わたしのお願いきいてください

わたしは、わたしを育ててくれたあの人のことが好きで好きでたまらないのです。

玄関先に捨てられていたわたしに名前をくれて、大切に育ててくれたクラスター様が、名付け親だからという訳でもなく、育ての親だからという訳でもなく、本当に愛しくて仕方ないのです。

わたしももう十五歳になりました。早い子なら、もうお嫁さんになって、子供を産んでもおかしくない歳です。だから、わたしの誕生日ということになっている、わたしが拾われた日と同じ日に、わたしをお嫁さんにしてくれるようにお願いしたいと思います。

どうしてこんなにクラスター様のことが好きなのか、自分でもわかりません。何か大きな力に導かれているような気もします。だって、わたしはタウロス族のセプーの雌で、人間族の雄と結ばれるのは、禁忌とされているからです。でも、わたしは物心がついた時から、クラスター様のことしか好きになれなかったのです。

この人と結ばれたい、この人の子供が欲しい、そうならなければおかしいのだと。周りの反対やアプローチなんて、どうでも良くなってしまうくらいの、激烈と言って良いくらいの感情がわたしの中に渦巻いていて、本当に、自分でもどうしようもないのです。

結ばれるためにはどうしたら良いのか、子供を作るにはどうしたら良いのか、それくらいわたしにもわかります。クラスター様の歳の男性が、わたしのような子供を相手にするのが、どれだけ異常なことかもわかっているつもりです。それでも、わたしにはもう我慢がきかないのです。早く、早く、あの人を、自分だけのものにしたい。

いつもより念入りに体を清め、とっておきの下着を身に付けて、わたしは静まり返った廊下を、あの人の寝室に向かって歩いています。

広さの割に、住み込みのお手伝いのいないこのお屋敷には、今、わたしとクラスター様しかいません。誰も、わたしを止められるヒトはいません。蹄の音を立てないように、そっと、恐る恐る一歩一歩を踏み出して、薄暗い廊下を歩きます。

大きな扉の前に来ました。あの人の寝室。小さい頃は、怖い夢を見たと嘘をついて、一緒に眠ったりもしたけれど、十歳を過ぎた頃から、それもしづらくなってしまいました。今日は、もう、そんな嘘をつく必要はありません。

わたしを、お嫁さんにしてください。貴方の子供を生ませてください。そう、本当の願いを口にするだけ。

どきどきと高鳴る心臓をぎゅっとおさえて、わたしはドアをとんとん、とノックしました。

「……ロドかい、おいで」

促されるまま、わたしは重いドアを開けて部屋の中へ入りました。まだ眠っていなかったらしいクラスター様は、机に腰掛けて、お酒を呑みながら本を読んでいたようです。わたしはそこへ駆け寄ると、後ろからクラスター様へ抱きつきました。

「こら、どうしたんだ」

窘める言葉だけれど、怒っている訳ではないようです。安心して、わたしは更にぎゅっと力を込めて抱きしめました。ああ、良い匂い。優しい、落ち着く匂いがします。歳だと貴方は言うけれど、わたしはそんなこと、微塵も思いません。素敵な男性。わたしの好きなヒト。

でも、どうしよう。いざ言おうと思うと、単純なお願いなはずなのに、うまく言葉が出てきません。

「また怖い夢でも見たのかね」

「いいえ、違うの……そうじゃなくて……」

煮え切らない言葉しか出てこないわたしに、クラスター様は優しく笑って読みかけの本を閉じて後ろへ腕を伸ばし、頭をなでてくれました。嬉しい、懐かしい、わたしは貴方に頭をなでられるのが好き……って、そうじゃない。わたしは貴方に、お嫁さんにしてもらいたくて来たのに。

「まったく、仕方のない子だね」

クラスター様が椅子から立ち上がったせいで、抱きしめていた腕を緩めなくてはいけなくなって――ああ、でも、こうしたら正面から貴方に抱きつける。

椅子を退けて、わたしはさっきよりも力を込めて、クラスター様に抱きつきました。よろけそうになるのを堪える仕草。あたたかい体温と、呆れたようなため息。わたしはまだ小さいから、どうやっても貴方の唇には届かない。だから、抱きつくのが、一番の愛情表現になってしまう。

きつく抱きついたわたしの体を、貴方が優しく抱きとめて、そっと背中をなでる。そんな、そんなの……物足りないのに。

この長いようで短い夜のうちに、わたしはあの願い事を、貴方に告げられるのかしら。いいえ、伝えなくてはいけないの。だって、わたしの誕生日は、あと一時間足らずで終わってしまう。

「クラスター様、あのね……」

わたしは震える声で、あの願い事を口にした。顔を埋めた服に遮られて、それが貴方に届いたかは、わからない。

わたしの背中をなでる手がほんの少しだけ震えているのは、一体どんな理由からなの。確かめるのが怖くて、わたしはそれからしばらく、動けないまま。

ねえ、お願い。誰にも秘密にしてくれて良いから。誰にも認められなくても良いから。だから、わたしを――。

終わり

wrote:2016-08-18