クセになるから気をつけろ

詳しいことはよくわからないけど、ぼくは、ずっと十四歳のまま、変わらないらしいです。大人になれないのは悲しいです。一緒に旅をした仲間たちも、いつまでもぼくと一緒にいてくれるわけではないし、ギグはもういません。旅をしている間、良く面倒をみてくれたリタリーが、ぼくを引き取ると言ってくれましたが、いつまでもお世話になる訳にもいきません。ぼくにも何か出来ることはないでしょうか。

リタリーは近々お店を開くみたいです。そこで働いてはどうかと言われました。ぼくに出来るかわかりませんが、明日からお店の準備をするみたいなので、そのお手伝いをしにいきます。うまくお手伝いできるといいな。

リタリーは少し、いや、かなり変わった趣味を持っています。ぼくみたいな小さい男の子に、可愛い女の子の服を着せて、可愛がるのが好きなんだそうです。世間では変態と言われる趣味だと、リタリーが言っていました。リタリー自身も、これを制服にするつもりです、と言って、可愛らしい女の子が着ているような、ふりふりの服を着ていました。やっぱり、変態なんだと思います。

ぼくも、リタリーが着ているのと同じ、色違いの可愛い服を無理矢理着せられました。リタリーは何のお店を開くつもりなんでしょうか。あ、ホタポタで作ったお料理を出すお店なんだ。男の子がこんな服を着る必要はあるんでしょうか。ぼくにはわかりません。

リタリーは、可愛いふりふりのブラウスとスカートを着たぼくを、かわいいかわいいと褒めてくれました。褒められているはずなのに、嬉しくないのはどうしてなんでしょう。少し伸びた髪を、リタリーは器用に三つ編みにしてくれました。リタリーとお揃いです。これはちょっと嬉しかったです。

あまり上手にお手伝いは出来なかったけど、どうにか明日からお店を開くことが出来るみたいです。ぼくも、あの服を着て、お客さんから注文を聞いたり、お料理を運んだりする予定です。うまく出来るかなあ。たくさんお客さんが来ると良いなあ。

毎日あの服を着て、お店の準備をしていると、だんだんスカートをはくのにも慣れてきました。足がスースーしますけど、思ったよりずっと動きやすいです。下着を見られないように押さえないといけないのは、少し面倒かも知れません。

リタリーが雇ったというお姉さんたちも、ぼくをかわいいと言って褒めてくれます。前よりまた少し伸びた髪で、色んな髪型を試してくれます。今はツインテールという髪型がお気に入りです。明日も、これでお客さんをおでむかえします。楽しみだなあ。

びっくりです。開店して一番にやってきたお客さんは、なんとギグでした。いなくなってしまったと、死んでしまったと、もう会えないと思っていたギグが、もう一度ぼくの目の前にあらわれたのです。ぼくは驚いて、思わずギグに抱きついてしまいました。ギグは、ぼくよりもっと驚いていました。ぼくが女の子みたいな格好をしていたせいで、誰だかわからない子に、急に抱きつかれたと思ったみたいです。

「……何着せてんだてめェ」

ギグはリタリーを睨んで、怖い声を出しています。ぼくの格好が気に入らないんでしょうか。自分でも可愛いと思ってるのに、ギグはそう思ってくれていないんでしょうか。

「……笑いが消しきれていませんよ」

リタリーはギグの言葉に全然怯えもせず、笑っています。ギグが笑っている、とは思えませんが、ギグは随分大きくて、ぼくには顔がよく見えません。

「うるせェ! てめェ、オレの相棒になんつー……その、つまりだな」

「……可愛いなら可愛いと言ってあげたらどうですか? ねえ?」

何かうろたえているギグを見て、ぼくはどうしたら良いかわからなくなりました。ギグの服の裾を引っ張って、ギグの顔を見上げます。

「……似合って、ない?」

そう言うと、ぼくの顔を見たギグは、顔を真っ赤にして、笑いそうなのを必死にこらえていました。やっぱり似合ってなかったのでしょうか。

「さて、いい加減入り口を塞ぐのはやめてもらえますか」

「う、うっせーな! どこだよ席は! 案内しろよ!」

そうでした。ギグの後ろには、たくさんのお客さんが並んでいます。ギグとの再会を喜んでいる場合じゃありません。

「はーい。こちらへどうぞ」

ぼくはギグの手を取って、奥の見晴らしの良い席に案内しました。

「ぼく、ここで働いてるんだよ」

「そうかよ……なんでまたこんなところで」

メニューとお水を差し出しながらそう言うと、ギグはまだ少し赤い顔をしながら、受け取ってくれました。良かったです。怒ってないみたい。

「こんなところでとは随分な言い草ですね」

少し遅れて、リタリーが後ろからやってきました。お客さんも皆席についたみたいです。こんなにたくさん人が来てくれるなんて嬉しいです。忙しくなりそう。お姉さんたちはちらほらと注文を取ってくれています。早いなあ。ギグはメニューを見る間もなく、リタリーを睨んでいました。

「……人の相棒に女装させてる上にてめェも女装してるしよ……なんなんだよこの店……変態ばっかりかよ」

ぼくとリタリーが女の子の格好をしているのを見て、ギグは呆れ顔で言いました。変態。リタリーは変態だと言っていましたが、ぼくも変態なんでしょうか。

「ぼく、変態なの?」

「……いや、そういう訳じゃなくてだな」

「せっかく可愛くできたとおもったのに……」

一生懸命おめかししたのに、変態と言われてしまうと悲しいです。しかも久しぶりに会えたギグに、そう言われると泣きたくなってしまいます。

「あーあ、死を統べる神ともあろうお方が、こんな子供を泣かせるんですか」

「あーもー!! うっせえ! 可愛いよ! 最高に可愛いから泣くな!」

「本当に? 可愛い?」

「おー、連れて帰りてえくらい可愛いよ」

ぼくが聞き返すと、ギグは照れくさそうにぼくの頭を撫でて、褒めてくれました。良かった。ギグに可愛いと言ってもらえて、とても嬉しいです。だけど。

「でも……だめだよ、ギグ。お店あるもん」

「そうですよ。この子はうちの従業員ですからね。貴方に連れて行かれては困ります」

ぼくとリタリーにそう言われると、ギグはたちまち青筋を立てて怖い顔になりました。そんなにぼくを連れて帰りたいのでしょうか。ギグともっとたくさんお話したいけど、今のお店の様子を見ると、とてもじゃないですが、難しそうです。かなり騒がしくなってきました。

ギグはそんなお店の様子なんて知らん顔で、とんでもないことを言い出しました。

「てめェら……この店の食材全部食い尽くして営業出来なくしてやる」

「ええっ!? じゃあ、これ全部食べちゃうってこと?」

「おーよ、オレの胃袋舐めんなよ」

ギグはニヤリと笑って、メニューをぼくに返します。一ページも開いてないけど良いのかな。リタリーのご飯が美味しいのはギグも知ってるから、大丈夫だと思うけれど。

「……だって、リタリー」

「……ご注文、ありがとうございます。さて、貴方も手伝ってくれますか」

「はーい」

リタリーの顔を見ると、いつも通りの笑顔。いきなりたくさんの注文が入ってしまったから、ぼくもお手伝いに行きます。

「またね、ギグ」

「おー、とっとと持ってこいよ」

ギグに軽く手を振ると、笑って振り返してくれました。ギグはああ言ってたけど、お金、持ってるのかなあ。少しだけ心配しながら、ぼくはリタリーと厨房に向かったのでした。

案の定、お金を持っていなかったくせに、お店の食材を本当に空になるまで食べ尽くしたギグは、ぼくとリタリーに捕まえられて、閉店後のお店で怒られています。怒られている……というのは、正確ではないかもしれません。無銭飲食の代金、二十万ジェルを払う為に、三ヶ月は働いてもらう必要があるのです。ギグに働いてもらうために、二人でこんこんとギグを説き伏せようとしているのですが、うちの制服を着るのが嫌なんだそうです。困りました。

「ギグも、可愛くなろうよ」

「ほら、彼もそう言ってますよ」

「ふざけんな」

ギグも一緒に、お揃いの格好をしてくれたら嬉しいのに。そう言っても、ギグは首を縦に振ってくれません。どうしましょう。このままじゃあ、うちのお店はいきなり大損です。

「……このままじゃあ、彼に代わりにもう一仕事してもらうしかありませんねえ」

「えっ?」

一日働いてもうへとへとなのに、これに加えてまたお仕事となると、ぼくには結構きついかもしれません。でも、ギグが働いてくれないなら、相棒であるぼくが働かなきゃいけないのは、仕方ないと思います。でも、どんなことをしたら良いんでしょう。

「てめェ、相棒に何やらす気だ」

ギグが顔色を変えてリタリーを睨んでいます。どうしたんでしょう。ぼくを気遣ってくれているなら嬉しいですが、それならしっかり働いて欲しいです。

リタリーはなんとなく意地の悪い笑みを浮かべて口を開きました。

「さあ? 今日の反応を見る限り、彼の格好はかなり好評ですから……そういう趣味の方々と」

「あーあーわかったわかった!!! 着りゃあ良いんだろ着りゃあ!!」

「それは良かった」

「明日から頑張ろうね、ギグ」

リタリーの言っている意味はよくわかりませんでしたが、とりあえずギグが働いてくれそうなので一安心です。逃げられると困るので、今日からしばらく、ギグも一緒にリタリーの家に泊まることになりました。久しぶりにギグと一緒に過ごせるのはとても嬉しいです。話したいことがたくさんあります。リタリーは、一晩かけてギグの分の制服を作るみたいです。

リタリーのおかげで、ぼくにも出来る仕事が見つかって、本当に良かったです。明日からはギグも一緒に、また頑張りたいと思います。

終わり

wrote:2015-07-20