだな」

「そうなのかな。少し、体が浮いたような気分ではあるよ」

「あれだけ一気に飲んでそれで済んでるんなら、酔わない質なんだろうな」

そう言って、ロドは胸からマッチを取り出して火を点けると、咥えた煙草の先へ近づけ、息を吸った。ジジ、と紙が焼ける音。白い煙を吐き出して、ロドは火の点いたマッチを床に捨て、蹄で踏み潰した。酒とは違う、甘い香り。よく見れば、床に何本も、マッチと煙草の吸い殻が落ちている。

気持ち良さそうに煙を吐き出すロドをじっと見つめていると、ロドは俺を見返し、ニヤリと笑った。

「ついでだ。こっちも試してみるかい?」

そう言って差し出された煙草を受け取って、口に咥える。ああ、違う、逆だぜ。そう言われて咥え直した。

「こっちに顔を近づけな」

ロドに従って、煙草を咥えたまま身を乗り出す。ロドは自分の煙草の先を、俺の煙草の先へくっつけると、そのまま息を吸うよう促した。それに従って一息吸うと、苦いような辛いような、訳の分からない匂い。思わず咽て、咳込んだ。それを見て、ロドはくっくっと笑う。

「天下の喰世王様が、煙草で咽るとは可愛いもんだ」

「何これ、こんなの吸ってたの」

「親友にはまだ早いかね」

そう言って、ロドは煙草を深く吸い、さも美味そうに吐き出した。こんなものの、何が美味しいんだ。このまま捨ててやろうかとも思ったが、折角だしもう一度だけ、と煙草を咥える。美味い吸い方があるのだろうか。

「で、初めての煙草の味はどうだい」

そう問われ、ロドがそうしていたように、煙草を深く、ゆっくりと吸った。苦くて辛くて臭い。でも、深く吸うと、頭の奥がくらくらして、心地が良かった。それは、思うがまま剣を振るって、人を切り裂いた時みたいな高揚感に良く似ている。体に悪そうな煙を吐き出すと、なんとも言えずすっきりした気分になった。

「……不味いけど、頭がくらくらして、気持ち良い」

「アッハッハ、そりゃ良いや。才能あるぜ、親友」

ロドは、さも嬉しそうに笑うと、もっと飲めよ、と、俺のグラスに酒を注ぎ足した。

飲みかけの酒瓶がいくつか転がり、床が吸い殻まみれになる頃には、ロドは虚ろな目を更に蕩けさせて、くだらない話をし始めた。顔には出ないけれど、それなりに酔っているらしい。そろそろ切り上げたいような気もしたけれど、口が慣れてきたおかげか、そこら中の酒の味をそれなりに楽しめるようになってしまったのが悪かった。暴れに出るか、ギグが寝ている間は飲んだくれて過ごすか、悩ましい問題だ。とりあえずこのグラスが空になるまでは、と、ロドの話に付き合うことにする。

「酒と煙草とくれば……親友は、女を抱いたことはあるのかい」

「何度かね」

「そうかい。てっきり興味がないのかと思ってたよ」

「まあ、人並みだと思うけど」

「へえ」

「何、その顔」

「いや……どうよ、他の連中は」

「どうって?」

「抱いてみたいだの、そういうのはねェのか、ってことさ」

暴れる方が楽しくて、考えたこともなかった。他の連中、と言っても、周囲にいる女と言えば、クルテッグ……は、なんだか性癖が良くわからないし、シェマは体は抱き心地が良さそうではあるけど、性格が面倒臭そうだ。ドリーシュは……壊れてるし、めそめそされてるだけでつまらなさそう。あの王女様は……流石に幼女に興味はない。

「……どれもこれも、あんまり趣味じゃないかな」

「まあ、わからんでもないな」

そう言って、ロドはもう一口、酒を口に運ぶ。俺より長い時間をあの連中と一緒に過ごしているロドが言うのだから、その言葉にはやけに重みがある気がする。

「じゃあ、ロドはどういうのが好みなの」

「……好み、ねェ……あんな仕事してると、もう女なんて見飽きちまったよ」

自嘲するようにそう呟くと、ロドは短くなった煙草を床に捨て、ため息を一つついた。ロドは、少しだけグラスに残った酒を煽り、手近な酒瓶を手に取って、自分のグラスに注いだ。仕方ない。俺も自分のグラスに、適当な酒瓶から注ぎ足した。これでまた、飲み切るまでの時間が伸びちまったな。

ついでに、もう一本煙草を差し出され、ロドに付き合って吸うことにする。煙草もまあ、悪くない、と思える程度には慣れてきた。白く靄がかかったようになっている天井に向けて煙を吐き出す。なんともまあ、淀んだ空間だ。これで何本目だっけ。酔わない質と言われたとは言え、こう飲みまくっていれば流石に訳がわからなくなってくる。

「牢屋の中で、何人もの女が裸でごろごろ転がってるのを毎日見てりゃあ、嫌でも飽きるもんだぜ、親友」

それはまた、随分と過激な光景だ。俺も、毎日毎日ゴミむし達の大量の死体を見ていたら、そのうち飽きてしまうんだろうか。まさかな。そうなる前に死んじまうだろうけど。

とんとんと煙草の灰を床に落とし、一息吸う。見目美しい女達を売り捌いている癖に、少し意外だった。ジンバルトも余り好色そうではないから、そういうものなのかも知れない。

ふと、女を見飽きたというのなら、もしかしなくてもそっちの趣味だったりするのかと思い当たり、聞いてみることにした。考えてみれば、ジンバルトを引き連れて、俺のことを親友なんて呼んで、女にそれ程興味はないと言う。見飽きたという理由もわからなくはないけれど、それだけが理由じゃなかったとしたら。

「じゃあ、男の方が好きだったりするの」

「……そう見えるか?」

俺の気まぐれな質問に、ロドは先刻までの怠そうな表情を、焦っているような、驚いたような表情に変えて、聞き返した。

「さあ? なんとなく聞いただけだけど、どうなの?」

正直、ただの冗談で聞いたつもりだったのに、こんなに真面目に返されるとは思わなかった。

「……ノーコメントだ」

ロドは俺から目を逸らし、グラスを口に運んだ。それって、もう、答えを言ってるようなもんだと思うけどね。そうやって狡い誤魔化し方をするのは、好きじゃない。

俺は、肺の奥まで染み渡るように、思い切り深く煙草を吸って、床に吸い殻を投げ捨てた。煙をふうっと、ロドに向けて吹き付けて、グラスに半分程注がれた酒を一息で飲み干す。ねえ、こっちを向きなよ。

「……そんなこと言うなら、試してあげようかな」

俺から目を逸らしたままのロドに痺れを切らして、椅子から立ち上がり、胸当てを外す。服のボタンを外しながら、ロドの隣りに立った。折角ギグも寝ているし、たまにはこういうことも楽しまないと損だ。手近なところに、こういう趣味の相手がいるのはありがたい。

「……大人を誘うたぁ、いけないガキだな」

胸元を露わにした俺を見て、ロドは眉を顰めた。でも、止めろとまでは言わないんだね。

「子供に酒と煙草を教えてるアンタこそ、いけない大人なんじゃないの」

「ハッ、違いねェ」

言い返すと、ロドはふらつきながら立ち上がり、覚束ない手つきで服のボタンを外し始めた。ぐちゃぐちゃに酔っ払ってる癖に、しっかりやる気はあるらしい。

「こんだけ飲んでりゃあ、勃つかわからんぞ」

「構わないよ、それでも」

それならそれで、楽しみようはある。

空気の淀んだ酒蔵だなんて、色気のない場所だけれど、俺とロドが交わるには、似合いの場所かも知れない。そんなことを考えながら、俺は固く冷たい床に身を投げ出した。横になった瞬間、ぐるりと世界が回る。なんだよ、俺も、相当酔ってるんじゃないか。

ロドは上着を脱ぎ捨てて、俺の上に覆いかぶさった。細いとばかり思っていたけれど、案外しっかりとした体つきをしている。露わになった胸の辺りには、腕の紋様に合わせた幾何学模様が彫られていた。こんなに派手な体をしてたのか。

「良いな、それ」

「ああ? 何がだよ」

「これ、綺麗だね」

胸に刻まれた青いラインをそっと撫でながら言うと、ロドは笑った。親友と揃いの刺青なんぞ、笑えねェな。笑ってる癖に、笑えないって、どういうこと? そう聞き返すと、ロドはいよいよ噴き出した。あんまり笑わせるな、余計酔いが回っちまう。こっちは早く良くなりたいってのに、なんなんだ。

笑っているままのロドは放っておこうと、ロドの上半身を指でつぅっと撫で、下半身に手をかけようとすると、腕を掴まれて制止された。

「おい、良いからそのまま寝てろよ、親友」

「嫌だ」

されっぱなしというのは性に合わない。誘っておいてなんだけど、なんならこっちが入れたって構わないんだ。アンタが勃たないなら尚更ね。

俺は上半身だけ起こして、ロドのピアス塗れの耳をべろりと舐めた。

「こっちからもさせてくれなきゃあ、面白くないでしょ」

耳元でそう囁くと、ロドは嬉しそうに笑い、酒と煙草の匂いが染み付いた唇で、俺にキスをした。毒のように甘い匂い。俺だってさっきまで飲んでたし吸ってたのに、明確にロドの匂いだとわかる。嫌な匂いだとは思わない。むしろその匂いだけで、より深く酔ってしまいそう。舌を吸われる度、唾液を飲まされる度、脳が溶かされていくような……。おかしい、こんなの。ロドなんかに、こうも翻弄されるなんて思わなかった。

気が付けば、体から力が抜けて、再び冷たい床に体を押し付けられ、ずるりと下着ごと衣服を脱がされてしまっていた。

息を吸おうとすると、ロドの甘い匂いで咽そうになるし、かと言って呼吸をしない訳にはいかなくて、毒のような匂いを何度も何度も吸う羽目になる。舌を噛むような力も出ない。

何度も息が詰まりそうになりながら、俺はロドの少しだけ冷たい指先の温度を辿るしかなくなっていた。的確に感じやすいところに触れられて、摘んだり撫でたりを繰り返されれば、否が応でも体は反応する。

されるがまま、固くなった陰茎を扱かれて、声が出そうになるところを、舌を吸われて阻まれる。酒のせいで感覚が鈍くなっているのか、水音が響くぐらいぐちゃぐちゃにされているはずなのに、しばらくいけそうな状態にない。

されっぱなしは性に合わない、と言っても、身体の自由がきかないくらい蕩かされてしまえば、どうにも出来ない。ギグの力を出せないからなのか、それとも、ロドのせいなのか。こんな感覚は、知らなかった。

一体どれくらいそうされていたのかわからないが、ようやくいきそう、という時を見計らったように、ロドの手と口が離された。どうして、と言いそうになるのを、どうにか堪える。流石にそれを言ってしまったら、負けのような気がして。でも、それさえロドは勘付いているらしかった。

「……続きをして欲しかったら、親友がちゃんとその気にさせてくれなきゃな」

ロドはそう言って、俺から退けると、またよろよろと椅子に戻っていった。マッチを手に取り、煙草に火を点ける。ニヤニヤ笑って、煙を吐き出した。馬鹿にしやがって。

体が熱い。とっとと吐き出してしまいたい。でも、そうしてしまうのは、負けだ。俺は崩れそうになる脚に鞭打って、ロドの前に跪いた。そうしろと言わんばかりに股を開いて、ロドはグラスに酒を注いでいる。食いちぎってやろうか。

ロドの腰巻を外して、下着をずりおろす。あれだけやっておいて、このセプーは本当に……。

「アンタ、本当に勃ってないんだね」

「親友みたいに若くないんでね。勃ったら入れてやるが……そうでなけりゃあ、これで仕舞いだな」

「俺が入れたって良いんじゃないの」

「悪いが、そういう趣味はないんだ」

「ふうん」

「もっとも、力づくでやろうとしたら敵わんがね」

言われる通りに犯してやる程、プライドがないと思われては癪だった。きっとこれも、ロドの思惑通りなのだろうけど、まあ良い。乗ってやろう。先刻と同じような調子で、酒を飲み、煙草を吸うロドの、その人を喰ったような笑みを、どうにかして崩してやりたい。

咥えるのは初めてではないにしろ、一から勃たせたことなんて無いし、どうしたら良いのか良くわからないってのに。俺は、萎えたままのロドの陰茎を口に含んで、唾液を絡ませながらゆっくりと舐めた。

「……一体何処で覚えてきたんだかな」

煙を吐き出す吐息の音。妙に優しい手つきで頭を撫でられ、とりあえず悪くないらしいことに安堵しつつ、俺は先端を舌で刺激した。セプーらしい獣臭さと、生臭さ。染み付いた血の匂いと、酒と煙草の匂い。吐きそうになりながら、止められない。

「あのしみったれた洞窟ン中で育てられたにしちゃあ、随分と歪んじまったもんだ……いや、だからなのかね」

犬か何かになったような気分で、只管そこを舐めたり吸ったりしているのに、ロド自身も悪くなさそうな癖に、いつまで経っても勃つような気配がない。つまらない独り言を吐くくらいなら、多少は身を入れてしゃぶられてくれれば良いのに。

そんなことを考えていると、髪を鷲掴みにされ、無理矢理頭を上げさせられた。ロドは、つまらなさそうな顔で俺を見つめている。

「……そんなお上品なしゃぶり方じゃあ、いつまで経っても勃たねェよ」

「アンタこそ、不能か何かなんじゃないの」

「ふん、吐くなよ、ガキが」

ロドは吐き捨てるようにそう言うと、俺の頭を掴んで、無理矢理喉の奥まで陰茎を突っ込んだ。俺の安い挑発に乗って、突然半勃ちになるってのはどういう了見なんだ。口を乱暴に好き放題使われて、徐々に質量を増していくそれに何度も嘔吐く。勝手に涙が滲んで、口の端からだらだらと涎が溢れ、椅子を汚した。

「あ……ッ、ぐぇ、げほっ……」

ようやく開放されて咳き込む俺を、ロドは馬鹿にしたような笑みを浮かべて見下ろしていた。

「親友があんまり可哀想で、つい手伝っちまったよ」

「……可哀、想?」

しゃがれた声で聞き返しても、ロドは答えない。不機嫌そうに煙草を吸い、テーブルの端で揉み消した。

「……ほら、入れてやるからとっとと股開きな」

結局俺の質問には答えないまま、ロドは呼吸の整わない俺の肩を蹴飛ばした。固い蹄の感触。俺を誰だと思ってるんだ、この男は。……ああ、そうだった。今の俺は、ただのガキと変わらないんだったな。ついでに言えば、こういうのも、嫌という訳ではない。されるのなら、温い快感よりも、きつく暴力的な快楽の方が好ましいから。

「……これで良いの」

俺はよろけそうになるのを堪え、冷たい石床に横たわり、自分で大きく脚を広げて見せた。あれだけ最悪な口淫をさせられても、萎えないんだからどうしようもないな、これは。

この体、もう随分とここを使ってないと思うけど、解してもいないのに入れたらどうなっちゃうんだろう。裂けるかな。でも、どうでも良いか。ギグは怒るかも知れないけど、それもまた面白い。

ロドは一つ溜息をつくと椅子から立ち上がり、俺の体を組み敷いた。

「そんなに入れて欲しいのか、親友さんはよ」

「ああ、そうだね。したくてしたくてたまらない」

今更確認するまでもないと思うのだけれど、ロドはわざわざ俺に言わせたいらしい。わざと挑発するように返事をすると、ロドは笑って、もう一度俺にキスをした。吸ったばかりの煙草の匂いが強く香る。それはロドの匂いと混ざって、より毒のような甘さになって脳を灼く。癖になってしまったのか、それが妙に心地良かった。

「……ったく、困ったガキだ」

「ロドは大人でしょ。ちゃんと面倒見てよ……ね?」

唇を離すなり、呆れなくたって良いだろう。入り口に宛てがわれた熱を、早く中に入れて欲しくて仕方ないってのに、焦らさないで欲しい。そりゃあ腰を押し当てて、催促したくもなるってものだ。

「優しくしねェぞ」

ロドの黒い瞳が俺の目を射抜く。醜い傷跡と相まって、なんだかゾクゾクする。優しくされる必要なんてない。むしろ、その方が良い。

「構わないよ」

笑って言った俺の返事には答えずに、ロドは俺の中に自身を捩じ込んだ。

「ぐっ、あ……がッ……」

よく考えなくたって、乾きかけた俺の唾液しかついてないんだから、痛いのは当然だった。これだけ痛いのに、きっとまだ半分も入ってない。喉の奥から勝手に声が漏れ、行き場のない手はロドの背中を引っ掻いて、必死に痛みに耐えた。

「ったく、だから言っただろうが……」

切れちまったぞ、やめるか? そう聞かれて、首を横に振った。ロドはまたため息をついて、腰を進める。痛い。熱い。溶けそう。そこがどうなってるのか、全くわからない。でも、段々ロドが奥まで入ってきていることだけはわかった。

「うあ、あっ……ロド、ロド……ッ」

「……ッ、名前呼ぶの、止めろ」

「あ、あは、嫌……だ、ね……」

人が嫌がるのを見るのが好きなんだ。嫌だというなら、何度でも呼んでやる。ロドは俺の嫌がらせに眉を顰め、一気に根本まで突っ込んだ。切れてしまったらしいそこを勢い良く擦られて、熱い鉄を突っ込まれたみたいに痛い。苦しくて息が出来ない。汗ばんだロドの背中にしがみついて、懲りずに名前を呼ぶと、ロドは俺の体なんてお構いなしに、好き勝手に腰をぶつけ始めた。

出血しているせいで滑りだけは良くなっているらしい。痛くて苦しくて、ついでに酒が回ってくらくらするのに、ロドが出入りする度に、内臓が引きずり出されそうな感覚が背筋を走って、それがたまらなく気持ち良い。

そのうち痛みと快楽の境界が曖昧になって、嫌がらせをする余裕もなくなって、俺は喘ぎだか呻きだかわからない声を上げるだけになった。そんな痴態を晒す俺に、ロドは言った。

「こうされて、満足か? 親友さんよ」

ああ、なんだ。こうして欲しくてわざと嫌がらせしてたのまで、バレてたなんてね。笑い出したいのに、ロドが与えてくる感覚のおかげでうまく笑えない。その代わり、覚束ない両脚をロドの腰に回して、もっと深く、奥の方まで突っ込んで掻き回せと強請ることにする。そんな俺の意図に気付いて、すぐに応じてくれる辺り、ロドはとても優秀だった。

ロドが俺の首を柔く噛む。体が熱い。ロドの指先が妙に冷たくて、気持ち良かった。凄いな。背中は床に触れているのに、体が宙に浮かぶよう。気を抜いたら、たちまち何処までも落ちていきそうな。

煙草の煙で真っ白になった天井と、ロドの空色の髪を見て、まるで曇り空の中を漂っているみたいだと思った。青空でもなく、かと言って雨が降りそうな天気でもない、中途半端な、そんな空。

「ねえ、酷くしても良いよ」

思わずそう口にして、ロドの手を自分の首にかけさせる。何事も、中途半端は嫌いだ。折角だから、アンタの色で、頭の中を一杯にしてくれた方が面白い。

ロドは一瞬だけ驚いた顔をしたけれど、すぐいつもの不穏な笑みを浮かべ、低い声で笑った。

「やっぱり親友は、狂ってるな」

そして俺に対する最大の賛辞を口にして、首にかけた手に、ゆっくりと力を込めた。

アンタとだったら、この先も結構楽しめそうな気がするよ。せいぜい俺を楽しませ続けてくれ。そうでなければ――いつだって、終わりにする準備は出来ているんだから。

いよいよ、宙に浮いた体が、勢い良く地面に落ちていくような感覚で満たされていく。俺の喉から漏れる微かな声を聞いて、ロドは楽しそうに口元を歪ませていた。

終わり

wrote:2015-10-15