路地裏の密約

夜遅く、オステカの街の路地裏で、俺とジンバルトは白い息を吐きながらある人物を待っていた。特に会話が無いせいで、時間が過ぎるのが遅くてイライラする。マッチを擦って、何本目かもわからない煙草に火を点けた。冬の夜は冷える。とっとと片付けて、暖かいベッドで眠りたいんだがな。

「……来たぞ。三人だ」

通路側で見張っていたジンバルトに声をかけられ、俺は舌打ちをした。ち、まだ二口しか吸ってねェってのに。腹いせとばかりに、足元に転がった三人の死体のうち、一番近くにいたセプーの頭を蹴り上げた。

路地へと戻ってきたジンバルトに、じゃあ手はず通りに、と伝えてすれ違う。この路地裏を抜けて俺の背後の通りに出た後、ジンバルトは建物の隙間を通ってUターンし、この路地裏へ戻ってくる予定だった。詰まるところ、この細い路地裏で連中を挟み撃ちにしようという作戦。一匹たりとも逃さないために。

ジンバルトの静か過ぎる足音を遠くに聞きながら、俺は入り口に現れた人影に手招きした。辺りをきょろきょろと見回してから、そいつは二人の取り巻きと共に、路地裏に入ってきた。馬鹿が。入り口に見張りを残すような頭も無いらしい。後はジンバルトを待つだけだ。

「うまくいったのか」

小太りのその男は、俺に小声で尋ねた。フードを被って偽装しているからか、そいつは、俺を依頼した相手だと信じ込んでいるらしい。まあ、セプーの奪人なんて見分けもつかねェか。

「ああ、予定通りだ」

それらしく返事をすると、そいつはあからさまに喜んだ。月明かりも届かないような路地裏では、顔を判別するのも難しいが、体型的に何人か目星はつく。どいつもこいつも商売敵のクズ共だ。

「――な、なんだこれは」

「ああ、邪魔が入ったんでね。ついでに片付けといてやったのさ。追加料金はいらねェぜ」

そいつは足元に転がった死体を踏んで突然慌て始めたが、俺の返事の――特に最後の言葉に安堵して胸を撫で下ろした。クズが。ああもう、俺は俳優じゃねェんだぞ。こんな小芝居になんて付き合ってられねェよ。ジンバルトはまだ来ねェのか。これだから人間族は鈍足で嫌になる。

「――がッ、あ」

一番入り口近くにいた男が大した悲鳴も上げられずに昏倒した。ようやく来た。遅ェんだよ、あのアホが。

「なんだ、何が――ヒッ」

「おっと、大きい声を出すなよ……死にたくなかったらな」

持っていたナイフを喉元に突き付けてそう言うと、そいつは大人しく脱力した。ジンバルトがもう一人の護衛の男の首元に深々とナイフを突き刺しているのを見たのもあり、いよいよどうしようもないと悟ったらしい。

「で、動機は何だ? 一応聞いといてやるよ。誰かの差金だったら、それも吐いてもらおうかね」

「く……ッ、金ならやる! だから」

「馬鹿が。俺たちが誰の下で働いてるかわかってんだろ? てめえから貰う端金なんぞ必要ないね」

腰が立たなくなってへたり込んだそいつの前にしゃがみこんで凄んでやると、地面から湯気が立ち上ってきた。漏らしやがったな、こいつ。汚ェな。そんな小心者の癖に、暗殺依頼をするなんざ、身の程を知れよな。俺とジンバルトの黒い噂を聞いたことがない訳じゃあ無いだろうに。

「もう良いだろ。とっとと殺せよ、ロド」

「おお怖え。弟君は容赦ねェなァ」

ジンバルトは、普段は虫も殺さないような顔をして、兄貴に仇なす奴には容赦しない。それは俺も同じなのだが、段々とその度合いが増してきているような気がする。まあ、とっとと殺すのには俺も賛成だ。見たところ、つまらん野心で依頼しただけの小者だろう。誰かと通じているようでもない。

「ぐ……ッ」

心臓を狙って一突き。そいつは胸から血を流しながら、ぐらりと地面に体を横たえた。そいつも含め、連中全てが動かなくなったのを確認して、依頼された側の男に、血塗れのナイフを握らせる。何処にでも売っている護身用のナイフだ。俺とジンバルトが疑われることは万に一つもあり得ない。この惨状を見ても、薄暗い取引のもつれだと誰もが信じこむだろう。

親友に心配をかけるわけにはいかない。証拠隠滅まで含めて、邪魔者を消す必要があるのが面倒だが、仕方ない。その辺、ジンバルトが協力的なのは非常に助かっている。ジンバルト自体はいけ好かないが。

「さて、帰るか」

「……ロド」

「あァ?」

「……兄貴には」

「言わねェよ。お前も言うなよ」

「わかってる」

今更だというのに、ジンバルトは俺が信用しきれないのか、毎回兄貴に言うなと釘を刺してくる。面倒なヤツ。心配しなくても、あの心優しい正義感溢れる親友に、弟と結託して邪魔な連中を殺してるなんて言える訳がない。

気付いているのかいないのか、それなりに敵も多い親友は、こうして命を狙われることもある。そういった情報を集めて、事が起こる前に芽を摘むのが、俺とジンバルトの裏の仕事になっていた。当然、親友には秘密で、だが。

ジンバルトは愛しい兄貴のために、俺は愛しい親友のために。どちらも実らない恋のために共闘している。馬鹿だよなァ。あの真っ当過ぎる親友が、実の弟に手を出すことも、親友の俺と結ばれることも、どちらも選択してくれる訳が無いのに。

「……寒ィな」

冬の空に向けて大きな溜息を吐いて、誰にともなく呟く。隣のジンバルトは俯いたまま、無言で俺のコートの裾を掴んだ。そうだな、寒いからな……。ジンバルトの肩を引き寄せて、べったりくっついて歩き出す。別に暖かくなる訳でもないが、少しだけ寂しさが紛れる気がした。本当に、駄目な奴だよ、俺も、お前もな。

終わり

wrote:2016-09-25